第10話 激突
そして、暴走するトレーラーが警察署の玄関をぶち破った。
まさかそんな馬鹿な奴らがいるとは想定していなかった彼らは何の対応も取れなかった。
「さっきのこと、まだ気にしてるの?」
「気にしてないもん」
そのトレーラーから冷めた目をしている礼と、少し涙目の豊島が降りて来た。
最後に降りてきたユウが上を見ていった。
「天使とやらは屋上だな? さっさと行くぞ」
三人は一気に階段を駆け上った。
「やっぱりそんなに上手くはいかないか」
屋上へと続く廊下に四本の警棒を装備した若い女が待ち構えていた。
また、豊島の同僚である。悪魔対策の特殊班だから警察離れした武器を持っている。制服のデザインも少し変っている。
それに天使に操られているから、問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
二刀流の攻撃を、ユウは両腕を変形させて受け止める。
その女の攻撃は太刀筋も鋭くて悪くない。けれど悪魔を相手するには軽過ぎる。
「百手百眼百頭の大犬に希う」
二刀流の彼女はそう唱えると、さらに二本の警棒を構えた。
「その子も悪魔の契約者なの!?」
豊島がその光景を見て思わず叫んだ。同僚の女の肩からさらに二本の黒い腕が生えている。
「知らん。だがこいつの近くに悪魔はいない」
ユウは警棒を弾いて、四刀流になった女から距離を取った。
豊島はユウに対して、こいつ知識面では意外と役に立たないな、と思ったけど口にしなかった。
ユウは相手の力量を試すように黒い腕に向かって切り込んだ。長く伸びた爪を受け止めると、力で弾き返した。
単なる見かけ倒しの腕ではなくて、悪魔と戦うための秘密兵器のようだ。
それでも単純な筋力だけならばユウの変形させた腕の方が強い。それなのに勝負がいっこうにつかないのは、技術の差があるからだ。彼女は剣術を身につけて無駄のない最短の動きで戦っているのに対し、ユウは戦い方を教わったことなどあるはずもなかった。
無理矢理力で押そうとすれば、黒い腕がそれを受け止め剣の技で弾かれる。人間の腕の方の警棒がユウの逆胴をかすった。爪で警棒の切断を狙うも、上手くそらされて切れない。このまま相手の得意分野で戦うと分が悪い。トレーラーが激突してきた混乱が収まれば、警察署の連中がユウたちを追って来るだろう。
ユウは相手の薙ぎ払う一撃に合わせて大きく後ろに引いて間合いを開ける。
ユウは戦い方を変えるつもりだ。
腕を元の形に戻すと、左の親指と人差し指だけを立てて手で拳銃のような形を作った。
子供のごっこ遊びのようなその手を変形させる。金属と生物が融合したかのような歪な銃の形になった。
火薬を破裂させて鉛の弾を発射する訳ではないので、大きな発砲音はしなかった。原理は水鉄砲に近いものなのかもしれない。
小さな銃口から黒い何かの物質を発射する。
最初の攻撃は外してしまったみたいだ。コンクリートの壁に穴があいている。
「ユウ、その人も操られているだけだから」
「わかっている、まかせろ」
礼にお願いされてしまったユウは、覚えたばかりの笑顔で答えた。
そう答えたのにユウの狙いは彼女の胴体だった。小さな的に当てられるほどの命中力をユウはまだ持っていない。
でも、数十回も打ち合ったユウは彼女の実力を信用していた。
胴体を狙った攻撃を四本の腕が素早く察知して、警棒で防御を固める。ユウは警棒で受けざるを得ない状況を狙っていたのだ。
正面からユウの銃撃を受けてしまった警棒は折れた。四本のうち二本の警棒のほぼ根元に当たったのだ。
二刀流に戻った彼女にユウは右腕を剣に変形させて挑みかかる。
上段から振り下ろした重たい一撃を、黒い腕と人間の腕それぞれで構えた二本の警棒で受け止めた。
「腹がガラ空きだぞ」
ユウはそうつぶやくと、そこにめがけて蹴りを入れた。
倒れた彼女から黒い腕は消えて、息もしている。殺していない。
急がないと他の警官たちが向かって来るかも知れない。
ユウたちは急いでこの先にある屋上へと向かった。
屋上への扉は破壊されていた。
その向こう側に金髪で露出の多い格好をした女が立っていた。欧米辺りで治安の大変よろしくない所の娼婦だと言われれば、そう信じてしまいそうだ。
「お待ちしておりました」
見た目に反して言葉遣いや動作は丁寧だった。
「はじめまして。今回はご挨拶に参りました。
落星クラブ所属のジュピターと申します。そしてこれが私の契約した悪魔ピテカントロプスです」
強面の上司がこれを天使と呼んでいた理由が豊島にもわかった。
契約者には悪魔と呼ばれていたけれど、その見た目は天使だった。白い翼を広げてふわりと宙に浮かんでいる。
「もうこれ以上戦うつもりもありません。その証拠にこの場の支配も解きましょう」
ジュピターがそう言うと、ピテカントロプスがゆっくりとジュピターの隣に降り立った。
着地した時に岩とコンクリートがぶつかり合うみたいな重たい音がした。
そう、悪魔ピテカントロプスは天使の見た目をした動く石像だった。
ユウも豊島も警戒を解いていない。銃口をジュピターと名乗る女に向けたままにしている。
ジュピターは自分の契約している悪魔から離れ、礼へ歩いて近づいてきた。
倒すには絶好の機会だ。だというのに、豊島とユウの背後に立っていた礼は二人の前に出て、攻撃しない様に手で制した。
それを見たジュピターは優しい頬笑みを返してこう言った。
「私たちの仲間に加わりませんか?」
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