いつまで「まだ」と言えるのか

 事故に遭ったのは二年前だ。

 それは家族旅行の初日だった。


 いつものように母が運転し、父は助手席で眠っていた。私と妹は、並んで後部座席に座って、ゲームをしていた。

 空港へ向かう道すがら、これもいつものことなのだが寄り道に夢中になり、フライトの時間に間に合うかどうかは五分五分といったところだった。

「ねえ、お母さん」

「なに?」

「間に合うかなあ」

 その先の会話は覚えていない。母と妹の口が奇妙にゆっくりと動き、二人して困ったような笑みを作る……そんな映像だけが脳裏にこびりついている。

 地震だったのだと思う。突然車が横に滑り、母が歯を食いしばりながらハンドルを切った。そして何かを叫んだ。私の名前を呼んで、何か。

 そして、地響きと共に何かが呻いた。フロントガラスの向こう側で陸橋が崩落し、その下で何かが蠢いているのを見た。

 それは幻だったかもしれない。あるいは、山崩れか何かの土煙だったかもしれない。何にせよ、母は再びハンドルを切り──また何かを叫びながら──自動車は防音壁に突っ込んでいった。

 私は何を聞いた? 母は何を伝えようとしたのか? わからなかった。私の記憶はそのまま途切れ、無音の闇に閉ざされている。気がついた時には、病院のベッドの上だった。

 家族は皆死んでいた。病院でそれを知らされたとき、私の胃は理性に反逆し、中身を全て、真っ白なシーツの上にぶちまけた。

 自分がどんな声を出しているのかわからなかった。胃が裏返るほど吐き戻してなお酷い吐き気が続き、口と目と鼻から液体が滴るのが無様で仕方なかった。家族の死を知らされて、そんなことが気になる自分が憎くて仕方なかった。絶え間なく少量の胃液を吐き散らかして、呼吸が出来なかった。そのまま死んでしまえばいいと思った。

 あのとき何があったのか、家族はどんな風に死んだのか、なぜ私だけほとんど無傷で助かったのか……何も訊けなかった。

 怖かった。全てが明らかになって、家族の死と対面することが。

 二年経って、私は未だ、覚悟を持てずにいる。記憶は既に遠く、細部は朧気で、もう悲しみさえ感じないのに。Googleの検索ボタンにマウスカーソルを乗せたまま、画面を凝視している。

 緊張のあまり力が入って、クリックしてしまうことを、どこかで期待している。その瞬間に、忘れていた全てが私の奥底から溢れ出して、何もかも理解することを。

 でも、まだそんな瞬間は訪れていない。


 私は家族の死について、まだ何も知らない。

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