第6話 刑事
刑事、豊島藍はエリートコースを進む優秀な刑事だった。
その彼女が田舎に飛ばされてきた原因は、内部告発をしたからだ。
黒い髪を後ろにまとめて、真面目に見える彼女は仕事をただ坦々とこなすタイプで、熱意を持って警察官になったわけでもなくて、特別正義感が強いわけでも無かった。
同じ班の同僚たちが証拠のねつ造をしているのを知ってしまった。
だから行動しただけだ。黙っていては、もし事件が明るみになった時、自分も同類にされてしまう
その結果がこれだ。
「じゃあ、どうすればよかったのよ」
何が正義か彼女は時々考える。
豊島藍の新しい仕事はふざけていた。冗談じゃない!
殺し屋谷沢栄治とその悪魔ヴェクサシオンの調査……の手伝いである。
ここ数年海外を転々としていた殺し屋が、日本での仕事をするという情報を元に捜査をするらしい。
「はぁ? 悪魔? 何それ?」
強面のオッサン上司からの情報によると、悪魔と契約して不思議な能力を使う犯罪者らしい。
他のメンツも真面目な顔して説明を聞いている。
「ねぇ、これ新人へのドッキリ? 歓迎会の余興?」
などと聞ける雰囲気ではない。
防弾チョッキと銃の携帯を許可される。
「そんな武器で大丈夫か?」
豊島が拳銃に弾を込めていると、ここでの先輩がアサルトライフルと閃光弾を持って隣でそう聞いてきた。
「あなたの頭こそ大丈夫ですか?」
と言ってやりたくなった。階級は自分の方が上だけれど、年齢は向こうの方が上で、ここでは先輩でもあるから一応は立てておいた。自分の後ろでは若い小柄な女の子がバズーカ砲の準備をしている。きっと犯人捕獲用のネットを発射する道具だ、と思いたい。
田舎の刑事の装備にふさわしくない。
ほかにも電磁警棒がブォンという効果音と共に振り回される映画の光の剣みたいな形をしている。しかもそれを別の女の子が四本も装備していた。いったい彼女は何と戦うつもりなのか?
「それにしてもこの部署、女子が多いな」
半数以上が女性だった。
初日からわけがわからなかった。誰も説明してくれない。
日も沈んでしまった。
「もう帰ってもいいですか?」なんて初日から言い出しづらい。
廃工場の中で散らばったガラス片を見ながら一同のテンションマックスでついて行けない。
貴重な資料らしく一粒残らずみんなで手分けして拾った。
これがドッキリなら演技力が高すぎる。それにそろそろ打ち明けてくれないと歓迎の飲み会ができない。
捜査はなおもつづく。
謎のガラスはあちこちに散らばっていて、さらに応援を呼んだ。鑑識の人にも手伝ってもらう。
手際良く事件現場付近の監視カメラの映像データも集まった。みんなで手分けして観賞会である。
その映像が信じられないものばかりだった。
指さされた人間がガラス化して、それがアスファルトに倒れて砕け散った。
豊島藍は今更ながらあれが人間であったことを知った。他の人間は驚いた様子が欠片も無い。
「誰か教えろよ!素手で触っちゃったよ!」
白スーツの男が捜査対象である殺し屋谷沢栄治らしい。
その殺し屋さんは時々瞬間移動をする。画面の端から端まで一瞬で移動するのだ。
「本当に超能力!加速装置?」
その谷沢の側に常にいるロボットみたいなものが悪魔ヴェクサシオンらしい。
「拳銃程度の火力では大丈夫じゃないっぽい!」
もし捜査がもっと手際よくおこなえていた場合、豊島藍の初仕事はこんな化け物との戦闘になるところであった。
「無理!三秒で死ぬ!」
他の映像を見ていた刑事が言うには、谷沢栄治が超能力のマジックポイント? を使い果たしている可能性を報告してきた。これからこの最強の殺し屋さんを追跡すると強面ボスがおっしゃる。
遠慮したいオーラを全力でアピールしていた豊島藍に、ボスが別行動の命令を出してきた。
心の中で彼女は剣道大会で一本取り消しレベルのガッツポーズを決める。
その命令の内容を聞いて、また失敗したなと彼女は思った。
渡された動画に映った人物を警察署まで護送してくること、というのが彼女の下された命令だ。
最強の殺し屋とその契約悪魔を撃退した人物。
画面には恐ろしいほどの美女とその小脇に抱えられた少年が映っている。
豊島藍はその前後の動画を見ていない。どうやって最強の殺し屋とその悪魔を倒したのかを知らない。
強面上司曰く、美女の方が悪魔で少年は契約者だ。決定権は契約者にあるから、少年の方を優先せよ、とのこと。
監視カメラの映像を頼りに、聞き込みながら追跡するとあっさりと見つかった。
そして、コンビニの前にいた阿九礼とユウのコンビを無事保護した。
もっと邪悪な存在をイメージしていた豊島にとって、そのイメージと二人が合わない。
本当にこいつらが悪魔とその契約者なのか?
子供の方に超能力が使えそうな凄味を感じないし、美しい女は人外の何かに見えない。
カメラの映像だけでは不安なので、いくつか質問してみることにした。
「あなたの名前は? 何年生?」
「阿九礼、五年生です」
緊張しているけれどはっきりと答えた。余計なことを聞かれて怪しまれないようにしようと礼は考えていた。
「そちらのあなたは?」
「ユウだ」
名乗ったユウは腕を組んでどこか誇らしげである。
「ユウさん? どんな字を書くのかしら?」
それが聞きたいというよりも、まずは答えやすい簡単な質問を重ねていくという尋問テクニックである。
でも、答えたのはユウではなかった。
「夕日のユウです。えっと、片仮名のタのようなやつです」
礼がユウの代わりに応えた。
「た、……タね」
そのふたりのやり取りを聞いていたユウはどことなく不満そうな顔になった。
その後も豊島は、礼とユウに簡単な質問を繰り返す。
そろそろ本題の悪魔関連のことに斬り込んでいこうとした時だった。ケータイの着信音が鳴った。その曲は礼も知っている曲だった。
運転しながら通話するわけにもいかず、豊島は車を路肩へと止めた。
相手を確認すると、怖い顔の上司である。このまま車内で話すと後ろの座席に座っている彼らに聞かれたくない情報が漏れるかもしれない。豊島は少し待っていてと言って車外に出て通話ボタンを押す。
五、六歩ほど歩くとちょうど街灯の真下になる。会話しながらそこまで歩いた。
追跡したけれど、谷沢栄治を取り逃がしてしまったという連絡だった。
死傷者無く終わらせられたと聞いて豊島は安心した。刑事としては正しくない感想かもしれない。
豊島の手伝いをするために、三名の刑事を先に警察署へと戻したという内容を上司が話している時だった。
パトカーが豊島の車のすぐ後ろに止まった。
一人の警察官が降りてくると、ユウが座っている左側の後部座席へと歩いて近寄っていく。
警官が腰のホルスターに手をかけると、拳銃を取り出してガラス窓越しにユウにつき付けた。子供の礼は驚いてとっさに何もできなかった。
目の前に銃口のあるユウは、その行為が何を意味するのかわかってないのかもしれない。
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