袋詰めの宝石
河條 てる
1話 花火
「君はいつも言ってたよね。」
「花火が見たいって、花火大会に行きたいって。」
「連れてってあげられなかったなあ。」
「君を無理にでも連れ出せばよかったかな。」
「君の願いなら僕はそれを何があっても叶えよう。」
「だから。帰ってきてよ。」
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「ねえ!花火大会だよ!明日!」
体を半分起こした体制で、彼女は毎年そう言う。動く度に嫌な音をたてるのは、彼女の点滴のせいだ。
「その体を治して、この目の前のテキストを終わらせたらいくらでも連れていこうじゃないか。」
座ったまま、そっけなく足を組み、本を読みながら僕はせっかく起こした身体を倒してしまった彼女に言う。
「つーれーてーけー!!!」
「やだよ。僕は君の自殺の補助なんてごめんこうむるね。ていうか、前も言ったでしょ。明日は僕達はテストだ。1日かかるから無理だって。」
「何を言ってるんですか!夜までテストやるんですかね!君は!」
もう1度体を起こして、彼女は言った。
「アホ、夜は明後日のテストの勉強。高校生のテストが1日で終わると思うなよ。」
少し、煽るように笑うと彼女はブツブツ言ってる。元々ダメ元だったのだろう。どこかだよねーっていう安心というか、分かっていた顔をしてる。
それを無視してページをめくる。
この本はあまり面白くない。
若い男と女の話だ。
愛は永遠だとか、一生離さないとかそんなくだらないことを連呼するだけの横文字の小説だった。
数少ない友達に目を輝かせながら読んでと言われて読んだが、僕はあまり好きになれなかった。
「ねえ!聞いてる!?」
そういいながら頬を膨らませる彼女は、どこか、まだ幼い。
「ごめん。正直聞いてない。」
「ふざけんな!!」
彼女は備え付けの机をバンバン叩く。その様子がおかしくて、クスッと笑うと彼女は余計に机を叩くのだ。しばらくすると彼女は机を叩くのをやめた。手を痛がってる。彼女は馬鹿なんだ。
「ほら、教えてあげるから。どこが分かんない?」
本を閉じ、立ち上がって、彼女に近づく。
窓の外では眩しい太陽が、澄んだ青い空に大きく高い雲と並んでた。今日は蝉がうるさかった。
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「爽!今日暇か!」
暑い日に暑苦しい奴に絡まれた。せっかくテストの代わりの夏期講習もかなり早く終わり、彼女の元へ行こうとしていた僕は少し、面倒くさそうな顔をした。
「言ってるだろう。僕はとあるお馬鹿な少女の可哀想なおつむを救いに毎日病院に行くしかないんだ。もっとも、今日は本当は1日テストのはずだったからいかなくてもいいんだけど。」
「なら、なおさら来いよ。お前いつも病院に面倒くさそうに行くじゃん。だからたまには気晴らしでもって思ってよ。とは言っても花火大会なんだけどよ、行かねえか?」
暑苦しい奴に限って妙に核心をついてくる。確かにめんどくさい。学校から彼女の病院は歩きで行ける距離だからいつも歩いているけど、少し遠い。それもこの暑さだと面倒くささに拍車がかかる。でも行かなきゃいけない。
「いや、いい。お馬鹿な少女はいつも花火大会に憧れてたから、僕が行くとそっちの方が面倒だよ。」
そう言って、少し笑って肩をすくめる。彼は「ならいいけどよお」と引き下がってくれた。暑苦しいけど悪いやつじゃない。
カバンを持って彼に別れを告げ、教室の戸を開ける。
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学校を出る前にとある部屋の扉を開ける。
「やあ。本、返しに来たよ。」
図書室の管理をしてる、図書委員の彼女に好きになれなかった横文字の小説を渡す。
「あ、爽君!どうだった!?」
本を受け取り、僕を見て目を輝かせる少女はこの小説について僕と語る事を期待してるようだ。事実いつもそうしている。
今回は彼女には悪いけど、酷評しか出ない。
「ごめん。今回のは僕の趣味にはあってなかったんだ。人の好きなものを知ってて悪く言うのは好きじゃない。」
するとあからさまに彼女は落ち込んだ。仕方ない。嘘は好きじゃないから。
「 そっかー。残念。あ、でも!これ!」
そう言って彼女が出したのは1冊の文庫本だった。返してすぐに次の小説を貸してくれるのはいつものことなので普通に受け取る。
「…また、恋愛系かな?」
そう僕は表紙の男女を見て言った。
男と女が背中合わせに草原に座り、空を見ている絵だった。
「ふふん、それがさ。実はこれ、そういうのはほとんど無いんだ!」
何故か誇らしげに言う彼女に苦笑いしながら、少し、ページをパラパラとめくる。
「…そう、だな。あえて言うなら青春系?」
「まあ、その辺は分かんないけど、結構話もしっかりしてて、綺麗に落ちるから携帯小説よりかは爽君好きそう。」
そう言われると少し気になってきた。元々行く予定は無かったから、今日は1日これを読んでてもいいかも知れない。でも。
「ありがと。今日テスト勉強の合間に読むことにするよ。それじゃ。」
軽く本を持ってない右手を彼女に上げて、図書室を去った。
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病院に着くといつもの受付のおばちゃんに声をかける。
「逆井さん、どうも」
そう、名前を呼ぶと逆井さんはすぐに気付いた。振り向き、いつも通り大袈裟に反応する。
「あら!爽ちゃん!今日は早いのね!いつもと同じかしら?」
「ええ。テストが無くなって時間出来たんで。」
笑顔で答えると逆井さんはいつもと同じように患者の様態をチェックし、面会の手続きをするのだが、いつもの光景だけに、不自然さにすぐに気付いた。
「どうかしました?」
逆井さんは少し固まっていた。だが声をかけるとまた、いつもの笑顔でこちらを見た。
「やあねえ!年取るとこれだから!腰がピキって言っちゃって。もう、湿布も貼ってるんだけど、あそこの湿布は2度と買わないわ!」
「その手の話は反応に困るんでスルーで。」
なんて軽く冗談で返しておく。おばちゃんの沸点は謎めいているから触れないに越したことは無い。これは持論だけど。
「まあ、失礼しちゃうわ!それはいいとして。」
逆井さんはさっきとはまた違う笑顔を見せた。
「あの子今日は、検診日なのよ。だから多分会えないと思うわよ。」
「じゃあ、少し病室で待ってみてもいいですか?」
僕はなんとなく、彼女に会わなきゃダメな気がして、普段なら言わないようなことを口走った。だけど、後悔はないし、今もそうする気だから口走ったって言うのは間違いかもしれない。
逆井さんはそれでも苦い顔でやめるように勧めてきたけど、最後は渋々折れてくれた。逆井さんには申し訳ない事をしたと思いつつ、僕は彼女の病室へ、足を向けた。
後ろから逆井さんに僕の名前を呼ばれたけど、振り向いたらなんでもないと言われた。
その後、、僕は彼女の部屋へいつもより早足で向かった。
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「あ…。」
「やあ、夏紀ちゃん。」
廊下で、ばったり会った制服の少女に、挨拶する。気まずそうにしてるのは、彼女が僕の事が嫌いだから。僕は気にしないけど。気になるのは…。
「珍しいね。普段なら僕に合わないように朝方来るのに。」
夏紀ちゃんはいつも目も合わせてくれない。いつも斜め下を見て、僕と話す。
「…お姉ちゃんは、今日いないよ。」
「ん?ああ、検診のことか。大丈夫、待つつもりだから。」
「え?」
驚きながら、珍しく僕の目を見た夏紀ちゃんの目は赤く、腫れていた。
一瞬僕は言葉を失った。普段からおとなしい子だけど、些細な事で泣くような子じゃない事は僕もよく知っていた。
「……夏紀ちゃん。何があったの?僕じゃ話せない?」
そう言った瞬間彼女は後ろに向かって駆け出した。僕が追いかけたのは言うまでもない。
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「待って!夏紀ちゃん!!」
少女の足はとても速かった。普段運動なんてしない僕じゃとても追いつけない。でもこの追いかけっこでは僕が勝った。
「待ってって!!」
「夏紀ちゃん!」
掴んだ腕は震えていて、僕が追いつけた理由はすぐに分かった。
夏紀ちゃんを近くのベンチに座らせて、ハンカチを差し出すけど、流石に女子中学生になると自分のを持っているらしい、ハンカチはいらないと言われた。僕は彼女から少し離れた所に座り、聞いた。
「夏紀ちゃん、どうしたの?」
「なんでもない。」
やっぱり斜め下をみて、彼女は言った。なんでもない訳がない。彼女の目元がその証拠だ。
「そっか。」
僕はそう言って立ち上がった。
「…どこ行くの。」
「どこって、病室。」
「ダメ!!!」
少女は立ち上がって叫んだ。さて、これでこの子は病院のご法度、走る、叫ぶをやってのけた訳だけどとか、言ってる雰囲気じゃ無さそうだ。彼女の、強く握られた拳、堅く結ばれた唇でそう感じた。
「お姉ちゃんの容態が悪化したからかい?」
僕がそう言った時の彼女の顔はひどく気が抜けていた。
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お馬鹿な少女、もとい、早坂 葉月は手術中だった。赤いランプの光る手術室に、夏紀ちゃんと一緒に行くと葉月と夏紀ちゃんの両親に会った。どちらも僕が来たことに凄く驚いていた。
それはそうだろう。この手術、葉月は僕に知られたくなかったのだろうから。
葉月は今日の予定をわざわざ聞いてきた。そして、僕が来ないことを改めて確認して、安心したんだろう。
最も、この事に確信したのは逆井さんと話した時だ。彼女は逆井さんに、僕が来たら誤魔化すよう言うのを忘れていた。そして、逆井さんが固まった瞬間見えたのは本日手術予定の六文字。とっさに逆井さんは僕に事実を伝えなかったけど見えてるし、そんな気はしてた。そのおかげで、今僕は彼女の1番近くにいる。
「爽くん、黙っていてすまないね。これもあの子の願いだったから。葉月は、爽には明日また会うから、心配させたくないって。」
葉月のお父さんはそう僕に教えてくれた。彼も娘をひどく心配しているんだろう。彼の目線は常に手術室に向けられていた。自分がしっかりしなければと思っているのだろうか、目元には涙が溢れそうだが、零れることはなかった。
葉月のお母さんはベンチに座って、手で顔を覆いながら、泣き続けていた。
早坂家の反応が今回の手術がどのような物か物語っていた。
僕は早坂家からそっと離れ、手術室から少し離れたベンチで本を開いた。
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図書委員の彼女から借りた本は言っていた通り恋愛要素はほとんどなかった。
その本はとある少年と少女の成長の話だった。少年はとても活発だった。少女はとても内気だった。対照的な2人は互いに互いを苦手に思っていた。でも成長していくにつれて、ぶつかり合うにつれて、互いに掛け替えのない人となる。でも、それは愛情じゃない。一生の親友として、互いに結婚してもその友情は続いていった。起伏がほとんどない。でも、心を穏やかにさせる不思議な小説だった。
僕はこの小説がとても嫌いだった。
でもとても大切で美しいと思った。
「…なんで平気なんですか。」
本を読んでいて、夏紀ちゃんが隣のベンチに座っていることに気付かなかった。もちろん端に座っているけど。
「平気なわけはないさ。」
ページをめくる手を止めるつもりはない。
「平気な人は本なんて読まない。」
「そうかな。でも、僕は本を読むよ。」
その言葉で夏紀ちゃんの目が鋭くなり、荒い声が飛んできた。多分立っている。今はそっちを見る気は無い。
「あなたは!!!なんで!お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、死んじゃうかもしれないのに!!!!!なんで!!!」
僕はページをめくる。
「それが彼女が望んだことだから。」
僕の答えを聞いた時の彼女の顔は知らない。でも
「は?」
この反応からして、この震えた声からして、訳が分かっていないし、泣いているのだろう。
「葉月は明日また会えるって言ったんだろう?なら、葉月は無事に帰ってくる。僕は葉月の言葉を信じる。」
「葉月が死ぬなんて、僕は信じない。葉月が冷たくなるまでは。」
「永遠なんてないっていつも言ってたよね。」
「でも、終わるまでくらいなら信じることも出来るだろう。」
「葉月は僕に心配させたく無かったみたいだけど、そんなの押し付けだよね。全く。」
ぼやきながら、ページをめくる少年。
ページをめくる手は葉月のお母さんの叫び声で止まった。
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「君はいつも言ってたよね。」
「花火が見たいって、花火大会に行きたいって。」
「連れてってあげられなかったなあ。」
「君を無理にでも連れ出せばよかったかな。」
「君の願いなら僕はそれを何があっても叶えよう。」
「だから。帰ってきてよ。」
「葉月…。」
花火は、夏の夜空に広がって、すぐに消えていった。儚く、散っていった。
「なぁに人を勝手に殺してんのさ!」
「ていうか、恥ずかしくないの?爽そんな事言って。」
「別に?あんだけ人をヒヤヒヤさせといて、冗談の1つも言わせてくれないの。お嬢様。」
「お嬢様は悪くないね。うん。苦しゅうない。」
「やっぱり馬鹿でしょ。」
「何を?!それがあなた、生還を果たした彼女にいう言葉かね?ワトソン君?」
「君にホームズは無理だよ。そのワトソンに、車椅子押してもらいながら、病院の屋上で花火見せてもらってるようじゃあね。」
「来年は河川敷とかで見たいなあ。」
「ここに来るのも一苦労だったんだ。君の両親、夏紀ちゃん、それに医者とかの説得がね。」
「自殺希望してないだけ、マシって事には?」
「なりません。」
「あら。心の狭いようで。」
「そうだね。君とずっと友達でいる事が嫌だったくらいには心は狭い。」
「ははは。可愛いとこあるじゃないですか。ロミオさん。」
「ちょいちょいそういうネタ挟むのやめない?ジュリエット。」
「でも良かったよ。」
「何がー?」
「君の願いが、叶ってさ。」
「何いってんの?花火大会の会場に行けてないじゃん。」
「…なんでさっき河川敷だったの?」
「あっ、そっちなんだ。いやムード的に良さそうだなって。」
「別にいいけど、その前に完治してください。」
「こりゃ手厳しい彼氏だ。」
「当たり前だろ。アホ。」
花火は、もう1度上がった。
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