宗主国と属国

 オーキデ共和国 某所 合同解放軍機甲軍団所属移動指揮車

「同志グルカロフ!!たった今、作戦遂行中の航空師団からの通信を傍受しました!!」

「そうか。ちょうど、君ら(ソ連)の航空師団の現状を知りたいと思っていたところなのだが――」

「……」

 ベヴジュクに呼びかけられて、グルカロフは言葉を返そうとするが途中で声を詰まらせしまう。彼の目の前にいるベヴジュクの表情が、まるで葬式に出席する人のように暗かったためだ。

「あまり、かんばしいものではなさそうだな……」

「はい……」

「まぁいい……。とりあえず聴こう……」

 ベヴジュクの表情から凶報が入ったことが明らかであるものの、グルカロフは彼の口からその凶報を訊く体制を整える。

 この時グルカロフの表情は大して暗いものではなかった。彼にとって、ある程度の凶報は想定済みであったためだ。

――別に、お坊ちゃん(ヴァシーリーに対するグルカロフの評)などに期待はしていなかったしな……。

「……それが――『増援を要する!!』という内容でして……」

 ベヴジュクの重い口から発せられた凶報に対し、グルカロフは冷静に――

「やはりか……」と発したのみであった……。


 オーキデ共和国 某所 合同解放軍司令部所属移動指揮車

「――これを見たまえ!!」

「……拝見します!!」

 スルガノフは、クリークに叩きつけらるように出された一枚の文書に目を通す。そして彼の口からは――

「『我が派遣航空師団の作戦機数二千の内、既に被害は二百弱に及ぶ。また、被害の拡大は必至。それ故に、増援を要する!!』だと……」という文書の内容が、驚きの感情と共に言葉が発せられる。

 その文書は、派遣航空師団からの通信の内容を載せたものだ。

 本来は、今も作戦を主導している政治委員のグルカロフに宛てるつもりだったが、秘匿行動を執っているため、返信は期待出来ない。

 そこで、司令官のクリークに宛ててきた(泣きついてきた)と言ったところか。

 それにしても、戦闘が始まってまだ十分ほどしか経っていないのだが、全作戦機の内の一割弱に被害が出てしまっている。その程度はまだ軽微と言えるが、これがあと数割ほどになると、一時的に戦闘力を喪失してしまい、後退しての再編成が余儀なくされる。

 さらにこれが六割に上ると、航空師団は組織的抵抗不可能となり、完全に使い物にならなくなってしまうのだ。

 すなわち、軍事的用語における「全滅」と判定されてしまうのである。

 今はまだ余裕があるが、単純計算すれば、あと五十分で航空師団は使い物にならなくなってしまうことになる。彼らがこの異世界における唯一の味方の航空部隊なので、一時的にでも「全滅」すれば、制空権の軍事バランスそのもの崩れてしまう。

 つまり、合同解放軍の頭上は敵側の航空機で埋め尽くされ、そこから空爆や機銃掃射の危機に陥ってしまうわけだ。

 そのような「悪夢」が実現されしまえば、合同解放軍の敗北はほぼ確実。逆転の芽さえも残らない。最悪、生き残れたらの話だが――合同解放軍の将兵全員が軍法会議にかけられて粛清(処刑)されてしまうことになるだろう……。

 最悪のケースを考え尽くしてしまったスルガノフの全身から、ポツポツと汗が浮き出てくる。その証拠に先程の文書が、彼の指と密着されている部分に限って、湿りだしているではないか!!

 それを知ってか知らずか、クリークが――

「これが同志政治委員の作戦に従事し、決死の覚悟を以て囮になった我がソビエトの航空師団の惨状だ!!」と、テーブルを叩きつけた!!

 さらに、「どうする!?今から航空部隊の増援を要請しても、明日――いや、明後日にならねば届かんのだぞ!!」と止めを付け加えることも忘れない。

 本来、航空部隊の増援を要請すれば、遅くとも明日には戦場に着いてくれる。

 それでも、明日以降に遅くなってしまうのは―― “宗主国”たるパ連がその“属国(表向きは“同盟国”)”たるソ連に軍用機を「優先まわ」さないためだ。

 何も軍用機やその部品などに限った話ではない。軍艦から小銃などの兵器などに話が及ぶのは当たり前や。そこから、弾薬やエネルギー、食料や医薬品やなどの軍需物資全般までに拡がる。挙句の果てには民需にまで及ぶ。

 完全にソ連など目に入っていない。「あんなやつ――どうでもいいや!!」と、パ連の国民のほぼ全員がそう思っている。最悪、「あれっ……?“ソ連”ってどんな国だっけ?」と思う将兵までいるんだから、泣けてくる。

 もちろん、ソ連には自前の軍需工場が腐るほどある。だが、その全てすらもパ連の手が及んでいることが多い。最悪、工場が複数件“まるごと”接収されてしまうことも珍しくはない。しかも無断で。

 最早、完全に“搾取”である。

 このソ連の惨状に、クリークがパ連に対し、日々恨みを募らせているのは当たり前や。

 今回に至っては、宗主国に半ば指揮権を奪われて、自国の航空部隊を消耗させたのだから、その恨みが、怒りとなって露わになってしまったのは――当たり前や。

 ところで、クリークは勇気があるものだ。

 大抵のソ連の将帥は、パ連の将兵らの目を気にして、援軍を出そうとしないのだ。「頼れない奴」と思われたくないという感情論もある。だが実際には、自身が「損したくない」利益論が根強い。

 例えばパ連の上官に「頼れない奴だな……」と、一瞬でも思われたら、どうなることだろうか……。即刻指揮権を剥奪されるのだ!!同時に、それまでの手柄までも奪われることも珍しくはない。最悪、粛清されることもある。

 部下の場合でも、彼らの母国に報告されてしまえば、先例と全く同じ結果が待っている。

 それ故に、ソ連軍内ではパ連に依存する“親パ連論”が台頭している。パ連に対し、不満が溜まっているが、逆らっても圧倒的軍事力で滅されてしまうからだ。

 だが、今のクリークはどうだろうか。援軍の件を引き合いにして、宗主国の政治委員を暗に批判したではないか!? ソ連建国時代からの古参としての意地がそうさせたのだろうか?

 事情がどうあれ、こんなことは大統領スターリンでもできない。

 それ故に勇気が並々ではないと言える。とはいえこのような勇気を持っているにもかかわらず、戦車や機関銃などの自動兵器に対する理解が無いのは、残念極まる……。

 話を戻して――このようなクリークを目の前にしても、スルガノフは汗を浮き上がらせながらも、すまし顔を決して崩さない。それどころか、強がって――

「……これくらいは、同志政治委員の想定内の範囲でしょう!それに、派遣航空師団には予備の部隊を十分に保有しているのですから、増援を送る必要はないと思われます!

 先の通信は最悪のケースに備えてのことでしょう……。

 それに、我が爆撃隊も決死の覚悟を以て作戦を遂行しています!!私にさえ正確な時間こそ教えられていませんが――我がパールチヤ(パ連)の爆撃隊が、必ずや王城に“革命”の狼煙のろしを揚げることでしょう!!」と宣言してみせる。

 この時、彼の顔は完全に“ドヤ顔”へと変化している。

 もっともその読みは当たっている。実際にこの時、ヴァシーリーは師団将兵に対して、「最悪の場合ケースに備えてのこと」と釈明している。動機はもちろん師団内に潜むスパイを意識してのことだ。

 だが、クリークにとってそんなことは半ばどうでもよく、今気になっているのはスルガノフの“ドヤ顔” についてだ。

――貴様ら……我がソビエトを見下していることも隠さないか……!!

 腸が煮えくりまくっているクリーク。その証拠に、彼の片方の眉だけがピクピクと痙攣けいれんしているではないか!!

 とはいえ、彼らパ連の人民は決してソ連を見下しているわけではいない。ただ、見てないだけである。

「ほう……。貴官らのその自身は感心するものだな……」

 クリークは怒りを無理やり押し込んで、冷静を装うことにする。

 怒りで取り乱すのは、体裁が悪いとでも思ったのだろうか……。

 仮にそうだとしても、それは無駄な努力になる。

「……ところで、同志司令官!!今作戦は同志政治委員が推したものです!今更、作戦を変更することは例え同志司令官でも困難かと――」

「そのくらい言われんでも、分かっておるわ!!只、儂は“司令官”として、作戦の途中経過を確認したまでだ!!」

 再度のドヤ顔のスルガノフの発言に、遂にテーブルを思い切り殴りつけてしまうクリーク。溜りに溜まった怒りが爆発したのか、取り乱しようが半端ではない。おまけに彼の目が血走っているうえに、殺意までも含まれている。

 ここでぶっちゃけると、パ連側を含む社会主義国の軍隊には、下手な司令官よりも権力がある政治委員が少なくない。ましてや、属国の司令官と宗主国の政治委員では、確実にその政治委員が力を持っている。

 そのうえ厄介なことに、宗主国のパ連は自国の将兵に比較的優しいものだから、必然的に属国の司令官が責任を取ることになる。最悪、粛清されてしまう。

 当然、合同解放軍の司令官クリークと、同軍の政治委員兼機甲軍団軍団長グルカロフらもその例外ではない。

 つまり、グルカロフが失敗しても、彼には何もお咎めが無い。さらにその責任はクリーク一人だけが負うということだ……。

 とはいえ最近では粛清されること自体は減少しているが、将官の階級を保持したまま囚人共にと強制労働に参加させられるという、陰湿なものへと変貌している。

 いじめなどにより、「何故、粛清ころしてくれなかったのか……!!」と嘆く奴も出てくる始末だ。

――何故、あの若造(グルカロフ)の失敗を儂一人だけが負わねばならんのだ!!

 以上のことから、クリークがキレてしまうのは当たり前や。

「それなら……結構……!!」

 先のクリークの取り乱しように、スルガノフは一歩だけ後ずさりしてしまうものの、ドヤ顔は崩さない。

 司令官が目の前でキレているというのに、ドヤ顔を崩さないとは――彼も大した勇気を持っていると見える。

「……ぐぬぬぬぬっ……!」

 クリーク歯ぎしりと共に、スルガノフを思い切り睨み付ける。

 本来ならば、殴ってやりたい。だが、属国の司令官が宗主国の将兵を殴った場合ケースの結末を知らない彼ではない。

――どうせ、お前は俺に手を出せないしな……!!

 この時、スルガノフの目は笑いをにじませている。

 彼の憤怒はしばらくは収まりそうもない……。

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