出国

何故にインドネシア……

 「インドネシアに仕事があるねんけど、一緒に行かへん?」


 事の発端は6月中旬。

 前職を退職したばかりの響さんは、職探しを行い出した矢先でした。

 響さんも決して若くは無く、このご時世に転職など無謀だったか!?と思っていましたが、特に悔いはありませんでした。悩み抜いて出した結論だったからです。

 しかし即座に決まるような仕事も無く、漠然とした不安が募っていた矢先に、タイミング良く持ち掛けられた話でした。

 

 場所が場所だけに、即答は出来ません。海外工事(大手企業で稼働しているマシンのメンテナンス関係)が大変な事は以前より良く聞いていました。


「1週間位になると思うねんけどな」


 それに1週間と言うのも、短い様で長いのです。

 観光旅行ならいざ知らず、右も左もわからない外国での作業は、想像以上に神経をすり減らす事は容易に考えられたのです。

 

 しかし魅力的な話でもありました。

 海外経験と言うのは、日本に居るだけよりも遥かに多くの物を得る事が出来ます。

 

 それも一気に。

 しかも日本では味わえ様な事を。


 小説家を目指している響さんとしてみれば、様々な体験をする事は非常に魅力的でした。考え方にも影響を受けますし、何よりも今後の執筆に活かされるかもしれません。そう考えれば、このチャンスを活かさない手はありません。


「おお、良いええよ」


 僅かばかり熟考した響さんは、彼にそう答えました。


「お前、パスポートあったやんな?期限大丈夫か?」


 しかし新たな問題が発生したのです!

 パスポートには10年期限と5年期限があります。響さんはずっと以前にパスポートを取得していましたが、それも10年以上昔の話……。当然期限は切れていました!

 

 パスポート……所謂海外旅行に興味も無く、用事がある訳でも無かった響さんには、今の今まで無用の長物だったのです!


「じゃー、スグに作ってくれよ、費用は見たるから。でも予定日までに出来上がらんかったら、流石にこの話はオジャンやで?」


 確かに、パスポートも無く海外に赴くなど出来ません。話が反故ほごになっても、文句の付けようがありませんでした。


「わかったー……明日早急に役所言って来るわー……」


 この時点で響さんの脳裏には一抹どころか、十抹の不安が過りまくっていました。

 響さんの経験上、出だしでつまずく様な事柄は、最期まで平穏に進んだためしが無かったからです。


 



 

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