機動神話ディクセン~Anfang~

希紫狼

若き将たち

 オーキデ王国(Royaume de Orchidée)某上空

 闇夜に紛れ、空を飛翔する黒い怪鳥たち。怪鳥の正体は『Tu-120』というジェット推進爆撃機であった。

 総勢二十匹がお腹に命を育てる卵ではなく、命を奪うミサイルを抱えて、首都を爆撃せんとしていた……。


 オーキデ共和国 合同解放軍司令部

「空爆作戦は順調か!?」

「はいっ!!順調にいけば、爆撃隊は首都近郊に達する頃です!!」

 合同解放軍の司令官グリゴリー・クリーク(Grigory Kulik)代帥(上級大将)が、司令部付連絡将校のアイザック・スルガノフ(Issac Surganov)代将(上級大佐)に尋ねる。

 この時、クリークが顔をしかめているのに対し、スルガノフは何食わぬ顔。

 そんなスルガノフが気に喰わないのだろう。

 間を開けずに、クリークはより顔をしかめて――

「そう簡単にいくものか……!?夜に飛行機を飛ばせば、レーダーには引っかかるはずだ!!

 砲兵出身の儂でも、これくらいは分かる!!」と身を乗り出して尋ねる。

「同志の懸念はもっともです!!しかし、我々はある方法で、この懸念を払拭ふっしょくしてみせました!!」

 何食わぬ顔をほんのり崩して、意気揚々と答えるスルガノフ。その目はまるで他人ひとを小馬鹿にするような上から目線。

――杞憂だな……。

 そもそも、クリークが作戦中にも拘らず質問を重ねているのは、その作戦の詳細を全く聞かされなかった為だ。

 時間が無かった――ということもある。だが、合同解放軍の政治委員兼第一副司令官のベルナルト・グルカロフが独断で実行した作戦を追認せざるを得なかった側面が大きかったのだ。

 詳細は一旦置くとして、属国の司令官が宗主国の政治委員に命令できるはずがないのだから……。

「……」

 ――いつもこうだ!!『パールチヤ(正式名称:パールチヤ社会主義共和国連邦)』の連中は、我が『ソビエト(正式名称:ソビエト社会主義共和国連邦)』には一切何もを伝えずに、事を進める!!

 より顔をしかめるクリーク。この時点で彼のはらわたは煮えくり返っている。

 だが、司令官の職を務めている以上、取り乱す訳にはいくまいと平静を装い続けることにする。

 そしてそのまま、スルガノフに質問を続けていく。

 これに対し、スルガノフは何食わぬ顔に戻したまま質問に答えてくれる……。

「是非とも、その方法を具体的に訊かせて欲しいものだな……!?」

「言うだけでは簡単なことです!!今作戦に使用する全爆撃機に特殊な塗装を施しただけです!!」

「『特殊な塗装』だと……!?」

「はい!!レーダー波吸収素材を使用した特注の塗料です!!」

「……『レーダー波吸収素材』。……詳しいことは分からんが、そのおかげでレーダーには引っかからない訳だな!?」

「その通りです!!同志!!」

 またも何食わぬ顔をほんのりと崩してみせたスルガノフ。加えて、またも他人を小馬鹿にするような目。

 クリークは必死に堪えるものの、目元をピクピクと痙攣けいれんさせてしまうことを禁じ得なかった。

 その後も、クリークはこいつ――スルガノフから何とか揚げ足を取ろうとして、なおも質問を続ける。

「……レーダーはいいとしても、目視は大丈夫か!?流石に奴らとて、夜にも目が利く奴くらいは用意しておるだろう……」

「幸い、今夜の天候は曇りです!! 目視での発見はほぼ不可能でしょう!!」

 すなわち、今作戦に限り、怪鳥は本物の怪鳥と成り果てたいたのだ!!

 クリークはこの事実に驚きを隠せないが、揚げ足を取ることも忘れない。

 ソビエトの面子――威信の為に。少なくとも彼はそう思っていた。おそらく、同志スターリンへの忠誠心からであろう。

「音はどうする!?音だけは偽装できようもないが……」

「!?」

 これには虚を突かれてしまった、スルガノフ。それに止まらず、怯んでしまって、顔をも歪ませてしまう。

 この彼の表情に、クリークは口元を緩ませた。

 この間、二秒強といったところだろうか……。

 このまま、こいつ――クリークの口元を緩ませる訳にはいかない。とはいえ、『音』に関する対処事項は聞いていない。

 これらの事情から、スルガノフが刹那で導き出した手段が――

「必要ありません!!今作戦の目標は王城の破壊にありますから、音で探知されたところで、奴らが万全な迎撃態勢を整えられるとは思えません!!」と、精一杯強がってみせることだけであった。

「それも、そうだな……」

 スルガノフの反応に気を良くして、満足気に彼の強がりに同意してみせたクリーク。

 おまけに口元がさらに緩んでいる。

 奴――スルガノフの揚げ足を取れなかったものの、こいつの歪んだ顔を見れただけでも、ソビエトの威信は保たれるだろう。

 少なくとも、クリークは本気でそう信じていた。

「では、私は同志政治委員からの報告を受けねばなりませんので、これで失礼します!!」と足早に、その場を辞していった。

「ん、御苦労……」

 クリークの声が聞こえるものの、その表情は想像したくもないスルガノフ。優秀な将校だけあって、正しい選択をしている。

 実際に、その時のクリークの顔は――にやついていたのだから……。

――まだまだ青いわ……。小僧!!

 実際、スルガノフはまだ三十八歳。その通り!!


 オーキデ王国 首都近郊 オーキデ派遣航空師団司令部

「敵機来襲、総数二千!!」

「直ちに迎撃命令を出せ!!我が師団の総力を挙げて迎え撃つ!!」

「了解!!」

「防空師団(対空兵器部隊)への緊急連絡も怠るな!!」

 オーキデ王国派遣航空師団の若き師団長ヴェン・シュコトラニッツ・フィツェケーニヒ・フォン・ロイテン准将(“Ven” Schkotlanitz Vizekönig von Reuten)は冷静沈着――まるで流水のごとく指揮を執っていた。

 本当に若いぞ!!何せ、今年で十八歳になったばかり!!

 一見すると、長銀髪の少女に見えるが、立派な妻子持ちの男である。

「ふう……」

 司令部が参謀やら通信兵などの声で騒がしくなる中、ヴェンは深呼吸して息を整えていた。

 ――やれやれ。義理の又甥が来てくれた時に、大規模な敵襲とは……。運がいいのか悪いのか……。

 その又甥は彼の傍らで、静かに佇んでいる。

「……」

 彼の名はハン・シュコトラニッツ・フィツェケーニヒ・フォン・イラス(“Hann” Schkotlanitz Vizekönig von Iras)。階級は少将。現在、オーキデ王国駐在の公使を務めており、駐在武官と主席軍事顧問も兼ねている。さらに、オーキデ軍事援助司令部の副司令官も兼ねているので、ヴェンの上司でもある。こちらも若いぞ。何せ、今年でもう十九歳!!

 加えて一見すると、年相応の黒髪のお姉さんに見えるぐらい、女性寄りの中性的な容姿の持ち主だ。

 本作の主人公である。

 ちなみに二人も『大霊国』という国の軍人なのだが、彼らの祖国については、一旦置いておく。

「どうした、ハン?やはり、気になることがあるのか?」

「ああ……」

 年下の大叔父ヴェンに声をかけられて、それに応じる年上の又甥ハン。案の定、何かに気付いていたようだ。

 ちなみに、ヴェンは友人に話しかけるような口ぶりだが、事前にハンから懇願されてこの口ぶりである。

 故に、他の者(一部を除いて)は絶対に真似をしてはいけない。

「……やはり、別の何かを狙ってるな。すると奴らの狙いは、オーキデ王国の首都ということだな……」

「……」

 ヴェンの推測に、ハンは静かに肯くことで“正解”と応えた。

 その直後に彼は、司令部の航空戦用の大型ディスプレイを使って、自身の推測を説明しようと試みる。

「敵の航空師団の動きがどうも稚拙だ……。只こちらを闇雲に突破することしか考えていない……。強引にも程がある……」

 そのディスプレイには、薄い赤で塗り潰された敵の勢力圏と、薄い青で塗り潰された自軍の勢力圏によって、二分されている。

 両勢力圏内には、それぞれ同じ色を濃くした矢印状の軍隊符号が四つほど配分されおり、これらが両勢力圏の境目を挟んで衝突している。

 ヴェンはその画面を見てあることを瞬時に判断してみせた。

「確かに……敵の攻撃が集中しているポイントが、全くと言っていいほど見当たらないな……」

 敵の四つの軍隊符号が扇状に展開している。戦力を集中させることは兵法の基本中の基本。今までの奴らだってそうしてきた。

 しかし、今回に限っては戦力を分散させていたのだ。

 おかげで、今航空戦は我ら大霊国軍が有利となっている。

 これらの理由は後ほど明らかになる……。

「……もしや、これは搖動か!?」

「その可能性が高いな……」

 ヴェンの推測を、半ば肯定するハン。

 その時であった――

「師団長!!軍事援助司令部から緊急通信です!!」と、通信兵が叫ぶ。

 若き将たちの戦いはまだ始まったばかりであった……。

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