天使の悪魔
第5話 分つ
「ああ、なんてかわいそうなんでしょう!」
彼女は地面に落ちて土に汚れていたキーホルダーを拾った。
白いウサギを模したキャラクターの人形が付いている。
誰かが落として失くしたというよりも、捨ててしまった可能性の方が高いとわかるほどボロボロで、薄汚れている。
「私といらっしゃい。あなたに新たな役割を与えてあげましょう」
彼女はにっこりとほほ笑んだ。
「天使さま、天使さま。あの人たちの願いを叶えたまえ」
そう祈るようにつぶやくと空から下りてきたそれの腹部に人形を押し付けた。
それはまるで天使だった。
人形は沼に沈んでいくように、その白い彫像みたいな体に取り込まれた。
礼とユウはあれからコンビニの方へと向かって歩いていた。自宅の冷蔵庫にもアイスの一本くらい残っていた気もするけれど、そうでなかったかも知れない。
たかがアイス、されどアイス。
悪魔と契約してしまったらしい礼は、その能力の対価を渡さないとどうやら恐ろしいことになると知ったばかりであった。
礼が振り返ると、すぐ後ろに美女が歩いてついてきている。彼女はずっと礼を見ていたようで、振り返るとすぐに目が会った。
美女というだけでも気後れするのに、その正体が悪魔と呼ばれる存在だと知っている礼は、とっさに何と声をかけたらよいものかわからなくなって、すぐ前を向いた。
夜のコンビニの前には、光に引き寄せられる害虫と一緒に不良の若者たちがたむろしていそうなイメージのあった礼だけど、そこのコンビニには蛾が蛍光灯の近くでヒラヒラと羽ばたいているだけだった。
店内には客は少なくてがらんとしている。
万が一、さっきまでのようにユウが何か問題を起こしたとしても、目撃者は少ない方がいいと礼は思った。
小腹が空いていたから、夕食を買いに来た。
それだけではなく、礼はユウのためにアイスを買いに来たのだ。
「ユウ、お前はこっちに来い」
礼はキョロキョロともの珍しそうに店内を見ていたユウに手招きした。
冷凍庫の中には何十種類ものアイスが陳列してあった。
「ここから好きなものを選べ、俺はちょっと弁当と惣菜を見てくるから。
あ、あと食べるのは買ってからだからな!」
わかったかと礼が念を押すとユウは小さく頷いた。
「本当にわかったのかな?」
そう言いながらも礼は弁当の売ってあるコーナーに向かう。
ハンバーグや生姜焼き、唐揚げなどボリュームのあるもの、夏限定のそうめんに冷やし中華の麺類。
どれも今食べたい気分ではない。
礼は、その隣のおにぎりコーナーで梅とツナマヨを選んだ。それに合いそうな飲み物でペットボトルのお茶も手に取り、ユウの方に戻る。
「選んだか?」
ユウはポカンとした顔をして、黙って突っ立っていた。その手には何も無く、アイスを選んだ形跡はまるでない。
「何やってんだよ? わかんないの?
わからないならわからないでそう言えよ!適当に頷くな」
見た目は大人なユウが、子供の礼に怒られている様子はヘンだった。周囲に客も店員もいなくてよかったね。
「こっちは食べたから、次はどうする? 他のにするか?」
礼がそう言うので、また頷こうとしてユウは止めた。さっき注意されたばかりだ。少し考えてから、手前にあったアイスを適当に指さした。
「これでいいの? 他のも買う?」
「これでいい」
ユウはブンブンと頭を上下させて頷いた。実は本人はさっぱりわかっていない。
コンビニの外に出て、明かりに照らされたゴミ箱の前で買った物を食べることにした。
礼はおにぎりの包装を剥いでいると、ユウがそれをじっと見ていた。
「なんだ、おまえおにぎりも食うのか?」
礼は二つあるうちの一個をユウに差し出した。
「はい」
受取ったユウは、大きく口を開けてガブリとかみついた。不思議そうな顔をしている理由が梅干しの酸っぱさに驚いたわけじゃなくて、一口で食べきれなかった自分に対しての疑問だと礼にはわからなかった。
そのまま口を変形させること無くユウはモグモグと食べている。
その様子を見ながら礼もツナマヨのおにぎりをお茶と一緒に食べた。
「アイス」
おにぎりを食べ終えたユウは自分の選んだアイスを礼に差し出した。
「なんだ? 開け方わからないのか?」
ユウの選んだアイスはチューブタイプの二本入りで、二人で分けられるものだ。
「はい」
礼が開けてやると、ユウは二つのうちの片方を礼に差し出した。
「二つともお前が食べていいよ」
そう断ってもユウは差し出したまま動かない。礼を真似しているのかもしれない。
受取るまで続きそうだったから、礼はそれを受取って食べる。
少し時間が経っていたからとけて液体になりつつあるところもあるけど、チョコレートコーヒー味で冷たくて甘くておいしかった。
ユウもどこか満足そうにしている。
「大丈夫そうだな」
まだ食べているユウを見ながらそう言った。対価をよこさなければどんな恐ろしい目に合うかわからない。
礼は、これからも定期的にアイスを食べさせようと思った。
「そこの少年、ちょっといいかな?」
駐車場に止まった自動車からスーツ姿の女性が降りてきた。立ち振る舞いから真面目そうな印象を受ける。
「警察の者なのだけど、ちょっと署の方でお話聞かせてもらえる?」
彼女は警察手帳を取り出すと、礼たちに任意同行を求めてきた。
母さん、ごめんなさい。そう礼は心の中で謝った。
刑事のおねえさんの運転する車で警察署まで連れて行かれていた。
ユウは運転席の様子を熱心に見ている。
礼には心当たりはある。残念ながら。
最強の殺し屋を自称する白スーツの不審者の犯罪現場を目撃した第一発見者なのに通報しなかった。
逃げるのに一生懸命だった。そう言い訳すれば解放してもらえるだろうか。
むしろ、すべてを正直に話してしまえばどうだろうか?
いや、あんな荒唐無稽な話をとても刑事さんたちが信じてくれるとは礼には思えなかった。
それに、隣にいるユウも大きな問題である。
こいつには身分を証明するものが何も無いのだ。「こいつ悪魔なんですよ!」と礼が言っても納得してもらえそうにない。
となると、逮捕拘束されるのか?
礼にはユウが鉄格子の向こう側で大人しくしている光景が想像できない。
鉄なんて簡単に切断して出てきてしまうことだろう。手錠で拘束できるわけがない。
脱獄、大暴れでさらに罪を重ね、翌朝のニュースで放送されるところまで想像が飛躍した。アイス工場を次々と襲う怪獣のイメージだった。
その場合、契約者の礼にも責任の一端が覆いかぶさってきそうだ。
母さん、ごめんなさい。礼はそう心の中で繰り返した。
一方ユウは物珍しそうに車内や窓から見える光景を見ていた。
女刑事はバックミラーで後部座席に座る二人の様子を確認する。
シートベルトも閉めて、今のところ大人しく座っている。
「こんなのが本当に悪魔とその契約者なの?」
二人に聞こえないような小さな声でつぶやいた。
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