それは安っぽい言い訳だけど

 小説を書くために必要なことは何か?

 私に言わせれば、それは強靭な精神力に他ならない。精神的に頑丈な者は、苦痛を苦痛とも思わず、飽きるということを知らず、諦めず、決して挫折することがない。

 その他の技術など、些細な能力差に過ぎないのだ。ちょっとした努力で十分に埋め合わせが利いてしまう。これは小説に限った話ではない。

 その点で、私が誰かに敵うとは思わない。私は人間の中でも、かなり意志薄弱な方だ。ただ、私には書く理由があり、苦しみを享受する理由がある。

 私はいつも通り、無水カフェインの錠剤を二錠瓶から出すと、ぼりぼりと噛み砕いた。そのあと、栄養ドリンクで口をゆすいで、口に残った粉っぽい感触を胃の中へ追いやる。

 私は部屋の灯りを消していた。夜と同じ色の部屋の中で、パソコンのモニターだけが煌々と輝いている。辛うじてキーボードの周辺だけが照らされて、デスクの木目が見て取れる。

「ねえ、聴こえる?」

 カフェインを過剰に摂取した時はこうして、時々天井の隅の方から声が聞こえたが、返事はしない事に決めていた。幻聴に決まっているからだ。

「急がないと。手遅れになるわ」

 私の部屋はどんな風だっただろう? よく思い出せないことに気付いた。壁のスイッチに手を伸ばそうとして、思い直す。

 確認してどうなるというのか? 今は小説だ。他の事柄のために意識を割くべきではない。

 来年受験生になる私は、やや乱暴に通学鞄を開く。教科書は一冊も入っていない。未開封の原稿用紙と、数枚のくたびれたプリントだけがクリアファイルに挟まっている。私はプリントを手に取り、丸めて捨てた。

 真弓に駄目出しを受けた原稿だ。確かに面白くはない。魅力を感じない。自分でもわかっているのだ。

 少しでも良い原稿に出来ないものかと、しばらくモニターを睨みつけてみた。結論から言えばできなかった。いつものことだ。一度文章を書き込んでしまうと、気に入ったわずかな部分に執着してしまったり、元の文章にイメージが引っ張られてしまったりでうまくいかない。

 これはもう駄目だ。そう判断した私は、白紙をエディタ上に呼び出した。

 一から別の話を書くしかない。このまま無為に時間を過ごしていれば、いつ我に帰ってしまうかわからない。それは万が一にでも避けたい事態だった。

 私はもう、小説を書くことを楽しめなくなっている。結局、それは欺瞞に満ち、そこからは一握りの誇り、ごくわずかな納得さえ満足に得られなかったけれど、それでもかつては、私が心血を注ごうと行いだ。

 実際には、私は小説に、何も捧げなかったのだけど。でも、私は当時の慣性に従って動き続けている。キーボードを前にすれば、スマートフォンのロックを解除すれば、ペンを手にすれば……まるで自動的に、私の手は物語を紡ごうとする。

 それが今や死に掛けた習慣でも、生まれ落ちた物語が不出来なものでも、私はそれに救われている。

 その内なる声に、書けという命令に従っていれば、他のことを考えずにすむ。私が人間としての体裁を保っているのは、きっとそのおかげだった。

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