第6話 無言のメロンパン

気づけばさっきから彼女はメロンパンと寝言でつぶやくのをやめてしまっている。時間で言うとまだ1時間と3メロンパンしか経っていないのだ。確かに、確実性のない時間周期のシステムだけれども、それにしたって時間が経つのが遅すぎる。


なぜ、彼女はメロンパンと呟かないのか。なぜ、彼女は可愛い顔をしてメロンパンと呟かないのか。


なぜ、なぜ……

もしかしたら、僕の行動が彼女の眠りを害してしまって、彼女を起こしてしまったのかもしれない。そして、彼女は僕の気づかぬ間に僕を見て、この部屋を見て黙っておいたほうが賢明だと考えたのかもしれない。

もちろん、僕は彼女に対して欲というものは湧いているけれども、それを封じ込めるすべはしっかりと持っている。だけれどもそのすべというのは、形に見えるものでは決してない。だから、傍からみれば僕の今やっている行動は「無言で、床のシート(ゴム)を取り除こうとしているやばい奴」と見られても、否定できないようなものだ。だけれども、これだけは分かってほしい。これは僕のためでもあり、彼女のためでもある。

もし僕が、脱出口を見つけたのであればかっこよく彼女を起こして「早く逃げよう。そして、メロンパンを食べよう」と言ってみせる。そのためにはまず、たとえどう見られようとも、ゴムを取り除かなければいけないのだ。

彼女には悪いと思うけれどももう少し眠っていてもらわないと、もし起きているのであれば寝ているふりをしていてほしいのだ。


僕は今、ゴムを取り除いている。うれしいことにゴムの裏には接着剤は付着しておらず、簡単に取り除くことができる。ただ、ゴム自体に重さがあるので取り除くにはすこし時間がかかり、力も必要になる。


もし、人がもう一人いたのであればこのゴムをすぐに取り除けるのだが、それもかなわない。


あぁ、メロンパン少女よ。起きてほしいが、起きてほしくもない。手伝ってほしいが、寝ていてほしい。どちらにせよ、いずれメロンパン少女のもとに、このゴムとゴムを取り除いている僕が近づく。そのときにメロンパン少女に「あぁ?」と言われないようにしなければいけないな。


「よし、頑張るとするか」


どうせ、メロンパン少女しかいないんだ。声を出して頑張るとしよう。大丈夫、このゴムを取り除いたら、きっと何かいいことがあるはずだ。隠し扉がなかったとしても、この取り除くという行為自体に学ぶべきことがあるはずだ。たぶん。

よし、頑張るぞ!


「何を頑張るっていうんですか?」

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