第9話 魅惑オン・ザ・ロード


それから三人は車道沿いを歩いて警察署へと向かおうとしていた。

周囲に人気はないけど、トラックや乗用車がぽつぽつと通り過ぎていく。

一定間隔で街灯が照らしてくれているから、暗くても歩けないことはない。

光に集まる蛾などの虫が目障りでもある。


「ここから警察署までどのくらいあるんですか?」

礼が豊島に質問する。こんな道を歩いているのは、逃走中に豊島が道を間違えたせいでもある。引っ越してきたばかりでこの辺りに地理に詳しくない。

豊島は地図を表示させて画面を見ながら答えた。


「たぶんあと五キロくらいかな? でもおかげで警察の追手と出会わなくて済んだでしょ?」

警察の検問はおそらくもっと別の場所で展開されているのだろう。

時折パトカーが一台通り過ぎることもあったけど、その時だけすばやく明かりから離れた暗がりに隠れてやり過ごしている。


豊島は礼の中で、自分への敬意がどんどん少なくなっていっているような気がしていた。少年の目つきや態度に表れている。


「タクシーでも呼ぼうか?」

豊島は思い付きをそのまま口に出した。子供に夜道を五キロも歩かせられないと思いやっているつもりだった。


「それ、電話したら警察に俺たちの居場所ばれたりしませんか?」

礼はジッと豊島の方を見た。


そうかもしれないと思った豊島は言葉に詰まった。


「じゃあヒッチハイク、ヒッチハイクならどうよ? 

これならいいでしょ? 善意の市民に協力してもらうの」

勢いで言っただけだが、豊島は自分でもなかなか良いアイデアである気がしていた。でも、相変わらず礼の視線が、いいや、さっきまでよりもさらに視線が冷たくなった気もする。


「……とにかく試してみるね、ハハハ。私みたいな女子がやればすぐに捕まるよね」

ちょうど向かってきた乗用車に向かって親指を立ててみた。

礼とユウは少し離れた木陰に隠れ様子をうかがっている。


乗用車は全く速度を落とさずに通り過ぎていく。


「……暗くて見えにくかったのかな~?」

そう言ってスーツの上着を脱いで、シャツのボタンを二つ外した。彼女は本気だ。


また乗用車が来た。

さっきよりも艶っぽさを意識して全力のキラキラした笑顔で停止を呼びかける。

乗用車は徐々にスピードを落として、豊島の近くで止まろうとしていたけれど、なぜか顔が見えるほど近くに来たところで急加速して逃げていってしまった。

……豊島は気付いていないけれど、もしかすると拳銃のホルスターが見えてしまったのかもしれない。


「うおい!ちょっと待て!」

豊島は去っていく運転手に向かって叫んだ。豊島には自分の中の女性的魅力が全否定された気がする。


ポンと肩に手を置かれた。後ろを振り返ると礼が少し優しい目をして頷いてから言った。


「選手交代」




次は、大型トレーラーが向かってきている。道脇にはユウが立っていた。

ニコッ!

礼に指示されたとおりの軽い感じの笑顔でポーズを決める。

トレーラーはそう定められていたかの如く、ピタッと止まった。

その様子があまりにもあっさりすぎて豊島のプライドはもうズタズタである。




運転席のドアがノックされる。

運転手はユウが来たと思って快くドアを開けた。


「降りろ、警察だ」

美人には違いないけれど、殺気のこもった視線の女が警察手帳と拳銃を構えている。


「この車を借りることにした。とっとと降りろ、さもないと撃つぞ!」

この女本気だ、と運転手は思った。運転手は悲鳴を上げながらシートベルトを外そうとしてもたついていると豊島が舌打ちしてきた。完全に理不尽な八つ当たりである。




運転手が走り去ると、礼とユウは助手席に乗り、豊島は怒りにまかせて警察署へトレーラーを発進した。

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