2話 パソコン→女の子。
「…」
夜更けに少年は自室の一角で想いに浸っていた。頭に巻いた白いタオルは季節はずれの汗を吸わせるためでなく、なんとなく雰囲気でつけているだけだ。
「世話になったな…。」
少年の目の前にあるのは寝かせてある愛用のパソコン。今回はとある理由からパソコンを改造する事にした。
少年のパソコンのスペックでは描写負荷の大きいゲームに耐えきれなかった。そのため、今回GPU、簡単に言うと画質を左右するパーツを買い換えた。そして、今まで2年間自分の為に働き続けたGPUをマザーボード、基盤から外した。
そして、新しいGPUを基盤に差し込む。この感覚は久しぶりだった。それもそのはず、学生の少年にはなかなか手を出せる代物ではないから。
そして少年はドライバーで、しっかりとマザーボードをお気に入りの黒ベースで赤いアクセントのあるケースに固定し、配線と一通りの作業を終え、動作チェックに入り、動作が正常であると分かった途端、疲れがどっとでた。
少年は愛機の電源を落とし、ベッドに身を投げると深い眠りについた。
*
翌朝、俺は母の大声で起きた。
「…母さん、gkbrいたの?。」
ゆっくりと目を擦りながら身体を起こすと、ベッドの側に母は立っていた。おっとりした母のにしては珍しく大きな声だったので、母音を抜くとガクブルになるあの黒の貴公子かと思ったが、そうでもないらしい。
「あの子どういうこと?」
母の顔は恐怖と言うより、焦りだとか戸惑いのようだった。訳が分からない。あの子ってうちに母さんが見たことない子供なんている訳ないじゃないか。あ、待って。俺知ってる。これフラグって奴じゃね?
「ああ?」
少年は目を疑った。そこには服も着ず、体育座りした赤髪の少女が座っていた。少女は目を閉じ、死んだかのように、静止していた。しかし普通の男子ならもう少しそれなりの反応をしたろうに。残念なことに彼はもうそれどころじゃない。
少年はベッドの骨組みを片足で踏みつけるようにして立ち、毛布を彼女にぶん投げた。投げた毛布は彼女の身体を丸々覆った。母は彼を止めようとしたが、久しぶりに見た息子のその表情に躊躇った。
「てめえぇ!!ゴルァ!起きやがれこのクソ〇ッチ!!!」
毛布で見えないのに、彼はあろうことか中指を突き立て、朝っぱらから叫んだ。
「おいてめえ!!俺のパソコンどこやった!!!」
そう。少女が座る位置には昨日、GPUを変えたパソコンがあるはずだった。なのに、それは無く、少女がいる。ディスプレイ、スピーカー、マウス、キーボードは揃っている。パソコンだけが無い。
返事はない。そのことに少年は余計に腹を立て、少女へ近付き、拳を少し上げた。
「なんとか言えこのクソビッ〇!!」
「こら!翔!だめよ!」
母の制止虚しく、拳は振り下ろされた。しかし、少年、翔は割と紳士だった。憤慨しながらも、手加減することを、忘れなかった。この判断が彼の精神を救うことを彼はもう少ししたら知ることになる。
その時、荒い足音が近づいてきた。そして、部屋の前にその主が現れると同時に怒号が飛んできた。その声に隠れ、機械の始動音が低く鳴る。
「翔! うっさい!」
二つ上の姉がドアを思い切り開け、実の弟に睡眠を妨害された事に対して怒りをあらわにしていた。
翔は首だけ、姉の方に向けた。姉は朝に弱いだけで、あまり気が強いわけじゃない。何が言いたいかというと。
「お母さ~ん。翔が怖い~。」
泣きつくことになる。姉は母に抱きつき、母は同じくらいの背丈の娘を慰めるという、はたから見たら友達かと言うような構図になる。
翔は顔を正面に向けると、とある事に気が付いた。
毛布の隙間から、光が漏れていた。
「…嘘だろ?」
先程の怒りはどこへ行ったのかと言わんばかりに毛布をそっと、顔だけ出るように動かした。
光は少女の開かれた目から出ていた。
「おい。てめえは誰だ。」
少女は問いかけ応えるようにゆっくりと顔をあげた。
そしてしばらく見つめ合った二人。
彼らに全くトキメキはなかった。
「…何あれ?」
「ママを知りたいんだけれど…。」
そんな会話を他所に、少女は屈託のない笑顔を見せ、翔に飛びついた。
「マスター!!!」
「やかましいわ!!クソビ○チ!!!てめえなんざ知らねえ!!!」
飛びつく少女の顔に掴んだ枕をぶん投げた。少女は座り込み顔を手で覆った。翔は溜息をつき、部屋を出ようとした。
「母さん、咲姉。このど腐れ女にとりあえず服着せてやって。」
「あ、うん。いいけど。」
「あ、待ってマスt「トイレだよ!!!」
少女は片手は顔を覆ったまま、もう片方の手で、翔のスウェットの裾を掴むが、その手は翔に剥がされた。ああ、と言ったが今度は逆に少女は母と咲に捕まる。
「ごめんなさいねえ。あの子、パソコンの事になるとすぐああなるから。」
「ホント、それ以外は割と普通なんだけどね。」
「ねね、ところで貴女。翔の彼女なの?」
「いやいやお母さん落ち着いて、彼女だったら逆に困るんだけど。今迄を振り返ると。」
「彼女?交際関係をもつ男女間においての女性を指す言葉で間違いないなら、否ですね。」
彼女は笑顔でそう言った。それを聞いて、2人は顔を見合わせて笑った。少女は首をかしげ、その様子を見ていた。
「いや、あんた面白いね!私の部屋おいで。服着せてあげる。」
「すみません。それはできかねます。」
「どうしてなの?」
「コードが届きませんから!」
そう言って、羽織った毛布を手放し、彼女は背中から伸びたコードをみせた。
「えええええええええ!!!!!」
*
「…やっぱりかあ。」
「え!?知ってたの!?」
「信じたくないけどね。クソビッ〇の目、光ってたんだけど、あの光、俺のパソコンの電源のLEDと同じ色でさ。それに駆動音もしてたから。」
はあ、あのケースお気に入りだったんだけどなあ。そう言う彼の顔はかなり悲しそうだ。とりあえず服を自室から持って来て、着せた後、本当にトイレに言ってきた弟に事実を伝えるべきか悩んでいたあの時間は無駄だったようだ。
「てか、翔。あんた変な気起こしちゃダメだぞ!」
ここで、照れながらしねえよ!とか言えば可愛いものを、翔は全く面白くない。
「ああ、流石にバラしたりはしねえよ。」
あくまでパソコンメインの弟の将来を勝手に心配した。
*
部屋に入ると、パソコンデスクの脇に彼女は座っていた。彼女はこちらを見ると嬉しそうにした。少年はドアはを閉め、机に向かった。
「よおクソ〇ッチ。」
「マスター!」
「その呼び方なんとかしろよ。」
「マスターこそ!」
机の引き出しから、一応工具箱を取り出す。それを広げ、ちらりと少女の方を見た。
彼女はゆったりとした、秋にピッタリの服を着て、ボサボサだった赤髪は後ろでシュシュで束ねられている。翔はそのニコニコした表情に。
こいつ犬見たいだな。
そんな事を思った。
「さて、少しいじらせてもらうぞ。」
そう言って、工具箱からドライバーだけ取り出し、彼女の方を向く。
「やだ!マスターエッチ!!」
自分の身を抱きしめるそのド定番な反応に飽き飽きする。
「コード抜くぞ。」
「すいませーん。」
全く悪びれない少女に翔は複雑な気持ちを抱く。
こいつ殴りたい。とは思うが、自分のパソコンだと思うとそんな事はできない。でもやっぱりあのケースでこそ俺のパソコンな気が。
先程からこの堂々巡りだ。
まあでも。とりあえずは。
「使い方と、動作チェックだな。」
そう言ってまた、タオルを頭に巻き、少女の目の前に膝を付く。
「電源は?」
「頭です!ここ、ここ!」
そういって指さしたのはつむじだった。
さっき電源が入ったのは俺が殴ったからか。納得。
「DVDドライブは?」
「ここ!」
そう言って、彼女はおもむろに右肩を晒した。まあ翔の反応は変わらない。
「ほー。なるほど。ボタンはあるんだな。これボタンであってるよな。」
「そうですよー。」
開閉ボタンは鎖骨か…。まあそれっぽい。てか上向きのDVDドライブとか使いにくくて仕方ねえ。まあ使わねえか。
「配線は背中か?」
「あーそうそう。だからお姉様がゆったりした服出してくれたみたいです。」
「その服はそう言う観点か。咲姉に後でプリンあげるか。」
その後も質問と回答は続いた。
※
「…時々やっぱり人間じゃねえんだなって思う時あるんだよな。」
「何言ってるんですか翔さん!私は貴方のパートナーですから!」
「いや、やかましいわ!パしか合ってねえよ。お前パソコンな。」
ふんぞり返り、ふふんと鼻を鳴らす彼女?の頭をひっぱたく。
彼女がふざけて、それをつっこむ。もはやこれは日常だった。
翔はゲーミングチェアに座り、ヘッドホンをつけ、FPSをいつもの様に始める。そうすると彼女は隣に用意してある椅子に腰掛け、コードが届く範囲に置いてやった本棚の本を読む。彼女は飽きるとニコニコしながら静かに画面を見ていた。
彼は自分の集中を乱されるのが嫌いなことは、ゲーム中の彼を茶化して怒られた彼女はよく知っていた。
「あー。長いことこれやってなかったからなー。全然ヘッドショット決まんねえ。」
「死ななかっただけ上出来じゃないですか?」
「あー。まあそうかもな。」
少し静寂があった。
彼は天井を見つめた。
彼女は彼を見つめた。
「どうだった?」
「記憶が無いのでなんとも。」
「そりゃそうか。」
「長い間眠ることにさせちまったなあ。」
スーツ姿の彼は全く容姿に変化のない彼女に言った。彼女は椅子の上に足を乗せ、体育座りして、笑う。
「仕方ないですよ。私は嫌でも目立ちますから。」
「私に恐怖とかはありませんからね!」
笑顔で自慢げに言う。
その言葉とは裏腹に雫が膝に落ちる。
彼はそれを見ることは無かった。でも知っていた。分からない、なんで分かったのか。
彼は窓から外を見た。庭の金木犀は匂いが嫌いで好きになれなかったけど、この時だけは好きになれそうだった。
彼が大学へ行ってしまったあの日。
彼女は考えた。2度と目が覚めることは無いのかも知れない。使われなくなった自分は、古くなった自分は捨てられるのかも知れない。彼と共に過ごした熱が少し発生したようなあの時間を経験することは無くなるのかもしれない。寝ているうちに、自分でも気づかぬうちに。
彼女はこの感情が何か分からなかった。
「翔さん。なぜ私は涙が出るのでしょう。」
「水冷クーラーの水漏れたんじゃねえの。俺も多分そうだわ。ごめん。」
「翔さんが分からないなら、私にも分からないです。」
「なあ。」
「はい?」
「お前やっぱり人間なんじゃねえの?」
「何言ってるんですか!私は…」
「私は貴方のパートナーです!」
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