指揮官の業務

 オーキデ王国 首都 軍事援助司令部

 話を戻して、大霊国サイド。

「ふふっ!!楽しみだわ……!!」

「本当に、副司令官御一人で大丈夫なんでしょうか……!?」

 ハン達との通信が終わった直後、年相応(まだ十三歳)に微笑む稜威いず。そんな彼女に、リズは心配そうに尋ねる。

 いくら爆撃機とはいえ、護衛機が付いているのは必然。

 少なく見積もっても、爆撃機と同数の二十機をたった一機で相手にするという話なのだから、無理もない。ましてやその一機に夫が乗っている……。

「問題ないわ!!だって、私とあなたの夫でしょう!!」

 心配の元を信頼の元にしてみせて、稜威に説得されたリズは「はい……!!」と、無理やり笑顔を作って答えてみせた。

 しかし、心配を完全に拭うことできた訳ではない。二十機相手に生き残れるとしても、爆撃機全二十機の内、たった一機でも首都への攻撃を許せば、敵の思うつぼ。宣伝に利用されることは必至だ。

――そうなれば、殿下の“大使兼司令官”としての職歴に泥を塗ってしまうことになりかねない……!!

 このようにリズの思考が懸念で一杯になっている最中に突如――パン!!という音がした。

 稜威が勢いよく一拍したためだ。

「!!」

「リズちゃんっ!!そんな、暗い顔しないの!!皆、見てるわよ!!」

 ハッとして我に返ったリズに、稜威の声が響く。

「あっ!!」

 瞬時にリズが周りを見渡してみると、皆から不安気な目で見られていることが分かった。どうやら、先程の自分の顔が味方に不穏な空気を与えていたらしい。

「――も、申し訳御座いません!!殿下!!」

「ふふっ!!分かってくれたなら、別にいいわよ……」

 即座に頭を下げたリズに、稜威は笑って許した。とはいえ、その笑いは非常に無邪気なものであったという。まだ、十三歳だもんな……。

 しかしながら、まだ頭を上げてくれないリズ。

 これでは話が進まないと思った稜威はリズに対して――再びづけを試みることにする。

「ほらほらっ、もういいからおもてを上げて!! リズ!!」

「だから、『』付はお控えください!!殿!!」

 結果、あっという間に両者の立場が逆転してしまったのであった……。

 思いっきり顔と気迫を近づけてきたリズに、流石の内親王もたじろいでしまう。

「あははははっ!!ごめ~ん!!リズ!!」

「む、むむむむっ……!!」

 今度は『』付を試みる稜威に、リズは半ば諦めたようにうなってしまった。したたかで懲りない殿下であることを知ってしまったからだ……。

 幕僚たちも二人のやり取りを見て、笑いを堪えきれずこぼしてしまう者も、続出した。程よく緊張がほぐれたといったところか……。

 その頃を見計らったように、まだ「きゃはははははっ!!」と笑っている稜威に、彼女の副官を務めているニーナ・タリーチナ(Nina Tarichina)中佐が声をかけてきた。

 彼女も十九歳の若い将校だ。それに長金髪のスタイルのいい美女ときている。またハンの側妻でもある。加えて、彼との子供もいる。

「殿下!!先程、宰相閣下から『是非、殿下にも今夜の九時からの御前会議にご出席願いたい!!』との通信が入りましたが……」

「そうねえ……。ところで、今何時……?」

 この時点で、どんな冗談を言ってみようかと考えている稜威。悪戯心が無い御転婆娘はほとんどいない。それに本当に無くても、無意識に悪戯してしまう存在なのだ。

「はっ!たった今、八時丁度です!」

「そう……」

 腕時計を見て確認したニーナの応えに対し、熟考の態勢に入る稜威。

――そうだ!!少し、困らせてみようかしら……。

 どうやら、面白そうな悪戯を考えたようだ。例え戦時中でも、遊び心を忘れてはいけない――と本人は思い込んでいる。

 尤も、その部分を買われて司令官に就任してしまったのだから、この際はそれを活かしてくれなければ困るというもの。

 遂に、稜威は困ったような口調で言葉を発していく。

「――そういえば私……『夜更かするな!!』って、母上からきつく言われているの……。だから今夜は――」

 どうやら、重要な会議への出席を渋るふりをしてみようという魂胆らしい。普通の副官だったら、絶対に焦る状況である。最悪、パニックに陥ってしまうことだろう。尤も、稜威はその反応を見ることを楽しみにしているのだが……。

 しかし、ニーナは普通の副官ではない。実際に普通だったら、この歳で中佐の階級には任じられることはないだろう。

「では、欠席ということで……」

「それじゃ遠慮くなく欠席……ちょっと!!ちょっと!!普通、出席させるものよ……あなた、それでも副官なの!?」

 ニーナの応えに、ノリツッコみで返してくれた稜威。逆に彼女がパニックに陥る結果になってしまった。流石に予想できないし、したくもない……。

 ちなみにニーナは彼女のその反応を見ても、冷静に見つめるだけ。若干、興味無さそうな目にも見える……。

 ニーナはその目を保ったまま、稜威に応えていく。

「副官はあくまで、指揮官の業務を補佐するのみですから……」

「だからって――」

「睡眠も指揮官に欠かせない業務の一つですが……」

「そうだけど……」

「では、欠席ということで……」

 このニーナの止めの一言に、稜威は――

「出席――出席させてもらうわよ!!『内親王』たる者の務めですもの!!是非、宰相閣下にその旨を伝えて頂戴!!」と、全力で自棄やけになったまま、ニーナに命令してしまう羽目になった。

 それにニーナは「はっ!!」と応えたかと思いきや――

「ところで……」と続けたではないか。

「今度は何かしら……?」

 訝し気にニーナを凝視していく稜威。心当たりは無い……。

――私、まだ他には何も(悪戯)してないわよ……。

「殿下は何時に御眠りになりますか?」

――まだ、睡眠の話を引きずってたの!?と、内心で思いっきり動揺する稜威。しかし、彼女の内親王としての矜持が、外面の動揺を最小限に抑えていたのだ。

「もう~っ!!……十一時にはちゃんと寝るわよ!!」

「了解致しました!!では、失礼致します!!」

 またも自棄になって応えた稜威に対し、ニーナは終始冷静を保ったままであった。

 そして、ニーナがここから辞していこうとした時に、稜威が鋭い目線と共に――

「あなた……母上から“密命”でも帯びてるんじゃない?」と彼女に尋ねる。

 すると、当のニーナ本人から「ご想像にお任せします……」という言葉が返ってきたと思いきや、そのまま辞していったのであった。

 対し、稜威は辞していく彼女の後ろ姿を無言で見つめるのみ……。

「……」

――絶対に、帯びているわね……。と、確信する稜威であった。

 実際にニーナには彼女の母から「娘を夜更かしさせないように」と依頼されて、それを引き受けていたのであった。

 結局――稜威はニーナとの会話では、終始主導権を握られて振り回される始末であったのだ。仮にも、内親王の身なのだから、しっかりしてほしい。

 いっそのこと、誰との会話でも主導権を握っていてほしいものだが、少女にそんなことを頼むのは大人気が無いというものだろうか……。



 オーキデ共和国 合同解放軍ソ連軍オーキデ派遣航空師団司令部

「は~っ!なんで俺がこんな異世界ところに……」

「そう気を落とすことはありませんぞ、同志!!今やソ連人民にとって、異世界の全人民を解放する作戦に参加できることは大変な名誉です!!」

 戦闘が始まっている、つ派遣航空師団の師団長であるにかかわらず、ヴァシーリー・スターリン(Vasily Stalin)少将は愚痴をこぼすことをやめない。

 そんな彼を同師団の参謀長を務めているユーリイ・ガガーリン(Yuri Gagarin)大佐が必死になだめている。

「それはいいとして、さっきから負け――じゃない!!苦戦が続いているようだが……?」

 今度は戦況を悲観的に見始めるヴァシーリー。

 先程、『負け戦』と言いたかったところを、慌てて『苦戦』と言い換えたのは、粛清される可能性があるからだ。ソ連軍内に潜んでいるパ連軍のスパイ達が、ソ連軍の幹部らを粛清できるを探しているのは、既に常識なのだ。

 そんな彼が見ているディスプレイの一つには、次々と敵に撃ち落されていく味方機の『MiG-30』ばかりが映し出されている。敵の戦闘機とは一世代違いの旧式なのだから、まともにやりあえば、まず負けてしまうのだ……。

「たっ、確かに、我ら航空師団の攻勢は滞っておりますが、それも作戦の内!!必ずや敵の防衛網を突破することでしょう!!」

「――ガガーリン君!!さっきから映像を見る限り、自軍うちの方しか墜とされていないような気がするが……?」

 ガガーリンの必死のフォローにも、冷たく聞き返すヴァシーリー。彼の目が完全に他人ひとを疑う目と化している。

「そっ、そんなことはありませんぞ、同志!!あっ、あれを――」

 焦り始めたガガーリンの目に嬉しいものが映る。それは別のディスプレイが映し出している、墜ちていく敵機だ。

「あれが、同志達の勇姿ですぞ!!――素晴らしい!!」

「「「おおおっ!!」」」

「やったぞーっ!!」

「ざまーみろーっ!!」

「……」

 拍手を以て戦果を称えるガガーリン。同時に司令部の幕僚達からも、次々と感嘆の声が湧きあがる。

 それらにもかかわらず、ヴァシーリーは無言のまま。疑う目に至っては、何一つ変わっていない。この時、彼の視線上のまた別のディスプレイが、えらいことになっているキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)を映しているのは、拷問で口が裂けても言えないことである……。

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