爆撃隊

 オーキデ王国 首都近郊上空 オーキデ合同解放軍爆撃隊 隊長機

「隊長、間もなく首都上空に到達します!!」

「よしっ!!各機に通達!!爆弾層開け!!爆撃体勢に入るぞっ!!」

 隊長機の爆撃隊隊長エマヌエル・シチェルバコフ(Emanuel Shcherbakov)とその無線士の応答が響く。そして、全機が臨戦態勢に入る中、シチェルバコフはほくそ笑まずにはいられなかった……。

――首都には我らが一番乗りだ……!!

 今作戦の目的は、首都上空に潜入して本営たる王城を爆撃することだ。敵の指揮系統に大打撃を与えようというのだ。

 この作戦が成功すれば、自隊の名誉ならず、新型の爆撃機の開発にも予算が下りる可能性もある。

 贅沢は言わないが、飛行士なら誰でも新型機は欲しいという欲望が大小問わずあるだろう。「これぞ飛行機乗りの本懐!!」と言っても過言でもないだろう。

「各機隊長……、いよいよですか……!!」

 全機の爆撃体勢への移行を確認した副操縦士兼副官のヴァジリエヴィチ・マルケロフ(Vasilievich Markelov)少尉が、シチェルバコフに声をかける。しかしその声は、何処かおかしい。まるで躊躇ちゅうちょするかのようだ……。

「どうした!?何か気になることでもあるか!?」

 副操縦士の異変に気付いたシチェルバコフは、彼に尋ねてみる。

 すると、彼は重い口を開いて――

「……実をいうと、王城付近には圧政を受けている多くの人民が暮らしているはずです!!彼らを巻き込んで良いものかと……」と、自身の胸中を打ち明ける。

 王城がる首都在住の民間人のほとんどは疎開している。しかし、軍人らの家族や貴族などの一部の者は、自らの意志で現在いまもそこに留まっているのだ。

 敵の家族でも民間人――彼にとっては『圧政を受けている人民』。彼らを巻き込みたくないのは当機の乗員全員も同じ。只一人シチェルバコフを除いて……。

 彼にとって、敵の家族も――敵である。たとえ、武器を持っていなかったり、抵抗の意志を示していなくともだ。

――どうなろうと、俺の知ったことか……!この際、皆殺しだ!!くくくくくっ!!

 シチェルバコフは笑いを堪えながらも、わずかに口元を歪めてしまう。敵をたおすことは彼にとって、ストレス発散の最上の手段であり、同時に無上の喜びである。

 だからと言って、心中をそのまま吐き出せば、部下達から顰蹙ひんしゅくを買うこと間違い無し。ドン引きされることは言わずもがな。

 まだまだ出世したい彼にとって、「ヤバい奴」という“レッテル”は死んでも張られたくない。自分の派閥を形成するうえでも大きな障害となってしまう――というのは建前で、本音は友人をつくりたいだけ。

 余談だが、彼は三十路を目の前にしているが、友人と呼べるのものはいない。軍内でも、親しい上官や部下さえいない……。親しくなりたいのに……。

――おっと俺!!……余計なことを考えるな!!任務に集中だ……!!罪悪感を感じ始めている部下を叱咤激励するんだ!!

 シチェルバコフは気持ちを切り替えて、口元を引き締める。そして――

「いいか!!お前の気持ちは分からなくはないが、これがオーキデ人民を解放するための不可欠の手段なのだ!!それに、囮を引き受けてくれたソビエトの航空師団の同志達の死が無駄になってしまう!!」と、叱咤激励する。

 すると、マルケロフは「了解!!」と応えて、自身に芽生えた罪悪感を刈り取った。完全に覚悟を決めているようだ。

 紛うことなき戦士の顔つきをしている彼を見て、シチェルバコフはまたも口元を歪めてしまう。

――今の俺、言ってる!!くくくくっ!!

 調子の良い奴。こういう奴は高確率でより調子に乗る。

 その証拠にシチェルバコフが止めと言わんばかりに――

「遠慮することはないぞ……!!どうせ、首都には貴族や人民の敵兵(軍人の家族など)しかいないのだからな!!」と畳み掛ける。

 ちょうど、その時――

「護衛隊から緊急連絡!!『敵、一機ノミガ我ラニ接近中!!一個小隊ヲ以テコレヲ迎撃ス!!』とのことです!!」と、通信士の驚愕に満ちた報告が機内に響いてくる。


 オーキデ王国 首都近郊 オーキデ派遣航空師団司令部

「師団長!!首都上空の警戒をおろそかにして良いものでしょうか……?」

「本来、邪道だが……!機数に余裕がないからな……。

 それに軍事援助司令部しれいぶからは何も通信が無いということは、そのまま敵の航空師団を迎撃に努めて構わないということだ!今のところ問題は無い!」

 幕僚の一人から心配の声ががるものの、彼に現状を突き付けるヴェン。

 現在、敵の航空師団は総力を挙げて、必死の攻勢を繰り出している。それ故に、首都の警戒及び防空に抽出できる余裕がない。

 軍事援助司令部もそれを分かっているのか、黙認という態度を貫いている。

「はぁ……」

 力なく応える幕僚。まだ納得しきっていないようだが、無理もない。

 常識から、首都の空の守りを固めないなど――ありえない。しかし、担当の航空師団ならともかく、その上層部までその空をがら空きに同然すること黙認しているのだから、理解に苦しんでしまう。

「心配するな!!あいつは確実にやってくれるさ……」

 ヴェンは件の幕僚の不安を払拭しようとする。結果、その幕僚から――

「……師団長の義又甥またおいだからですか!?」という疑問が返ってくる。

 これに対し、ヴェンは自身の無表情をほんのり明るく崩して――

「否定はしないが――それ以上にあいつ(ハン)はエースパイロットだった奴だ!しかも、あいつは大霊国うちに来る前から将軍だったんだぞ!しかも、よわい十八でな!」と答えてみせたのである!!

 しかし、ハン……!!僅か十八歳で将軍(当時、准将)とは、すごい経歴だな……。


 オーキデ王国 首都近郊上空 オーキデ合同解放軍爆撃隊 隊長機

「「!!」」

 話を当機に戻して――通信士の報告にパニックになりかける隊長のシチェルバコフと、その副官兼隊長機副操縦士のマルケロフ。

「ばっ、馬鹿なっ!?一機だけで接近しているだと!?」

「しかし、報告に間違いはありません!!既に護衛隊からの確定報告です!!我々の方も、後方の八機からも同様の報告が入っています!!」

「一体、そいつは何なんだ!?」

「どうやら――MGモビルギア(Mobile Gearの略称)のようです!!」

「モ、MGモビルギアだと……」

「はい!!現在も『単独で飛行中!!』とのことです!!」

 動揺を隠しきれず、質問を重ねるシチェルバコフに対し、通信士はその一つ一つに生真面目につ冷静に応えていく。

 きっと彼がこの機内で最もパニックから遠い者だろう。

 それにしても、『MGモビルギア』とは何か!?

 ここでは詳細を省くが、航空機や車両などを除いた機動兵器の総称である。主に “人型”の機動兵器を示すが、四足歩行動物型などの“人外型”も含まれている。

「……」

 通信士の数々の正確な答えに、シチェルバコフは何も言うことが無くなってしまい、黙り込んだ。同時に、それらの答えを瞬時に呑み込んでいく。

――単独飛行が可能な機体もあると聞いているが……マッハ単位の速さは聞いたことが無いぞ!!

「隊長……我々の接近が知られてしまいましたが……」

「今更、我らを発見しても遅いのだっ!!作戦は続行するぞっ!!」

 マルケロフが心配の声を上げるが、シチェルバコフはそれをねじ伏せるように、作戦の続行を宣言する。

――たかが一機に作戦を中断したという話が広まれば、恥ずかしくて外にも出られなくなってしまう……。それ以前に、確実に粛清ころされる!!

「……隊長――妙です!!」

「どうした!?」

「敵機が、先程の一機を除いて、確認できません!!あの機が我々の発見を報告しているなら、そろそろ迎撃機が上がっているはずですが……」

「くくっ……!!どうやら慌てふためいて、迎撃に入る余裕すらないようだな……!!」

 通信士からの話を訊いて、大胆に口元を歪ませるシチェルバコフ。

 この時から彼の脳内はお花畑に突入。

 勲章をもらえたり、女性にモテたりなど――例を挙げると際限がない。考えてもいいけど、任務を終えて、飛行場に着陸してからにして欲しい。

 きちんと基地いえに戻るまでが任務である。

「ぐへへへっ!!ぐへっ……!!」

「……」

 顔を不気味な笑顔で崩してしまっているシチェルバコフに、彼の間近にいるマルケロフは顔を恐怖で凍らせてしまう。

 シチェルバコフに友人どころか、親しい者がいない理由がわかった気がする……。

「隊長!!護衛部隊から緊急連絡!! 一個小隊が迎撃に向かったものの、瞬時に迎撃されてしまったようです!!」

「何っ!?」

「敵機、現在も我らに向かって接近中!!」

「なっ、何と、頼りない!!四対一で負けるか!?普通!?」

 通信士の悲痛な報告に、シチェルバコフの脳内のお花畑に嵐が舞い込んでしまう。

――せっかく、同志グルカロフに頼み込んで、最精鋭の飛行隊をソ連の航空師団から拝借してもらったというのに……。

 もし、失敗すれば――恐怖の仕打ちが待っていることは確実。

「残りの護衛隊が全て、迎撃に向かいました!!」

「そうか……」

 通信士の報告に、一安心するシチェルバコフ。彼のお花畑に舞い込んだ嵐が急速に去っていく……。

 通常、飛行隊は二十機を擁しており、五個小隊各四機で編成されている。先の護衛隊や爆撃隊もその例外ではない。

 護衛隊の内、一個小隊四機が撃墜されたとはいえ、まだ最精鋭の四個小隊十六機が残っている。それらが一機のみを相手にするんだから、百パーセント勝ってくれるはずだ。

――流石に可哀そうだが、これが戦争だ……!!と、こればかりは歴戦の爆撃機乗りであるシチェルバコフも同情を禁じ得ない。

「敵討ちのつもりか……!?まぁ、これで奴も終わりだな……。くくくっ……!!」

 彼は自身からこみ上げる不気味な笑いを堪えることができない……。

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