殿下

「やはり、考えられるルートは迂回ルートです!!」

 リズの論に同意する一同。やはり、高コストな爆撃機に降りかかるリスクは少ないに越したことはない。

 尤も、それはそれで問題が発生してしまう。

「西と東側のどっちだと思う!?」

「そ、それは……」

 ハンの更なる問いかけに、リズ返答に窮してしまう。

 ここで、ヴェンが助け舟を出すように――

「レーダーには反応はないのか……?」と、リズに問うてみたのだが……。

「前線の全レーダー部隊から報告はありません!!やはり、爆撃隊はステルス機で編成されているのでしょう……」

「む……、厄介な……」

 リズの返答に、ヴェンは思わず困り気に呟いてしまうであった。

 爆撃隊が来るのは、西か東のどちらかの二択しかないのだが、決めるにはあまりにも情報が少なすぎる……。

 ハンは二択の選択問題を一旦置いて、もう一つ気になる点をリズに問うてみる。

――この際は、爆撃機こいつらに対する空白欄を一つでも埋めねば……。

「では、爆撃隊は何所どこを目指して飛んでいると思う?」

「やはり首都でしょう……。たった二十機では、最終防衛線に集結している部隊を攻撃しても、その効果は限定的です!!

 しかし、目標ターゲットが首都ならば――爆弾を一つ落としただけでも、その影響は計り知れません!!」

「リズの言うとおり、その可能性が高いな……」

 ハンの言葉を以て、再びリズの論に同意する一同。

 理由は単純。この論が敵にとって、最もメリットがあると思われるからだ!!

「宣伝目的ね……!」

 稜威がそのメリットを一言で表す。

 ヴェンも――。

「『首都を攻撃した』という事実が欲しい訳か……。そして、その事実を以て全軍の士気を一気に高める。そして状況を鑑みて、首都まで攻め込むか王国側に講和を持ちかける訳か……」と、続く。

 前者はスピード重視だが、勢い任せ。後者は堅実で、首都の王族や住民に「空爆」という恐怖という名のインパクトを与え、講和へと持ち込む。

――今、王国が講和へ動いてもらっても……。

 再び顔を曇らせるヴェン。

 敵が両者の内、どの策を採るかは判断しかねる。

 しかし、どちらも王国が講和へと動く可能性を秘めている……。

 そうなれば、大霊国の利益は全く無くなってしまうことになる。流された王国と自国の兵の血が無駄になってしまう……。

――ここで敵の影響力を完全に排除しなければ……。

 尤も、ヴェンはまだ十代の将軍。敵の腹を完全に読みきれていなかったことを後ほど知ることになる……。

「それと、もう一点……」

「!?」

 虚を突かれながらも、ハンとヴェンは一旦思考を停止させて体勢を整える。とはいえ、悪い予感しかしていない……。

「敵の機甲軍団が前線から姿を消しています!!」

「……何!?」

 リズの一言で悪い予感が当たってしまったことが相まって、ハンは驚きを隠しきれない……。ヴェンも目にも驚きの色が表れている。

「どこに姿を隠したと思う……!?」

「現時点では、見当がつきかねます……。『姿を隠している』と申しましたが、自分から情報源を発しないことで雲隠れしているに過ぎないでしょう……。その情報源が無い事には……」

「それでも、痕跡くらいはあるはずだろ?」

「それさえもありません!!車輪の後や機体の足跡、ゴミまで出さない程の徹底ぶりでりなのです!!」

「……」

 リズに重ねて問うてみた結果、ハンは絶句してしまう。

 この肝心な時に、敵の『機甲軍団』の情報が全く入ってこないとは……。

「徹底した秘匿行動――見事だ……!!」

 ヴェンも感心せざるを得ない……。

 そんな時――

「ここで弱気は禁物よ!!『情報源』は必ずあるはずよ!!とりあえず、今は『爆撃隊』への対策を練りましょう!!」と、稜威の叱咤激励。本当に十三歳の少女とは思えない程、指揮官としての貫禄がある……。今まで、何で育ってきたのだろう……?

 そんな疑問をよそに、独り考え込んでしまっているハン。

――俺のディクセン(Dikßen)ならば、例え爆撃隊と真反対の方角にいても、間に合う……。だが、今ここで全力を知られるわけには……。

 彼はこの世界に赴任する前に、ディクセンの全力を出すことについて、義父であるハーネス卿から重ねて釘を刺され続けてきたのだ。

 つまり、「絶対に、本気を出すな!!」と命令されたのだ。

 敵の新兵器開発を最も遅滞させる術――それは自らの新兵器をお披露目させないことにある。とはいえ、本気を出せないなのは、意外と辛く――煩わしい。

 両司令部が思考が膠着こうちゃく状態に陥ったその時――

「参謀長!!ミンシー大尉がお話があるということですが……!!」という将兵の声が跳んできた。

「ちょうどいいわ!!彼も同席させましょう!!」

「はっ……!!構わんぞ、大尉!!」

 稜威の後押しを受けて、リズは件の大尉に許可を出した。

 直後、「失礼します……!!」という一言と共に、一人の青年がディスプレイに映し出された。

 ジュリアン・ミンシー(Julian Minci)大尉。彼も今年で十九歳の若手将校である。また、今戦争のピンチヒッターである。

「こ、これは参謀長!!通信中に――」

「『構わない』といったはずだ!!それで、話とはなんだ!?」

 場違いだと言いたげなミンシーに、リズは本題に入るように促す。

「敵の『機甲軍団』の攻撃ルートが分かりました!!彼らは東側の山脈から、一気に攻め込むつもりです!!」

 この瞬間、司令部に衝撃が走った。

「それは真か!?」

「はい、副司令官……!!」

 驚きを抑えきれないハン対し、ミンシーは即座に首を振ってみせた。そして間を開けずにミンシーはこう続ける。

「――それと、爆撃隊の攻撃ルートも読めました!!おそらく、彼らは西側から攻め込むつもりでしょう!!」

「その確率は!?」

「七十パーセント程度です!!敵方の政治委員が指揮を執っているなら、必ずや機甲軍団とは反対の方向から攻め込むはずです!!」

「分かった!!君に懸けてみよう!!」

 ハンはミンシーとの問答の後に、彼は急いで師団司令部を出ていこうとする。

「待て、ハン!!ろくに説明を聞かなくていいのか!?」

「そんな時間はないよ!!」

 ヴェンの制止を振り切り、ハンは司令部を出ていってしまった。

「……あれまーっ……」

 ヴェンはハンが出ていく際にチラッと見えた後姿を見て、素っ頓狂にこう呟いてしまったのであった。

 おまけに、口もポカーンと開けたまま。師団司令部内の将兵も同様。

 いくら、『氷の皇子プリンツ』という二つ名を与えられても、それはリアクションが薄いが故。内面は普通の人とは変わらない――少なくとも、当の本人はこう思っている。

 しかし、いつまでもこの態度を取り続けるわけにはいかない。

 彼は呟いた直後に、態度を一変させて――

「直ちに飛行場を空けろ!!副司令官殿下が出撃されるぞ!!」と、自身が率いる航空師団に命令を下す。

 彼の部下達が「はっ!!」と応じたのを見届けた後に、稜威は戦闘中に通信回線を開いたことを謝そうとする。

「忙しい時に、通信をしてしまって……迷惑じゃなかった……!?」

「とんでも御座いません!!むしろ、戦闘中に司令官“殿下”の通信を頂けるとは、派遣航空師団のほまれであります!!」

 慌てて釈明する、ヴェン。顔こそ無表情を保っているが、内面に動揺を無理やり押し込んでいるだけ。

 そのことを見抜いた稜威は、若干つまらなそうに「そう……」と、呟く。

――いつまでも、私は“殿下”なのね……。

 もう一度記すが、彼女は大霊国の御姫様で、同国屈指の美女(または美少女)。同国将兵のみならず、国民にとっても“アイドル”でもあるのだ。

 きっと彼女は“アイドル”であり続けることに疲れ始めてきたのだろうことは容易に推測できる。事実そうでもあるのだが……。

――いっそのこと、“陛下”を目指してみようかしら!?と、既に彼女の頭は非常に前向きな御考えでに塗り潰されていた。

 どうやら、国王乃至ないし皇帝などの君主になるつもりのようだ……。

 こんな図太さなら大丈夫だな、こりゃ。余談だが、ハンやヴェンの両将も“殿下”と呼ばれる身分の御方でもある。

 稜威は気を取り直して、ヴェンとの通信を続けることにする。

「これから、ヴェン君はどうするの!?あなたもミンシー大尉のお話を訊いてみたいと思わない!?」

「訊きたいのは山々ですが、今は戦闘中であります!後ほど、お聞き出来きるならばそれで構いません!」

「分かったわ!!では、改めて――敵の撃滅を期待しているわ!!」

「御任せ下さい、司令官殿下!!では、私はこれで……!!」

 ヴェンは力強い受け応え敬礼と共に、稜威との通信を終えた。

 この直後に、彼は自身の部下の一人から、「副司令官御一人で大丈夫でしょうか……!?」という心配の疑問に対して――

「心配するな……!!義理とはいえ、“我”の又甥だぞ!!むしろ、それに相対するやつが可哀そうなくらいだ!!」と、微笑んでみせる。

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