第2章 紅茶と魔物のラプソディー

 マッドティークラブのハッターと三月うさぎと共に森の奥深くを懸命に走るエクスたち。道を駆けていく先々でヴィランが襲い掛かってきた。


―――いただきっす!


目の前に立ちはだかったヴィランめがけてアラジンは剣で切り裂く。


「道中には魔物がたくさん出でくるんだ。気を付けたまえ。」


走りながらハッターが後方に声をかける。 


「あぁ!ハッター!前!前!」


と、三月うさぎはハッターの前方を指さして叫ぶ。それに対してハッターが振り返ると目の前にヴィランが飛び出していた。


「うひゃあああああああ!?」


ハッターは両手を天に伸ばし悲鳴を上げる。そこへ、ドン・キーホーテが盾を突き出してヴィランの攻撃を受け止める。そこから彼の背後にいたグレシアが氷魔法をお見舞いする。


『クルルルァ・・・!』


ヴィランは煙のごとく消滅した。


「ふい~・・・。助かったぁ・・・。しかし、寿命が縮んだよ・・・。」


「ったく、気を付けるのはアンタの方だぜ?」


「全くですね。」


額に流れた汗を腕で拭うハッターの姿にやれやれとタオとシェインが肩をすくめてみせた。


「…。」


エイプリルの姿をしたレイナは迫ってくるヴィランを華麗に攻撃して倒すものの、何か追い詰めた表情を浮かべていた。


「レイナ?」


それに気が付いたエクスが声をかける。


「…え、あ、何?」と、レイナは声が聞こえてから少し遅れて返事をした。


「大丈夫?その…ショックだったんでしょ?アリスのこと…。」


「…ショックじゃない…と言ったら嘘になるわね。」


レイナはその場に立ち止まりどこか遠くを見つめた。

漆黒のドレスを身にまとったアリスは、ヴィランを呼寄せる力を持ち、また禍々しいオーラを感じさせた。それは、これまで出会ってきたカオステラーの存在とよく似ていた。すなわち、彼女はやはりカオス・アリスというわけだ。


「…ここの想区のアリスがカオステラーである事実はもう捻じ曲げようがないわ…。私の大好きなアリスがあんな風になってしまったなんて信じたくはないけれども…。」


レイナの背後からゆっくりと近寄るヴィラン。スキを見て飛びかかろうとするが、レイナは俊敏に振り返り魔法で反撃した。地に倒れるヴィランを見つめながらレイナは言葉を紡ぐ。


「誰であろうと、全ての混沌はこの私が調律する。それが私、『調律の巫女』の役目ですもの!」


勇ましく立ち振る舞うレイナを見てほっと笑みを浮かべるエクス。


「この想区で一体何があったかは知らねーが、タオ・ファミリーでいつも通り解決してみせようぜ!」


そこへタオとシェインが加わる。


「ええ。アリスさんとこの想区を元に戻しましょう。」


「そうだよ。僕たち、皆で力を合わせてさ!」


「みんな…。」


「くぅ〜!なんかよくわかんないけど、熱い友情の絆ってやつを感じるな!ぐす…!」


「うんうん!君たち、私達のマッドティークラブに負けないくらいの仲間愛で結ばれているんだね!」


涙と鼻水を流しながらハッターと三月うさぎがエクスたちを見て言った。


「…う、うーん。マッドティークラブと一緒にされると…なんだかな…。」


エクスだけではなく他の3人もなんともいえない顔つきになる。


「ところで、私たち一体どこに逃げているのよ。」


「あ、確かに!ねぇ、ハッター。ウチらどこに向かって逃げてるの?!」


「うーん。そこに逃げる!っていう特定の場所を考えずにとりあえず魔物から逃げるというニュアンスだったからな。」


ハッターはすぐさま涙と鼻水を止め、涼し気な表情で頬をポリポリとかいた。


「つまり、シェインたちはただがむしゃらに走ってるだけ…ということですか。」


「どこか、いい所は無いのか?」


「いい所…。そうだな、ならば我らマッドティークラブのアジトへ避難するとしよう。」


「OK!ナイスアイディアだね!そこで皆でティーパーティーして、ついでに休憩と作戦タイムといこう!」


拳を天に掲げてにかっと笑みを浮かべる三月うさぎに対して「作戦タイムがティーパーティーのついでかよ!」とタオがツッコミを入れる。


「そこで、あのアリスについても詳しく話してやろう。とにかく、今はまだ逃げるぞ。」


後方から再びヴィランが追いかけてきた。


「ホントうじゃうじゃと出てきますね。」


「さあさ、皆!遅れないように付いてきてね!」


ハッターと三月うさぎを先頭にエクスたちは森を再び駆け出し、マッドティークラブのアジトへと急いだ。




 奥深い森の中。先程まで多くの木々でうっそうとしていた景色に、沢山のティーポットとティーカップが並べられた長いテーブルに数多くの椅子が設けられた華やかな場所に辿り着いた。


「はーい皆さーん、よく来たね!ここがウチらのアジトだよー!」


三月うさぎがぴょんぴょん跳ねてみせた。


「どうやら魔物も追ってきてはないようだな。ここに来たからにはもう安全だぜ?」


ハッターが得意気な顔を浮かべる。


「何か、ヴィランを寄せ付けない罠とか魔法陣みたいなものでも仕掛けているの?」


そんなハッターにエクスが首を傾げる。


「いや。」


「根拠の無い自信ってやつね。」


即答するハッターにレイナは呆れる。


「でも、本当にヴィランのヤツら追ってきてないようだし、ちょっくら息抜き出来るのは確かじゃねーか?」


タオがふぅっとため息着いた。


「さあさ、いっちょ盛り上がっていくよー!楽しいティーパーティーの時間だー!」


三月うさぎはティーポットとカップを持ち軽やかに踊り出した。


「あぁ、盛大に飲み明かそうではないか、諸君!」


ハッターも一緒になって踊り出す。


「いやいや、違うでしょ!」


慌ててエクスが声をかける。それに合わせてレイナも「そうよ!」と、声を張り上げてハッターと三月うさぎの間に入る。


「まずは…腹ごしらえよ!!!」


「「……はい?」」


ハッターと三月うさぎの動きがピタリと止まった。


「…そういえばレイナ、ずっとお腹空かせていたんだよね。」


「お嬢の食い物への執念計り知れねーな。」


「いやいや、あんなにもお腹空かせていただけではなくゾンビの如く地を這いつくばっていたのにも関わらず、ここまで来た姉御をむしろ褒め称えるべきです。」


「ねぇ!早く!本当に本当にいい加減何か食べないと死んじゃう!本気よ!本気で死ぬ!死ぬぅ〜!!!」


レイナは地団駄を踏んだ。

「しっかし、あれはもうマジで限界のやつだ。」


「よ、よ〜し。わかった!じゃあ、ウチが皆にお茶菓子を振る舞うよ!紅茶にピッタリなやつをね!」


  そう言うと三月うさぎは腕をまくって、どこかへと駆け出したかと思えば、食材と調理器具を持って一瞬で帰ってきて、ただでさえ物で溢れかえったテーブルの上にそれらをガラガラ!と無理矢理乗せる。その衝撃で元々テーブルの上にあったいくつかのティーポットやカップなどが地に落ちた。中にはガシャンと、派手に音を立てて割れてしまったものもある。そんなことには一切目もくれず、三月うさぎは手早く調理を進める。


「えーっと、まずはボールに卵を入れて!」


コンコン

パキ!

トロー…パラパラ


「…今、殻も一緒に入ってなかった…?」


「お次にコイツはドサーっと入れまして。」


大きな袋に入った小麦粉のような白い粉を勢いよくボールの中へかけ込む。

ドサー!


「ごほごほ!」


あまりにも勢いがあり過ぎて、煙幕のように白い粉が空中に舞った。


「あれを入れて…コレも入れて…隠し味にはコレをほいさっ!はい、最後にかき混ぜる!」


三月うさぎはなんだか色々とボールの中に入れたかと思えば、これまた勢いよくスプーンでかき混ぜ始めた。


「うおおおおりゃああああ!!!」


その混ぜ方はまるで竜巻が出来る程であった。


ゴォォォォォォオオ!


「うお!?本当に竜巻が出来やがった!」


「ちょ、嘘でしょ?!」


小さな竜巻が発生し、タオとレイナが声を上げる。


ボン!!


「今度は爆発しやがった?!」


「もう、何なのよ!」


竜巻が小爆発を起こし、やがて小さな光が生まれる。


「はい、出来た!」


三月うさぎは光り輝くそれを握った。


「ジャジャーン!これはビックリ、三月うさぎ特製、鉄の大剣の出来上がりぃ〜!」


三月うさぎは鉄の大剣を握りしめていた。


「なんでよ!!!」


レイナがすかさずツッコミを入れる。


「おぉ…!」


しかし、隣でシェインが瞳をキラキラと輝かせていた。


「す、凄いです。三月うさぎさん、一体どうやったのですか!?」


どうやらシェインの武器マニアの心をくすぐられたらしい。


「へっへーん。ウチの料理技術があればこんなのちょろいもんよ〜。」


三月うさぎは両腕を腰に当ててふん!と、鼻息をふいた。


「料理じゃなくない?もはや手品じゃない?」


エクスが冷静に指摘するが、ふたりは聞く耳を持たない。


「なるほど…料理にそんな可能性があったなんて…シェインは知らなかったのです。三月うさぎさん、もう一度、もう一度お願いします!」


「OK!シェインの熱い気持ちに応えるよ!」


すると再び三月うさぎはさっきと同じように調理を始める。具材をかき混ぜる際にまたもや竜巻が発生し、最後には小爆発が起きた。


「はい!今度はステッキの出来上がりー!」


「おぉ、お次は両手杖ですか!からの?からの?」


「か〜ら〜の〜…ドーン!氷の剣!」


「凄いです!凄いです!シェイン、テンション急上昇です!もうこれだけでお腹は満たされました!ねぇ、姉御?姉御もそう…」


ドゥクシ!


レイナは三月うさぎとシェインにめがけ一発拳を食らわせた。


「このおバカふたり!さっさとまともな食事を作らんか!」


「お、落ち着いてレイナ…。」


「今にも空腹で死にそうだっていうのに落ち着いていられるかー!」


「無駄だ坊主。今のお嬢は制御不能だ。変に怒らせない方が身のためだ。」


「そ、そのようだね…。」




  結局レイナも手伝いに入り、やっとの思いでお茶菓子が完成した。テーブルの席についてエクスたちはそれらを食べ始める。


「モグモグ…。あ〜やっと食事にありつけたわ。食べることってこんなにも幸せなことだったのね!」


レイナはお茶菓子ではなくまるでディナーのフルコースを頂くようにがっついていた。


「レイナ、あまりお腹空いてる所に急いで食べるとかえってお腹を痛めるよ?」


隣でエクスがそう声をかけるが、レイナの手と口は止まらない。


「大丈夫よ。腹が減っては戦は出来ぬって言うでしょ?」


しかし、その直後であった。


「モグモグ…うっ!痛たたたた…!」


レイナはお茶菓子を持っていた手を離し、自身の腹部を支え始めた。


「大丈夫?」


エクスそんなレイナの様子を見て心配する。


「言わんこっちゃない。せっかく坊主が忠告してやったってーのに。」


「姉御のポンコツさが復活しましたね。」


一方、タオとシェインはモグモグと平然にお茶菓子を食べ続ける。


「う、うるさいわね!痛たたた…。」


レイナは両手で腹部を支え、頭をテーブルに沈めた。


「うんうん。皆我らのティーパーティーを楽しんでくれて光栄だ。」


「良かったね、ハッター♪」


「全然良くない!」


聞き捨てならないと言わんばかりにすぐさま頭を上げるレイナは目に涙を浮かべていた。


「そ、そういえばハッター。確かあのアリスのことについて詳しく話してくれるんじゃ…。」


「あぁ、そうだったな。」


 ハッターは手に持っていたティーカップをテーブルに起き、肘をついた。そして両方の指を絡めて手の甲を谷型に曲げ、そこに顎を乗せた。


「アリス…。この世界のヒロイン。彼女はこの世界に迷い込み冒険する、ヒロイン。そして我らは森の中に迷い込んだ彼女をティーパーティーに誘い、なんでもない日をお祝いする役割を担っていた。」


役割とはつまり、彼らの『運命の書』上での役割だろう。


「彼女はとても愛らしい娘だったよ。天真爛漫でどんな奇妙な事にも立ち向かう勇敢さもあった。」


「あとね、ウチがお茶を勧めたらめっちゃ怒ってきたよ!」


三月うさぎが青色の紅茶を皆に見せてアピールした。


「それは賢明な判断です。」


淡々とシェインが言う。


「しかし、些か彼女はホームシックに陥り家へ帰る手段を訊く為にいつしか彼女はハートの女王の城へと向かったそうだが…。」


「アリスは女王を怒らせて裁判をさせられたんだ。ウチらもその裁判に出席したんだけど…あ、重要参考人としてね!それでアリスは結局逃げ出してこの世界を去る…っていうはずだったんだけど…。」


三月うさぎは途端に表情を曇らせる。


「アリスが城を抜け出してしばらく月日が経ったある日、アリスは再びこの世界に戻ってきていた。しかも、ハートの女王の座を奪っていたのだ。」


「なんだって…?!」


ハッターの言葉にエクスたちは皆、目を丸めた。


「それからというもののアリスは女王の権限とあの魔物を召喚する力を駆使して、アリスごっこを繰り返し行うようになったんだ。」


「アリスごっこ…?」


「ウチらにもよくわかんないけど、アリスのやつ、皆を脅して以前自分がやった冒険をまた最初から再現することを繰り返し繰り返しやるんだよ。ウチらはそれをアリスごっこって名前を付けたんだ。」


「それはもう数え切れないほど付き合わされた。今はもう何十回目か…。いや、何百回目か…。」


「そんなに…。」


「アリスの行いに不満が出たやつは大勢いた。しかし、皆、魔物の餌食にされたか魔物に変えられた。」


「裁判に連れられて処刑された人だっている。」


「ひ、酷すぎる…。」


「マッドティークラブメンバーである、眠り鼠も犠牲者のひとりだ。」


「眠り鼠ちゃんもあのアリスにやられてしまったんだ!」


ハッターと三月うさぎが涙目を浮かべている足元でむにゃむにゃと眠っている少女がいた。


「むにゃむにゃ…もう…またアンタたち勝手に私のこと被害者扱いして…ぐぅ〜…」


「えっと…そこで眠っているのは眠り鼠じゃないの?」


レイナが眠っている少女、眠り鼠に指さすが、


「我らはもう限界なのだ。あの暴君に振り回されるのは!」


「そう!だからウチらは反逆することにしたんだ!やられてしまった眠り鼠の仇を打つ為にも!」


「あ、いや、だからそこにいるのは眠り鼠でしょ?」


「理不尽な虐めは許さない!」


「世の中楽しく生きたもん勝ち!」


「「我ら、愛と正義のマッドティークラブ!!」」


レイナの話を聞かないで急に席を立ち上がり、ハッターと三月うさぎはビシッとポーズを決めた。


「むにゃむにゃ…だから…アンタたちいつもうるさいって言ってるでしょ…たまには静かにして眠らせてよ…ぐぅーすかー…」


「…振り回してるのはどっちだって感じだな。」


目を細めて3人の様子を見やるタオ。


「と、とにかく。ここの想区のアリスの状況はよく分かったね。」


「えぇ。とんでもない女王様に君臨していたというわけね。」


「アリスがアリスごっことは。俺達と出会った時もそのごっこ遊びの序盤だったってわけか。」


「ですね。また始まったということでしょう。」


「早くなんとかしないと、また犠牲者が出るかもしれない。」


「えぇ。一刻も早くあのアリスを止めなきゃ。そして調律をしないと。」


 この想区は混沌の闇に陥ってしまう。すなわちそれは想区の破滅を意味する。なんとしてでも阻止しなくてはならない。


「ふぁぁ…。ねぇねぇ、お話が長くて眠くなっちゃったわ。それよりも紅茶を入れてくださらない?」


  ふいに眠そうな少女の声が聞こえた。見やるといつの間にか席について退屈そうにしている黒アリスの姿があった。


「アリス?!」


いきなりの出来事にエクスたちは一瞬何が起きたのか理解出来なかった。


「あなた、いつの間に?!」


レイナが叫ぶ。


「せっかくマッドティークラブさんのティーパーティーに遊びに来たっていうのに、お話ばっかりで退屈しちゃったわ。」


  アリスは何も悪気無さそうな表情を浮かべ、自身の髪の毛に人差し指を絡めてくるくると渦を描いてみせる。そしてもう片方の腕を伸ばし、レイナの皿にあったお茶菓子をひとつ取り、それを口に頬張る。


「モグモグ…まぁまぁってところね。ね〜紅茶はまだ〜?お茶菓子に紅茶は付き物でしょう?」


「コイツ、俺達の話を聞いておいてこの態度とは…。」


タオはぐっと歯を噛み締める。


「えぇ…許せないわ…。」


レイナも拳を強く握りしめる。


「よくも私のお茶菓子を…!」


そのレイナの言葉を聞いた瞬間、エクスとタオとシェインは派手にズッコケた。


「そこかよ、お嬢!」


「怒るとこ違うよ。」


「仕方ありません。この世でいちばん恐ろしいのは食い物の恨みですからね。これ、鬼ヶ島でも共通です。」


レイナは力強くハッターと三月うさぎに向かって叫んだ。


「ハッター!三月うさぎ!アンタたちの仇が自らやってきたわよ!私たちと共に今こそその恨みを晴らすのよ!」


しかし、


「ようこそ!我らマッドティークラブのティーパーティーへ!」


「一緒に楽しく踊ろう!踊ろう!」


レイナの思いとは裏腹にハッターと三月うさぎは呑気にアリスをおもてなししていた。その姿にレイナも含め再び派手にズッコケる。


「アンタたち、おふざけは禁止!何やってんのよ!」


レイナが一発喝を入れると、「はっ?!」と、ふたりは我に返る。


「す、すまない。つい癖で…。」


そこでハッターと三月うさぎはブルンブルンと首を横に何度も振ったかと思えば、ビシッとポーズを決め、アリスの方を睨む。


「よくぞこの場所が分かったな、暴君アリスよ。」


「ここまで来れたことに褒めてやろう。」


不敵な笑みを浮かべるふたり。そんなふたりに対してアリスは両目をぱちくりさせた。


「だって何度も来たことがあるし。」


「うっ…。」


「あなたたちが集まるのはいつもこのアジトだし。」


「うぐっ…。」


図星という名の矢がハッターと三月うさぎに突き刺さる。


「行動が完全に読まれてるじゃん。」


「安全だって言ったのはどこのどいつだ?」


図星を突かれ悶えるハッターたちだったが、なんとか立ち上がる。


「ふっ…。いつでもうまくいくなんて、世の中そんなに甘くないってことだな。」


「むしろ、失敗あってこその人生…だね。」


「なんか、急に語り始めましたね。」


「もう!そんなのどうでもいいから!早くあのアリスをやっつけるわよ!」


「あらぁ、私乱暴はキラぁい。それに小さなレディをやっつけるだなんて、そうゆうの良くないわよ。」


アリスは左拳を顎にくっつけ、右手で人差し指をレイナに向けてぶりっ子の様な仕草をしてみせた。


「ふん、そんなことやってももうあなたの可愛さに惑わされないんだから。」


しかし、レイナは両腕を組み得意げに笑った。それに対してアリスはチッと小さく舌打ちした。


「ふぅん。私をやっつけるですって?」


そしてアリスも笑みを浮かべながらゆっくりと席を立った。


「面白い。かかってきなさい。」


するとアリスは全身から禍々しいオーラを解き放した。


「皆、行くわよ!」


「うん!」


「おっ始めるとするか!」


「ぶっ飛ばしていきますよ。」


「レディのたしなみ、教えてあげる!」


  アリスからいくつものヴィランが飛び出してきた。ブギーヴィランとビーストヴィランだ。


「ビーストヴィラン…なら攻撃職(アタッカー)で攻めるわよ。」


「よし!」


 エクスは先ほどの戦いで気付いたアラジンを控え、新たな攻撃職(アタッカー)『導きの栞』をコネクトした。

 赤い頭巾がトレードマークの愛らしい娘。狼が彼女の事を狙うが彼女は決してか弱い少女ではない。それは彼女の握った鉈が物語っている。

 エクスは赤ずきんの魂と繋がった。


―――私の事は、「赤ずきん」って呼んでね。


 黄色いドレスが美しく映える6人兄妹の末娘。優しい心の持ち主で野獣の元へ差し出されても野獣に心を許す。

 シェインは美女ラ・ベルと心が繋がった。


―――私、ラ・ベルと申します。


  街の外れに佇むバラに囲まれた屋敷の主。愛おしい彼女に何度もプロポーズされは拒否され続ける野獣。

 攻撃職(アタッカー)をコネクトする事が不可能なタオは防御職(ディフェンダー)のヒーロー、野獣ラ・ベットと心が繋がった。


―――さぁ、私の妻はどこにいるのかな?


「まぁ、凄い。凄い。さっきもそうだったけど、本当に見事な変身ぷりね。」


 アリスは姿を変えていくエクスたちを見て拍手を称える。


「さぁ、あなたは一体どんな姿に変身するのかしら?早く見せてちょうだいな。」


そしてレイナの方を見やる。


「ふふ。今見せてあげるわ。」


レイナは『導きの栞』を掲げる。


「私が力を借りるのは、この子よ!」


そして、コネクトする。眩い光がレイナを包み込みひとりの少女が姿を現す。その姿にアリスから微笑みが消えた。目を大きく見開いている。


「…っ?!」


―――レディのた嗜み、教えてあげる。


 レイナは、不思議の国の大冒険を果たす幼気な少女、アリスと心が繋がった。

漆黒のドレスを着たアリスは、目の前にいる瓜二つのアリスに硬直する。


「どう?驚いて言葉も出ないかしら?」


 これはレイナの挑発だった。そして同時にアリスに本来のアリスを思い出して欲しいという目的もあった。


「…とんだ茶番ね。」


黒アリスはアリスの姿をしたレイナを睨みつける。


「それでアリスになったつもり?馬鹿馬鹿しい。あなたなんかにアリスの座は譲らないわ。」


そう言って、両手を2回ほど叩く。それを合図に召喚したヴィランたちが襲いかかってきた。


―――えい!


  小さな身体でも必死に鉈を振るう赤ずきん。目の前に立ちはだかる多きなビーストヴィランは、まるでかつて祖母と自分を食べた狼の様だった。しかし、赤ずきんは怯むこともなく、鉈を高く振るいあげる。


―――もう騙されたりなんかしないもん!


鉈に力を吸収し、


―――おしおきー!!!


光線を放った。ビーストヴィランはその光線を受け散っていった。


「いいね、赤ずきん。」


―――えへへ。良い子は勝つんだもん。


エクスに褒められ嬉しそうに頬を赤く染めた。


―――はぁ!


 ベルは華奢な姿とは裏腹に巨大な剣でヴィランたちを叩き切る。


「クルルァ!」


―――はっ?!


しかし、重量のある大剣を振るう時間差に不意を突かれてしまった。ヴィランが大きな爪でベルを引っ掻く。


―――邪魔をするのはお前かぁ!!??


そこへ、斧に凄まじい力を吸収したベットがやってきた。ベルを傷付けたヴィランを斧で下から上へ目掛けて切り上げた。


―――あ、ありがとう…た、助かったわ…。


ベルは目を背けて礼を言う。


―――おぉ、美しき戦乙女よ。今こそ我妻に!


「…タオ兄、妹分に求婚を申し込むのは如何なるものかと。」


「俺じゃねーよ!」


 ヴィランたちは次々に消えていく。


「やっぱあの人たち凄いね、ハッター!」


「あぁ、我らも行くぞ!」


「うん!」


 ハッターと三月うさぎは丈を構えて魔法攻撃を放った。


「あらあら。多勢に無性ってやつかしら?か弱い女の子相手に容赦が無いわね。」


やがてヴィランの数が減り、黒アリスの前ががら空きになった。


「よし、いくよ赤ずきん!」


―――うん!


「まぁ、可愛らしい女の子。私よりも小さいのに凄いわね。」


黒アリスは腕を伸ばし、手の平を地に向ける。すると、自身の影から黒いオーラが漂い何かが伸びてくる。

 剣だ。

 影から出てきた剣を構える黒アリス。


「でもごめんなさい。私も容赦しないの♪」


そう言って、ニタリと口を緩める。次の瞬間黒アリスは剣に禍々しい力を込めて、赤ずきん目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

  剣を天へ地へと振るいあげ、突き攻撃を連続に繰り広げそのまま闇のオーラを纏って突き刺した。


―――きゃあ!!!


「ぐあ!!!」


赤ずきんはまともに攻撃を食らった。


「うふふ。この程度なの?つまんなぁい。やるからにはもっと楽しませてちょうだいよ。」


黒アリスは剣を華麗に振るう。


「さぁさ、次は誰が相手をしてくれるのかしら?」


黒アリスは辺りを見渡す。瞳には赤ずきん、大剣の少女、野獣、ハッターと三月うさぎ…。

…?あの子は?

その時だった。


―――えい!


背後からひとりの少女が襲いかかってきた。アリスだ。


「なっ?!」


黒アリスは避けようとしたが、僅かに攻撃を食らい地に尻もちついた。


「油断は禁物よ、アリス。」


アリスの姿をしたレイナが剣を黒アリスに向ける。


「戦闘中は背後にも気をつけなくちゃダメよ。そんなことも分からないなんて、お子様ね。」


剣を向けられ微動だにしない黒アリス。


「ふふふ…。」


かと思えば、小さく笑い出した。


「何がおかしいの?」


レイナは首を傾げる。


「油断しているのはどっちかしら?」


黒アリスは地についた手を光らせる。すると、黒い波動が生まれレイナを襲う。


「きゃあ?!」


波動を受け、レイナは倒れる。


―――うぅっ!


ヒーローの魂であるアリスもダメージを受けている。


「な、まさか毒?!」


どうやら黒い波動を受けると、通常ダメージの他に毒を浴びさせるようだ。アリスは毒のダメージにより苦しむ。そこへ、黒アリスがゆっくりと歩み寄り剣をアリスに向ける。


「逆転ね。」


にこりと微笑む。


「いくらアリスになったところで所詮偽物は偽物。本物にはなれない。そう、私がアリス。私こそが本物のアリスなのよ!うふふふふ…あはははははははははは!!!」


そして、高らかに笑う。まるで悪魔のような笑い声にレイナの全身に鳥肌が走った。


「偽物は、悪い子は、寝てなくちゃダメよ?」


黒アリスが剣を天に掲げる。

このままでは、やられる!

その時、どこからか光の球と闇の球が飛び出してきて黒アリスに命中した。


「きゃあ!」


黒アリスの身体が軽く宙に浮く。


「危ない所だったな。」


声がした方を見やると、木の上に佇むハッターと三月うさぎの姿があった。


「ありがとう、おかげで助かったわ。」


 レイナは毒のダメージを受けているアリスを一旦休ませるため、回復職(ヒーラー)のエイプリルに姿を変えた。


「…どうして?どうして皆で私を虐めるの?私はアリス…この想区のヒロインなのに…。」


 黒アリスはよろめきながらも立ち上がる。


「なんだか飽きちゃった。ひとまずお城へ帰るわ。でも、覚えておきなさい。いつか必ず、あなたたち皆裁判に連れて行ってやるんだから。」


そう告げると、アリスは姿を消した。


「待ちなさい!」


レイナが叫ぶものの、黒アリスの気配は完全に閉ざされた。


「城って…ハートの女王のお城のことかな?」


 元の姿に戻ったエクスが問う。


「おそらくそうだろうな。」


タオがそれに答える。


「なら皆で城へ乗り込もうよ!」


三月うさぎが耳をぴくぴく動かした。


「落ち着きたまえ三月うさぎ。皆で一斉に城へ突入するのは敵の思う壷だ。」


ハッターは帽子の縁を摘み言った。


「俺にいい考えがある。」

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