英雄称号

 現在のソ連空軍の主力長距離多用途戦闘マルチロール機「Su‐36」。

 大霊国軍の主力機ものより一世代ほど旧式だが、数さえそろえば互角に戦える。本来、先のものよりも、パ連側の半世代ほど新式の主力機ものを使いたかったが、こっちには回らなかったし、回ってくる予定も未定。パ連側にソ連なぞの属国に対して、自国の最新鋭機を使わせる気なんて毛頭ないのだ。

――旧式だが、十六対一なら確実に勝てるだろう。それにしても、単機で向ってくるとは……信じられん!!

 シチェルバコフ内心では、こちらに単機で向ってくる敵機の存在を信じることができなかった。

 MG《モビルギア》の単独飛行が可能であると言っても、あくまで飛行のみ。実際に空中で戦闘行うなおうものなら、相応の機体の性能はもちろん、技量に加えて経験も要求される。さらに生き残るには運も要求されるのだから、MGモビルギアでの空中戦が搭乗者パイロットにとって、どれほど困難なことかは筆舌に尽くしがたいことである。

 とどのつまり、空中戦ができる者なぞ限られているのだ。さらに、それを単機で戦おうする者に至っては絶対にいないはずだった……。そもそも、単機で戦うこと自体が自殺行為なのだから……。少なくとも、元の世界の宇宙の大半ではこれが常識とされている。

 そこに、先の機で編成されたの四個隊計十六機がたった一機のMGモビルギアを襲うのだから、非常に哀れな話になってしまう……。

――ところで、こちらのらは四対一で負けるとは……なんと頼りないのだ!!多少の無理を承知してでも、同志グルカロフに我々パールチヤの同志達を連れて行くように、頼むべきであった!!

「残りの護衛隊が向かっていった――ということは、これでは我々は丸腰になってしまいましたが……」

 内心で怒り嘆いているシチェルバコフに、マルケロフの弱々しく声をかける。

――馬鹿野郎が!!そんなことで士官が務まるか!!とはいえ、楽観的すぎるのもな……。

 シチェルバコフは内心でネガティブなマルケロフを叱ってやりたかったが、それも指揮官に必要な要素ファクターだと思って、思いとどまる。

 指揮官とは、常に最悪の事態を想定しなければならない。それ故にマイナス思考になるのは無理もない。だからと言って、部下に不安をあおるようなことも、禁物。

――やれやれ……士官の教育も楽じゃないな……。

 シチェルバコフはため息をも噛み殺す。いよいよ空爆の予定時間も迫っている。もう叱っている時間さえも惜しいのだ。

「そう心配するな!!護衛隊あいつらがあの機をさっさと片付けてくれるさ!!」

「――は、はい!!」

 シチェルバコフのポジティブな発言に、マルケロフは強気で反応する。どうやら、彼が抱えている不安は解消されたようだ。

 その時――「隊長、戦闘が終わりました……!!」という通信士の声が響く。

「そうか!!やっぱりな……。それにしてもあっけなかったな……」

「は、はい……。あっけなくやられました……」

「どうした……?何かあったのか……?」

 シチェルバコフは通信士から発せられる違和感を感じ取る。どうもおかしいのだ。さっきから、彼は葬式に相応しい声を発し続けているではないか。

「そ、それが……」

「まぁ、四対一で軽く勝った化け物だからな!!護衛隊の被害も大きかったんだろ!?」

「は、はい……!!」

――良くて、生き残ったのは半数と言ったところか……。

 シチェルバコフの声も、次第に葬式に相応しいものになりつつあった。

 あの化け物をったとはいえ、犠牲が割に合わない程度である以上、素直には喜ぶことはできない。

「やはりな……。それで……護衛隊の被害は?」

「ご……護衛隊の被害総数は――十六機!!言葉通り……“全滅”です……!!」

「あっ……!?今……何て言った!?」

 通信士の返答が信じられず、素っ頓狂な声で訊き返してしまうシチェルバコフ。この時の彼の瞳には、欠片ほどの邪気さえ含まれていない。純粋なうつろだけによって占められている。

「護衛隊が……、“全滅”しました!!」

「こ、こっ、こっちが終わってどうする!?十六対一だぞ!?万が一でも負けんぞ!!」

 通信士のはっきりとした返答に、シチェルバコフは動揺を隠せない。半ばパニック状態に陥っている。

「あ、あっ、あり得ない……。たかが一機相手に、十六機がこうもあっさりと……」

 同じく、マルケロフも動揺を隠せない。彼の顔に至っては、既に死人の形相。半ばあきらめている。士官なのだから、そう簡単に諦めないでほしい。

――とことん使えない奴らめ……!!帰ったら、根本から鍛え直してやるように、報告せねばならんではないか!!

 先程とは一転して、シチェルバコフは犠牲になった爆撃隊を内心で毒づいた。彼らがソ連出身の将兵であることも関係しているのか、彼の心からは“哀悼”と“顕彰”の二つの単語が消え去っている。

「た、隊長……!!ここは一旦退きましょう!!奴は化け物中の化け物です!!」

「ここまで来て、一個も爆弾やミサイルを投下せずにか!?退けるかっ!!」

「しかし――」

「いいかっ!!首都に爆弾やミサイルを一個でも落とさずには退くなっ!!退こうとした奴は、即決裁判で地面に叩き落としてやる!!分かったな!?」

 完全に弱気と混乱状態に陥ってしまい、撤退を進言するマルケロフに対して、シチェルバコフは“作戦の続行”を脅迫交じりで突き付ける!!

 ここで退こうものなら、敵前逃亡で粛清ころされる可能性がある。パ連の面目も丸つぶれだ。また、ソ連などの同盟諸国から笑われてしまうことも確実。

 結果、隊長機の機内に「「りょ、了解!!」」と、シチェルバコフ以外の全搭乗員の声が響く運びとなった。

「いいか!!全機、最大戦速!!強行突破を図るぞ!!」

 シチェルバコフは『最大戦速』で、件の敵機を振り切ることを試みる。

 さらに、通信士から「了解!!『全機、最大戦速!!』」という応答を聞いた後に――

「よし!!こっちも最大戦速だ!!」と、乗機を一気に加速させる。しかも、エンジンが焼き切れてしまいそうな勢いで……。

 しかし、これらのシチェルバコフの努力は――

「ああぁっ!!無理です!!先の一機が早過ぎて――確実に、追いつかれます!!」という、通信士の悲痛な声に掻き消されてしまう。

「むぅ……!!なんということだ……!!」

 歴戦の爆撃機乗り――シチェルバコフの声に、“焦り”が混じっている。だが、“諦める” という感情ものが混じっているわけではない。

――本来は撤退用に残しておいた手段だが……、この際は仕方あるまい!!

「アフターバーナーの使用を全機に許可しろ!!もちろん、当機も使うぞ!!」

 シチェルバコフは切り札を使うことにする。『アフターバーナー』だ。これを使えば、必ずやあの敵機を振り切れるはず。とはいえ、その効果かは一時的なものにすぎないが、目的の達成を補完する上では十分だ。

 通信士から、「了解!!『全機、アフターバーナー点火!!』」という声が機内に響く。

 そして、それを訊いたシチェルバコフは――

「よく頑張ったが……、無駄に足なったな……」と、独り呟く。同時に、彼の緊張が若干であるがものの――緩む。

 護衛隊を全て撃ち落としたことは、「素晴らしい!!」の一言に尽きる。だが、そのたった一言までだ!!

 パ連と戦争中の国々の中でも、大霊国は最も捕虜の待遇が良い国だと言われている。その一例として――毎回の捕虜交換で帰ってきたパ連の将兵には、暴行の跡などが全くと言っていい程に見られなかったことだ。負傷兵には適切な治療を施してくれることはもちろんであり、戦死した者も棺(しかも、その棺はパ連の旗で覆われている)に丁寧に納められて帰ってくるのだ。

――この際、帰る必要もない……。王城への襲撃を終えたら、機を捨ててパラシュートで脱出した後、地上に降りて捕虜になるだけ。そうすれば、確実に俺達は故郷くにに帰れるはずだ……!!

 シチェルバコフは瞬時に算段した後、再び気を引き締める。

 任務不達成ならば兎も角、達成の場合とやかく言われる筋合いは全くない。それどころか勲章や英雄称号も受け取れるのだ。

 彼の口から、微量のよだれが漏れ始めている時――

「だっ……駄目です!!離れるどころか、ますます近づきつつあります!!」という通信士の悲痛に満ちた声が機内に響く。

「ば、馬鹿なあああぁぁぁ!!あ、ありえないぞうぅぅぅぅっ……!!」

 マルケロフの口からも悲痛な叫びが湧き上がる。殆どパニック状態に陥っている。同時にその分、諦めている。任務の達成と自己の保身を……。

「やむを得ん!!ここでミサイルだけでも投下しろ!!」

 シチェルバコフは半ば焦りながらも、そう命令する。どうせ宣伝目的の作戦なのだ。「首都への空襲が成功した!!」という事実せんかだけでも、任務は達成される。

 ならば、今の距離で届くミサイルだけでも……。

「しかし、妨害電波が激しすぎます!!ここ一帯のみならず、例の機から発信されているようです!!」

「ぐぅ……抜け目がないやつだな……。無誘導でも構わんから、投下しろ!!」

 通信士の応えに驚きつつも、シチェルバコフは諦めない。このままでは終われない!!

「ですが……今からミサイルを投下したとして、四発がいいところ――」

「構わん!!一発でも王城――いや、首都に達するだけでも効果はある!!ズべコベ言う暇があったら――」

 今も弱気なマルケロフに、シチェルバコフが重ねて命令しようとした――その時!!

 黒い光が隊長機を貫いた!!機体は火を噴きながら、瞬く間に地面へと墜ちていく……。

「な、な、なっ、何があったあぁぁぁっ!?」

「ひ、被だーんっ!!」

「うおおおおぉぉぉぉっ!!そ、操縦があああぁぁぁっ……!!」

「うああああああぁぁぁぁぁっ!!た、隊長うううぅぅぅっ!!」

 機内では、火花が飛び散る中で、マルケロフとシチェルバコフの叫びが響く。

 そして、最後にシチェルバコフが――

「だあああぁっ、墜ちるーっ!!全て意味にもおいて落ちるうううぅぅぅぅぅっ!!」と叫びが機内を包んだ直後――爆弾やミサイルにでも引火してしまったのだろう……。

 機体はまだ地面から遠く離れた状態で――爆散!!

 爆撃隊隊長エマヌエル・シチェルバコフ(Emanuel Shcherbakov)少佐及び、同副官ヴァジリエヴィチ・マルケロフ(Vasilievich Markelov)少尉戦死。

 後に、両者には勲章などが追贈されるものの、シチェルバコフには二回目の“英雄称号”が送られることはなかった。マルケロフに至っては、自身が欲し憧れていた“英雄称号”を死後も受ける日は――永久にこなかったのである……。

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