第13話 酒の匂い

 真っ黒のどす黒い中、ロムは一人佇んでいた。

 他には誰もいなく、音もなく、風もない。

 ロムはその場ゆっくりと歩み始めた。

 ただただ足を動かした。


 少し歩くと目の前に長身の影が現れ、それは立体となった。

 タナカだ。

「お前は一体何なんだ!ナナに何をした!」

 体より先に口が動いていた。

「何度も言いましたよ。秘密です♡」

 余裕そうに答える。

 そしてタナカはロムに背を向け、その場から立ち去って行った。

 ロムは追いかけることもなく、そっと目を閉じた。


 ロムが目を再び開けるとそこは酒の匂いが漂い、笑い声が少し遠くから聞こえる。

 そしてロムの布団の上に手を添え頭を乗せぐっすり眠っていた。

 どうやらこの部屋は寝室のようだ。

 ナナをベットに横にさせ、ロムは笑い声のする一階に降りる。

 そこには沢山の狼顔があり、その中には以前切り合っていた奴もいた。

 狼たちは酒場で呑気に宴のようだ。

 ロムは空いた席を見つけ、静かに腰を掛けた。

 再び眠気が訪れ、テーブルに伏せようとするロムの横にいつの間にか

 女狼ジェスの姿があった。

「どうも、目が覚めたのね。」

 近くの椅子をロムの横に置き、しっぽを挟まぬように意識したのか

 一度ゆっくりと尾を上げ、着席の際に下ろす。

 その姿に色気を感じたのは男の性であろう、仕方のないことだ

 とロムは密かに思った。

「あぁ、ここはどこ。俺はこの頃知らない場所ばっかりだ。」

 ジェスはクスッと微笑む。

「お気の毒に。ここは酒場よ。貴方はこれ以上知らなくていいわ。」

 問おうとした瞬間タナカの姿がよぎった。

 ロムはそうかと呟き、机に目を落とす。

「あの子、必死に貴方…ロム君を助けようとしてたわ。

 まあ、瀕死でもなんでもなかったから少し滑稽な姿だったけどね。」

 いつの間にか手にしていたグラスを眺めながらジェスは言った。

 見た目と打って変わって稀に物言いが少しおばさん臭い。そして、狼顔。だが人間に分かる確かな美しさがある。

 不思議な感覚だ。

「今度私と戦って。ね、いいでしょ!」

 曇りなき眼がロムを見つめている。

「別にいいよ。面白そうだし。」

 言葉の通り、実に面白そうだと思った。

 どうやら魔法使っている様子はないが剣が曲がるだとか。

 今までにないトリッキーさに、ロムの心の内は興味深々だった。

「じゃあ、明朝太陽が昇るとき。ちゃんと早起きしてね。」

 そう言い残し、ジェスはその場から立ち去った。

 待ってましたと言わんばかりに睡魔が再々度到来し、

 ロムは身を預けることにした。

 その間、今はそもそも何時なのか、どこで戦うのかなどを考えたが

 結局どうでもよくなり、机につっぷした。

 相変わらず賑やかな酒場に一人、静寂に溶け込んでいった。







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