大叔父と又甥(義理)

「直ちに回線をつなげ!!」

「了解!!」

 司令部の通信用ディスプレイが、一人の女性を映す。

「「――!!」」

 直ちに敬礼する副司令官ハンと航空師団長ヴェン。

 二人に留まらず、司令部内で任務を遂行している全員も、一旦任務を止めてから敬礼している。先の二人以外は、ガチガチに緊張している。震えを押さえられない者や、本当に息を止めている者までもいるくらいなのだ。

 何せ、このディスプレイに姿を現している御方こそ、オーキデ王国駐在大霊国大使である楽寿宮稜威らくじゅのみやいず内親王中将殿下である。

 彼女は軍事援助司令部の司令官も兼ねているので、ハンとヴェンだけではなく、オーキデ王国に駐留している大霊国の軍隊全ての上司――最高司令官でもある。さらに、大霊国の御姫様でもあるのだ。

 それ故に、司令部が緊張に包まれることは無理もない事であった。

 それにしても、彼女はまだよわい十三歳の黒髪の少女のはずなのだが、とてもそうは見えてくれない。

 一見しただけでは、十代後半のお姉さんに見間違われる程に大人びているのだ。背丈は現時点で百七十センチもある。

 余談だが、大霊国で最上の美女の一人にも数えられている。また、ハンの正妻である。ちなみに、夫であるその彼も大霊国で最上の美男子の一人に数えられている。

 彼女は画面越しに答礼した後――

「皆、御苦労。任務に戻っていいわ」

 この一言で、司令部は元の慌ただしさを取り戻していく。

「二人とも、壮健で何よりだわ!!」

「恐縮です、殿下!!どのような用件でしょうか!?」

 ヴェンに殿下という敬称で応えられて、若干不快になる稜威。しかし、不快になっている場合ではないと、それを押し隠した。

「是非、ハン少将も同席してほしい件よ!!」

 彼女は気を取り直して、自身の夫であるハンに同席を求めることにする。彼の力が必要になるだろうから……。

「何があった!? 稜威!?」

 夫であるハンだからこそ、許されている口ぶりである。他の者(一部を除いて)は、絶対に真似してはならない。

「たった今、重要な情報が入ったの!!『リズ』ちゃん説明を!!」

 稜威の後ろに控えていた、一人の女性将校がディスプレイに割り込んできた。困りきった顔と声と共に……。

「で、殿下……!!」

 愛称はいいとして――流石に、この場で『ちゃん』はない。

 画面越しのハンとヴェンも内心――困惑を禁じ得なかった。

「あははっ!!御免、御免!!」

 両手の平を合わせて、軽く謝す稜威。反省した様子は少しも見られない。

『リズちゃん』と、呼ばれた女性将校それを見て――

「はぁ……」と小さくため息を吐いてしまう。

――絶対に、次もやる気だ……。

 彼女は稜威内親王付武官のリゼット・アルカンジュ・ド・ローリエ=コリーヌ(Lisette Alcanejeu de Laurier-Corinne)大佐。赤長髪で、その後ろ側をゴムで留めている眼鏡女子である。

 さらに、二十歳にして、軍事援助司令部の参謀長も兼ねている才女だ。おまけにスタイルも抜群ときている。

 彼女と親しい者達からは、“リズ”という愛称で呼ばれていた。

 余談だが、ハンの側妻でもある。既に彼と彼女の間には娘がいる。

「――では改めて、アルカンジェ大佐!!説明を!!」

 御茶目から一転、真面目な顔つきになってリズに命令を下した稜威。一応記、彼女は最初から本気で職務を全うしている。

 だが、この仕草には、面倒くさいこと(リズからの説教)に発展する前に話を変えたという側面も否定できない。

「……」

 稜威の仕草に、何か思わないことがないリズ。とはいえ、本題に入るためにも、感情を押し殺して報告を始めることにする。

「――たった今、敵の飛行場から、『爆撃隊が護衛隊と共に発進した!!』という情報が入りました!!両隊とも、機数は二十機です!!」

「間違いないようですな……」

「防諜のため、詳細は申し上げられませんが――確かな筋からの情報です!!」

 ヴェンの呟きに、リズは断言を以て答えてみせる。

 彼女が言った『筋』――すなわち、情報源は敵側の占領地域に潜んで情報収集に専念しているレジスタンス組織からであった。

 現在の共和国の実体は悲惨なものだ。以下がその例。

 貧しい農民に対し、「『富農』と認定するぞ!!」と脅してから――食糧を収奪して、彼らを餓死に追い込ませる(もし、富農と認定されても即刻処刑される)。

 軍資金を捻出するために独自に編成した徴発隊が、強盗や殺人などの犯罪行為などを好き放題にしまくる(しかも、大半の資金を彼らに横領されている)。

 裁判の結果は、全て賄賂やコネで決められる。

 最早、どこぞの世紀末。

 また、王国――すなわち、国王への忠誠心を保っている住人も多くいるため、レジスタンス運動が勃発することは必然であった。

「了解した!!このハンが必ずや全機撃墜してみせよう!!」

「ふっ、副司令官が自らですか……!?」

 ハンの宣言に、リズは動揺を隠しきれない。

「航空師団には余裕がある訳でもないだろう!?それに万が一の時に手持ちがないのは恐ろしい……」

「た、確かに……そうですが……、師団長の方は……!?」

 ハンの根拠に納得するも、リズは師団長であるヴェンに話を振ってみることにする。この時、彼女はある懸念を抱いていた。

 爆撃隊を撃退、もしくは撃墜することも航空師団の任務であるはず。その任務を上司であるのだが、副司令官が遂行することになる……。すると、師団の将兵達はどう思うだろうか……。

 縄張りを犯されて不快にならない動物はまずいない。リズの懸念を簡単に表すと、これに尽きる。

 ところが、ヴェンからは――

「副司令官の言うことには理がある……。師団長として否定することもしないし、止めはしない……。師団長としては、副司令官の手を煩わせてしまい、力不足を嘆きたいくらいだ……」という意外な答えが返ってきた。

 二つ名で『氷の皇子プリンツ』と呼べばれる程、彼は常に無表情を保っている。しかしこの時だけは、彼の表情が暗く感じた。

 大抵の者は「気のせいだ」と、片づけることだろう。しかし、リズはそう片づけることができなかった……。むしろ、別の懸念を抱いていた。

――航空師団の士気が影響するのではないか……。

 ヴェンは、部下からの信頼が厚い優秀な指揮官である。それ故に、彼の士気が部下達の士気に影響されないとも限らない。

 大規模な空戦が始まっている中で、そんな事態は避けたい……。しかし、もう既に航空師団司令部の一部の将兵の士気が揺らぎ始めていた。

 そんな時、ハンはその懸念を――

「そう沈んでくれるなよ……大叔父さん。ここに貴官がいなければ、こっちは安心して飛べないんだ!!大叔父なら、少しはかわいい又甥に花を持たせてよ……」とヴェンを頭を優しく撫でながら、片づてみせた。

「そう言ってくれて、助かるぞ……!ハン!」

 ヴェンの表情が無表情を通り越して、微笑みを浮かべるようになった。

 その光景を見て、安堵するリズ。

 しかしながら、ハンの背がヴェンより高いため、“兄弟”に見えてしまう。“姉妹”に見えなくもない。

「ふふっ……!!」

 彼らが、“姉妹”しまい、稜威は微笑を抑えられない。

 師団司令部の将兵も、なんとか笑顔を堪えている……。

「――!!」

 これらのことを、瞬時に把握したヴェン。そろそろ、いつもの無表情に戻って、ハンをたしなめることにする。

「――ところで、大叔父の頭を気安く撫でるものではないぞ……!!」

「し、失礼しました……!!」

 慌てて手を離したハンに対して、ヴェンは「まぁいい……」と、特に気に留めることなく次の問題を提起してみせる。

「――問題はその爆撃隊がどこから来るかだ……!」

 優秀な参謀でもあるリズに、ハンは話を振ることにする。もちろん、先の件をうやむやにしようという側面も含まれている。稜威とは似た者夫婦。

「リズはどこを通ると思う……?」

 このハンの振りに、リズは何か思わない訳ではない。その証拠に、彼女の目がやや細くなっている。

――本当に、似た者夫婦だこと……。

 とはいえ、緊急性の高い用件を処理するためにも、感情を押し殺して自身の考えを述べるにする。

「想定される飛行ルートは、このまま防衛線の正面からか、両側のどちらかを迂回するルートの計三つです!!」

「少なくとも――正面は最前線となっているから、このルートを通ることはまずありえんな……!!」

 ヴェンの意見に同意する一同。

 激戦空域に爆撃機を突っ込ませる――わざわざ撃墜して下さいと言っていいるようなものだ……。爆撃機は高コストだから、大博打はし難い。

「もし、正面から突破するなら、我々より上の機数を揃えるはずです……!!

 加えて、敵が一点突破を図る動きが見られません!!防衛線に穴をあけようとする動きもです!!」

「……すると、今攻撃をかけている敵の航空部隊の陽動だな!!

 陽動部隊が、このまま突破することもあり得る。だがそれでは、切り札の爆撃隊を火中に放り込むことになってしまう……」

 リズの捕捉から、ヴェンは即座に敵の航空師団の目的を看破してみせる。

 しかし、この間にも敵の爆撃隊は飛んでいる。時間はそんなにない……。

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