第3章 チェシャ猫の仮面舞踏会

 エクス、レイナ、タオ、シェインは再び森の中を歩き始めていた。

 黒アリスが占拠しているハートの女王の城へ向かうのに正面側と反対側から攻め込もうとハッターが提案した。そしてエクスたちは城の正面側に向かい、ハッターと三月うさぎは反対側へと向かうことになった。


「ハッターはこの道をまっすぐ進めばいいって言っていたけど…。」


 先頭を歩くエクスが少し不安そうな顔をしている。


「こうも森が続くと道が合っているのか不安になるわね。」


それを理解したかのようにレイナも言った。


「たく、適当な道案内をされたものね。」


「お嬢に道案内されるよりはずっとマシだけどな。」


そのタオの言葉にエクスとシェインの頭に思い浮かんできたのは、レイナの姿と「方向音痴」という文字であった。


「うるさい!」


すかさずレイナが吠えた。


「おやおやぁ?君たち、何か困り事かなぁ?」


 急に少女の声が森の中に響き渡った。


「誰?」


声をかけると一本の木の枝に両足を絡めて身体を吊らしている黒いレースのドレスを着た少女が姿を現した。


「なんだか面白そうな連中だね。丁度いい。こうやって木にぶら下がているのをそろそろ飽きていた所だったんだよ。」


両手の拳を握ってゆらゆらと空気を切る。耳をぴくっと動かし、長い尻尾がゆらりと揺れる。


「あなた、チェシャ猫ね。」


 レイナがそう声をかけると少女は姿を消したかと思えば、瞬間的にエクスたちの元へ姿を現した。


「いかにも。ボクはチェシャ猫。この想区に暮らす偉大なる猫さ。君、なんでボクのことを知っているんだい?」


自身の拳で頬をなでる。


「別の想区でもあなたとは会ってるし、それに私の場合は子供の頃からあなたという存在を聞かされていたわ。」


レイナは昔読んだ『不思議の国のアリス』の本を思い出した。


「ふぅん。よくわかんないけど、やっぱり面白い人たちだね。」


「あの、チェシャ猫。僕たちお願いがあるんだけど。」


 エクスの声にぴくぴくっと猫耳を動かすチェシャ猫。


「僕たち、ハートの女王の城へ行きたいんだけど方角はこっちで合っているかな?」


「あぁ。お城なら…。」


チェシャ猫は「あっちの道でも」と右に指をさし、「こっちの道」お次に左に指をさし、「はたまた向こうの道」さらには尻尾を使って後方を指し示した。


「どこでも正解さ。なぜなら全ての道は繋がっているんだからね。どの方角に行ったていずれはお城へたどり着ける。でも、ボクだったら近道をするよ。」


そして再び姿をくらませた。しばらくして先程とは違う木の枝に腰を下ろして親指で後方をさす。


「付いてきな。ボクが案内してあげるよ。」


そう言ってニタリと微笑んで身軽に木から木へと飛び移って行った。エクスたちは礼を告げ、そんなチェシャ猫の後を追いかけた。


 この辺りでも次々にヴィランは襲い掛かってきた。


「ナイトヴィランにウィングヴィラン、ゴーストヴィランとヴィランの種類も増えてきましたね。」


 行く手を阻むヴィランを蹴散らしながらも相変わらず淡々とした口調で物を言うシェイン。


「ここんところ一段と魔物共の数が増えていってるよ。」


チェシャ猫は弓を構えて華麗に矢を放つ。遠くに離れているヴィランを見事仕留めて見せた。


「まぁ、おかげで退屈しないけどねぇ。」


ぺろりと舌を出して微笑む。


「数が多いといっても雑魚ばかりだな。」


「うん。今のところまだメガヴィランの姿を見ていないね。」


エクスとタオが話していたその直後、辺りに地響きが轟いた。


「…どうやらおいでなすったようだな。」


「噂をすれば…というやつですね。なんとなくタオ兄と新入さんの会話でフラグは立っていましたけど。」


「なんかごめん。」


「あなたたちのせいじゃないわ。とにかく…。」


足音が近くなる。そして、


『ギャオオオオオオオオオオォォォ!!!』


メガヴィラン、メガドラゴンが姿を現した。


「行くわよ!」


 レイナの掛け声で再びエクスたちは『空白の書』に『導きの栞』を挟み込む。


「今はメガドラゴンの一体だけ。皆で攻め込んで一気に片づけるわよ!」


「了解!」


「おうよ!」


「ええ!」


 先程の毒を浴びたアリスは控え、レイナは同じく攻撃型(アタッカー)の白雪姫の力を借りて4人はメガドラゴンに向かって走り出した。このまま全員で一気に攻撃を与えればすぐに決着が着くだろう。しかし、


ヒュン!


エクスたちに向かって鋭い矢が飛んできた。


「なっ?!」


矢が飛んできた方を見やると、エクスたちに向かって弓を構えているチェシャ猫の姿があった。


「ありゃ~。ボクとしたことが惜しくも外しちゃったか。」


悪びれもなくいつものようにニタニタ笑うチェシャ猫。


「チェシャ猫!これは一体どうゆこと?」


「どうって、見ての通りさ。ボクが君たちを狙ったんだ。」


「だから、どうして狙ったんだって訊いているんだ!」


野獣の姿で怒号するタオはなかなかの迫力ではあるがチェシャ猫は一切怯えたり動揺する仕草を見せない。


「じゃあもっと分かり易く教えてあげよっか。君たちを裏切るんだよ。」


「裏切る?!」


「そもそもボクは初めからアリスの味方さ。そんなアリスの元へ攻め込もうとする輩はこのボクが許さないよ。」


 チェシャ猫は黒アリスの配下にあたる存在だったのだ。彼女はエクスたちに近づき道案内することによって、あたかも味方であるように見せかけた。


「時期にアリス女王がお見えになるさ。そしたら君たちは連行され、裁判に出されて最終的には処刑される。なんとも不憫な運命だね。」


チェシャ猫は新たな矢を用意して弓に装着する。


「ボクの役目は君たちをうまくおびき寄せて生け捕りにすること。女王様に逆らったらこっちがエライ目に遭うんだ。悪く思わないでくれ。」


「そうはいかないわ。こうなったらあなたも一緒にたお…。」


そうレイナが言いかけた時、「姉御、後ろです!」というシェインの叫ぶが聞こえた。振り返ると、どこからか真っ赤に燃え上がる炎が飛んできた。


「きゃあ!」


炎に当たるその瞬間、エクスが飛び出しレイナを抱えてギリギリの所で炎からよけた。


「大丈夫?」


「えぇ、ありがとう。」


「あまりボクばかりに気を取られているとそのドラゴンの餌食になってしまうよ。でも、ドラゴンばかりに集中しているとボクの矢が君たちを一突きさ。」


「クソッたれ、なんて卑怯な奴だ!」


「ここは作戦を変更した方が良さそうだね。」


「あぁ、メガドラゴンは俺とシェインでやる。坊主とお嬢はそのクソ猫を頼む。」


タオの意見に皆頷き、二手に分かれた。


「シェイン、行くぞ!」


「はい、タオ兄!」


メガドラゴンは頭を天に掲げて喉の奥を赤く光らせる。再び炎を吐き出すつもりだ。


「俺は左に行く。お前は右に行け。」


「ガッテンです。」


タオが左側にコースを、シェインが右側にコースを移した瞬間メガドラゴンが天に掲げていた頭を地に向かって下ろし、大きく口を開け熱き炎を吐き出した。ふたりの間を灼熱の炎が燃え広がる。


「おぅし、そのまま挟み撃ちで叩きのめすぞ!」


「やってやりましょう!」


ふたりはメガドラゴンの両脇まで回り込みそのまま武器を構える。


―――とぅあ!


―――えぇい!


ベットが斧で切り上げ、ベルが大剣で切り上げた。


『ギャオオオオォォォン!!』


メガドラゴンは悲痛な叫びを上げる。急所に当たったようだ。


「っしゃ!このまま行くぞ!」


「はい!」


 一方エクスとレイナはチェシャ猫と対峙していた。


―――えい!


―――たぁ!


赤ずきんと白雪姫が剣を振るうものの、チェシャ猫はお得意の姿を消す力で軽やかに攻撃を交わしていた。


「ほらほら、どうしたのさ。ボクはこっちだよ。」


―――はあ!


「どこ狙っているのさ。ここだよ。」


―――てい!


「あれ?また外しっちゃのかい?」


いたずら好きの子供のように白い歯を見せる。


「くっ…ちょこまかと。」


「チェシャ猫のあのすばっしこさをどうにかしなくちゃ。」


「あれあれ?もう終わりかい?なら、今度はこっちから行くよ。」


そう言うとチェシャ猫は煙と共に姿を消した。そしてすぐさま姿を現したかと思えば再び消え、また別の所に現れた。


「な、速い!」


今までよりも比べようにならないくらいのスピードで姿をくらますチェシャ猫にエクスとレイナは手も足も出ない。「一体、どこに…。」とエクスたちがチェシャ猫の姿を見失ったその瞬間、「ここだよ。」という声が後ろから聞こえた。


「いっせーの!」


何かをチェシャ猫が地面に仕掛けたかと思えば多くの細かい矢が雨のようにふたりを襲った。


「うわ!」


「きゃあ!」


多くの矢を受け、全身に傷を負った。


「いたずらマニアのチェシャ猫様を甘く見てはいけないよ?」


チェシャ猫はウィンクした後ピースする。


「く!」


エクスは立ち上がり、チェシャ猫の元に駆けだそうとしたがチェシャ猫はすぐさま矢を放つ。


「ぐあ!」


「エクス!」


「さあ、そろそろ限界じゃないかい?良かったらもうバイバイしよ?」


「くそ…どうすれば…。」


「エクス、狙撃職(シューター)のヒーローの栞を準備して。」


「えっ。」


「あのチェシャ猫に攻撃を与えるには狙撃職(シューター)が適正だわ。私がしばらく相手の注意を引くから、その間に。」


そう言うとレイナは手にした剣に力を込めて、光を放つ。


―――必殺のぉ…それぇ!!!


 白雪姫は世界一美しいと称されたその顔つきと小さな身体から想像を絶する凄まじい威力の波動を飛ばす。


「おっと。」


しかし、チェシャ猫はその攻撃すら余裕な表情浮かべて避けてみせた。けれど諦めずレイナはチェシャ猫の元へ剣を構えて走り出した。


「ちょっと…ボクいい加減飽きちゃったんだけど…。でも、女王様の命令だしな。仕方ない。」


チェシャ猫はしぶしぶ白雪姫に矢を放つ。その間にエクスは『空白の書』を開き頁に新たな『導きの栞』を挟み込んだ。次のヒーローは狙撃職(シューター)。エクスは他の3人とは違い唯一全ての職種のヒーローとコネクト出来る存在。狙撃職(シューター)が適正ではないレイナがそれをエクスに託したのだ。

 赤ずきんの姿が眩い光に包まれる。そして新たなるヒーローの魂の姿が表れた。エクスが選んだヒーロー、それは、


「レイナ、伏せて!」


その声にレイナは身をかがめた。チェシャ猫はくるりとエクスの方を振り返る。すると、今まで動じなかったチェシャ猫が驚きの表情を浮かべ身を固めた。


「なに?!」


チェシャ猫が驚くのもそのはず。エクスが変身したヒーローというのは、チェシャ猫だったのだ。


―――戦ってあげてもいいよ。君のお願いならね。


にやりと笑みを浮かべチェシャ猫の姿をしたエクスは足元に罠を仕掛けて矢の弾丸を目の前にいるチェシャ猫に向かって放った。はっと我に返るチェシャ猫であったが気付いた時にはもう遅く、大量の矢を受けた。


「くっ…!」


チェシャ猫は地に倒れ伏す。


「なかなかやるじゃん、君。まさかこのボクに変身するなんてね。」


それでもチェシャ猫はどこか面白そうにニタニタと笑ってみせる。


『ギュウオオオオオオォォォ…!』


 後方からメガドラゴンの弱々しい鳴き声が聞こえてきた。


「メガドラゴン、撃破!」


「こっちはやりましたよ。姉御、新入さん。」


タオがガッツポーズをし、シェインが手を振った。


「さすが、タオとシェインだ。」


「さぁ、残りはあなただけね。」


チェシャ猫はやれやれと頭をかいた。


「飽きちゃう寸前だったけど、なんだかんだ楽しませてくれるね。…君たちならこの世界を、あの子をあの忌々しい小娘から救ってくれるかもね。」


チェシャ猫のその言葉にエクスたちは身動きを止める。


「えっ…それ、どういう意味…?」


「ふふふ…。それはね…。」


チェシャ猫が言葉を紡ごうとしたその時、遠くから数多くの足音が鳴り響いてきた。大量のトランプ兵の軍団がこちらに向かって走って来ていた。


「おい、トランプ兵がわんさか来るぞ!」


「これは逃げた方が良さそうですよ!」


しかし、時は既に遅くエクスたちはトランプ兵の軍団に囲まれてしまった。トランプ兵は武器を突き出している。


「しまった。これじゃあ身動きが取れない。」


エクスは歯を食いしばる。


「変身の術を解け。」


 ひとりのトランプ兵が言った。


「皆、ここは言うことを聞きましょう。」


レイナが冷静にそう言うと皆栞を抜き取り元の姿に戻った。その様子を見届け、別のトランプ兵が「女王様おなーりー」と声を上げた。すると、奥からアリスが姿を現した。


「アリス…。」


「また会ったわねあなたたち。今回は随分と無様だけれども。」


アリスのその言葉に「なんだと!」とタオが反応するがトランプ兵が槍を突き立てる。


「うふふ。吠える事しかできない無能な犬そのものね。」


「あぁ?!」


「タオ兄、今は辛抱です。」


シェインが必死にタオをなだめると同時に、大切な兄貴分を侮辱されたことにより怒りが溜まった自分自身の気持ちも抑えようとした。


「ここまでよくやってくれたわチェシャ猫。あなたのおかげよ。」


アリスがチェシャ猫に声をかけると「いや、大したことないよ。」と応えるチェシャ猫。


「これより、この悪い子さんたちをお城へと連行するわ。良かったらあなたも裁判に出席してこの人たちの最期を見届ける?」


「あぁ、それはいいね。」


チェシャ猫はニタリと微笑む。


「でも、そんなことよりもボク、もっと楽しい事を思いついっちゃたんだよ。」


「あら、それは一体何かしら?」


「それは……ね♪」


するとチェシャ猫は姿を消した。そしてトランプ兵に囲まれたエクスたちの元へ姿を現した。


「はい!」


お次に指をパチンと鳴らす。その時、トランプ兵の足元から大量の矢が放たれトランプ兵を襲う。消えた僅かな時間にエクスたちとトランプ兵の間をサークル上に罠を仕掛けたのだ。周囲を取り囲んでいたトランプ兵たち全員、罠にかかり吹き飛ばされた。


「やった!」


「助かったぜ!」


「見事です。」


「ありがとうチェシャ猫。」


「いやいや今のは…大したことあるかな?なんて。」


「てへぺろ」とチェシャ猫は舌を出して笑った。


「ちょっとチェシャ猫、これはどういうことなの?!」


目を丸めるアリスに対してチェシャ猫は「見ての通りだよ。」と言う。


「裏切るのさ。」


「裏切る…ですって?」


「そ。」


「どうして。またそんなことを…。」


「う~ん。明確な理由としては、飽きちゃったから…かな?」


「そんな理由で…。」


「そもそもボクは初めからアンタの配下なんかになっていなかったのさ。女王様に使えるなんて真っ平だし。三月うさぎちゃんたちが命名したアリスごっこ遊びも今までは自分が被害に遭わない為にうまく付き合ってきたけど、飽きちゃったし。」


チェシャ猫はあくびしながら話す。


「なるほど。チェシャ猫さんも帽子屋さんと三月うさぎさんたちと同意見だったということですか。」


「あれ、でもさっき僕たちと闘ったのは?」


エクスの疑問にチェシャ猫は振り返りやはり笑顔を見せる。


「敵を騙すにはまず味方から…て、言うじゃん?」


「はっはっは。俺たちも一杯食らわされたというわけか。」


「全く。やられたわね。」


 和やかに笑みを浮かべるエクスたちに対して脅威的なオーラを身に漂わせるアリス。


「ふぅん。それがアンタの本性ってわけね。」


「そうさ。猫だけに猫被らせてもらったよ、アリス女王。」


挑発するかのようにニシシと白い歯を見せるチェシャ猫であったが、すぐに笑うのをやめアリスをじっと見つめる。そして静かな口調で言葉を吐いた。


「そろそろ、あんたも化けの面を剥がしたらどうだい?」


チェシャ猫の言葉にその場にいた皆が身動きを止め静寂が訪れた。風が吹き抜け木々や草が揺れる。


「アンタ、アリスじゃないんだろう?」


チェシャ猫がアリスに向かって言う。エクスたちは驚きの表情を浮かべアリスを見やる。


「…何を言っているの?私がアリスじゃないですって?」


アリスはくすくすと笑い出すが、その瞳は決して笑ってなどいなかった。


「馬鹿馬鹿しい。私はれっきとしたアリス。この世界のヒロインよ。」


「嘘抜かせ。アンタはアリスなんかじゃない。このボク、チェシャ猫は全部知っているんだよ。」


怒り狂った形相をみせるアリスに対してチェシャ猫は可笑しそうに笑う。


「ボクはこの世界をさ迷うチェシャ猫様だ。そんなボクがアンタの正体を知らないとでも?」


「うるさい!うるさい!黙りなさい!」


「アンタはアリスなんかじゃない。」


「戯言も休み休みに言いなさい!」


「アンタはヒロインなんかじゃない。」


「アンタも一緒に連行するわ!!」


「アンタはただの住人にしてただのモブ。」


「みんなみんな首を刎ねてやる!!!」


「アンタは!!!!!」


 突然大声を出したチェシャ猫にアリスはビクッと大人しくなる。再び静けさが戻る。

 やがてチェシャ猫は口を開いた。


「メアリーアン。それがアンタの正体だ。」


 メアリーアン。そう呼ばれたアリスはその場に立ち尽くす。


「アンタはヒロインでもなければ悪役、キーマンですらないただのモブキャラのメアリーアン。たまたまアリスにそっくりな容姿をうまく使って彼女になりきっていた。それだけだ。」


「…さい…さい。」


メアリーアンと呼ばれる少女は両手を握りしめ身体を震わせている。


「お、おい。あいつの様子が変だぞ。」


少女の周囲に異常なまでの狂気に満ちた禍々しいオーラが生まれる。


「…さい…さい…うるさい…うるさい!うるさい!!うるさい!!!」


少女がそう吠えると真っ黒なオーラが激しく噴出した。闇が霧のように辺りを包み込んでいく。そして剣を構えこちらに向かってくる。すぐにチェシャ猫は弓を構えるが、少女の振るう剣により弓を遠くに弾かれてしまった。


「チッ…!」


「あはははははは!ほらほらぁ、この私を侮辱した罪を身をもって味わいなさぁい!!!」


鬼のような形相で睨みつけ剣を突き立てる。その瞬間、少女の足元から無数の矢が飛び出してきた。少女は俊敏に避けたが何発が矢を受けた。腕にかすり傷を負ったらしく、片方の手で腕を握っている。その手から赤い血が流れ出る。


「ふぅ…。もうひとつ罠を仕掛けておいてよかった。」


チェシャ猫は額に流れた汗を腕で軽く拭う。


「大丈夫?チェシャ猫。」


「あぁ。心配いらないよ。」


 腕を抑えながら少女は息を荒げる。


「どうして…?どうしてみんな、いつもいつも…。」


まだ少女の周囲には闇が漂っている。むしろ先程よりも濃さを増していた。


「いつも…いつも…いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも…」


エクスたち皆、身の毛がよだった。


「…私を虐めるのおぉぉおぉおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!??」


少女は大粒の涙を流しながら叫んだ。再び闇が飛び交う。


「おいおい、なんだかやばそうだぞ。」


「えぇ。一刻も早く彼女を止めるわよ!」


「よし…。」


エクスたちが『導きの栞』を構え、チェシャ猫が新たな弓を構えたその時であった。


「待ってください!!!」


 どこからか少女の声が鳴り響いた。そしてその声の持ち主は泣いている少女の前に立ちはだかった。両手を伸ばし佇む少女にはうさぎの耳が生えていた。


「時計うさぎ?」


エクスたちの前に強張った表情浮かべた、時計うさぎがいた。
















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