3

 それでも近づこうとしたはづきを、父が声だけで止める。

 制したまま、父は席を立ちあがって、史月を囲むように展開していた女中たちの前に行くと、床に膝をついた。


「父さん!?」

「「「お父さん!?」」」

「このたびの暴挙、お許しください。そして、ひなこを返してください。私の、大切な娘なんです」


 手をつき頭を下げる。俗に言う土下座という形をとる父に、ひなこも含め子どもたちは皆ぎょっと目を見張った。


「無理だ。ひなは俺のもの。返さん」

「お願いします、どうか」

「無理だ」

「お、お父さん!」


 ひなこが父の側に駆け寄って、無理やりその身体を起こさせる。青くなるまでかみしめた唇、疲れに落ち込んだまぶた、赤い目。いつもの穏やかな父とは違う、必死な顔つき。その全てが普段の父とは違っていて、ひなこはそんな父を抱きしめた。


「おい、ひな」

「あんな、お父さん。うち、ふみの家にお世話になるんやけどもう会えないわけと違うんよ?」

「え・・・」

「おい、ひな。離れろ」

「うっさいわちょっと黙っとき! だからね、また会いに来るから。うちふみの家に戻るわ」


 黙れと言われてショックを受けたのか固まってしまった史月を置いて、ひなこは父の背中を優しくさすり続けた。

 娘の手のぬくもりを背中に感じながら、父は口を開いた。


「なんで・・・なんでひなこちゃん、戻りたいの?」

「え? え-と。ふみ、あの広い家に1人暮らしなんやて」

「え」

「そんなの寂しいやろ? だからうちがいてあげよ思うてん」

「そ、それは確かに」

「父さん!」


 お人よしと名高い父、ここでもそれを発揮して頷きそうになる。はづきの叫びにはっと気づきかぶりを振った父。いけない、のせられるところだった。


「で、でも、それはひなこちゃんじゃなくても」

「ふみがうちしかいない言うんよ。せやから許して。うち、ふみと一緒に居たいの」

「ひなこちゃん・・・」

「おい、下男・・・じゃなかった。あー、ひなの父親?」

「は、はい。何でしょう」

「一生安泰させる。俺の持ってるもの、全部ひなにやってもいいい。幸せにもする。だから俺に、ひなをくれ」


 ソファで行儀よく、つつましく座っている割には大胆な物言いの史月。たいしてというかまったく頭なんか下げていないくせに、ひなこをくれと父に言う。ただ、その眼だけは。まっすぐに父へとむけられていた。


 兄弟たちが呆然としている中、父は真剣なまなざしで史月と見つめ合っていた。

 やがて、折れたようにふにゃりと笑うと。


「ひなこを、幸せにしてください」

「父さん!?」

「任せろ」

「ひなこちゃん、僕たちでここを掃除しておくから、部屋から必要なもの持ってきちゃいなさい」

「う、うん!」


 父に追い出される形でリビングを出たひなこは。兄が父を殴ったことも父が兄弟たちを説得したことも知らず。


 スーツケースとリュックサックに当面の着替えや生活用品を詰め込んで、あとは宅急便で送ってもらおうとある程度部屋を片したところで。ひなこたちはまだ若干ぎこちない我が家を出たのだった。


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