第3話 メロンパン時間

 普通であれば、なぜ女の子がこの部屋にいるのかが疑問に思うだろう。だけれども、こんな風な状況化に立たされてみると人間というのは不思議なもので、どうでもいいようなことを気にしてしまいがちなのだ。これが現実逃避というやつなのかもしれないけれども、意識せずに自然とやってしまうほどなのだから、余程なんだろう。


 だから僕は女子に対する最初の疑問として、なぜメロンパンと言ったのかを挙げることにした。


 確かにメロンパンはおいしい。小麦アレルギーの人間からしてみれば悪の塊かもしれないけれども、アレルギーのない人間からしてみればおいしくいただける逸品だ。最近だとメロンクリームが入っているメロンパンが売っているけれども、発想はいいとしてもそれは邪の道を進むものだ。邪のものは除去しなければいけない。

 やはりメロンパンというのは、表面上に網目を付けただけパンこそが真のメロンパンなのだ。

 ということは、もしかしたら彼女は頭の中でメロンパンのことを考えていると考えられる。邪のメロンパン、クリームメロンパンに正義の鉄槌を下すために夢の中であるけれども、戦っているのだろう。何たる、正義感の持ち主だ。

 その戦いの結果は、勝った、負けたにせよパン業界の歴史に残り、真のメロンパンを作る職人からは永遠に賛美されることになるはずだ。


 ただし、それだと一つだけ疑問に思うことがある。なぜ、彼女はそこまでメロンパンに憑りつかれているのかということだ。

 もしかしたら、彼女は小麦アレルギーで、メロンパンに対して邪の念をもっているのかもしれない。それなら、なぜたくさんの種類のあるパンの中でメロンパンだけを邪の対象としてみているのだろうか? それに、メロンパンとつぶやく彼女の顔はどこか幸せそうで、笑顔だった。

 邪の対象と対峙しているのに、なぜそこまで笑顔なのか? なぜそこまで幸せそうなのか?

 もしかしたら彼女が底抜けの馬鹿なのかもしれないけれども、それにしたって幸せすぎる表情だ。こんなおかしな状況なのに、僕まで幸せになってしまいそうだ。


 ただ、僕が幸せになったところで彼女は目覚めることはなかった。


話を変えよう。 

僕は、この部屋で目覚めてからどれくらいたったのか、まったく分からない。時計が分からないと本当に困る。日常ではそのありがたみが分からなくなってしまう時計も、こうやって無くなってみると初めてその大切さを実感するものだ。


 時間に対して、ありがたみを感じしているときにも彼女はメロンパンをつぶやく。

 そこで僕は、この時計のない空間で唯一時間を計る方法を見つけたのだ。それは、彼女のつぶやくメロンパンの寝言で計るという、画期的なものだ。寝言を周期的に継続して言う可能性はほとんどないに等しいけれども、何もない空間の中で時間をつぶすという役割としてはちょうどいいものだし、すこしは足しになるだはずだ。


「……メロンパン」


彼女は可愛い顔で、よだれを少し垂らしてそう言う。これを一メロンパン時間とする。一メロンパン時間六回で、とりあえず一時間ということにしておこう。


とりあえず、後五回、彼女がメロンパンと言うまでは彼女の顔を眺めて待つことにしよう。

それが絶対、彼女にとっても僕にとってもいいはずだ。

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