第6話 世界の仕組み

狐色に焼けたプレッツェル(過去の課金ガチャで手に入れたイベントアイテム)を齧り、ハイドラはホームの内装を眺めながら俺に喋りかけてきた。


「このお家の間取りに家具の選択といい、趣味がとても良いですね。私の今着てる服も、イチがデザインしてくれたものですし」

「そ、そこまで褒めちぎられると、なんかむず痒いんだけど……」

「イチ自身は冴えないイエティみたいな感じですけどね」

「今度は冴えないイエティか。相変わらずだなその変な例え!」


俺の冴えない容姿の割に、手先は器用だと褒めてくれているのだろうか。

 このが今、部屋着として着ているのは淡い水色のチュニックにファンタジー要素を盛りいれた腰の後ろにある大きなフリルリボン。

そして腰辺りにまで届く長い髪の毛を纏める為のヘッドドレス。


俺が丹精込めて、一から型を起こしデザインして作り上げた服を着こなしてくれる彼女はどんなモデルよりも似合っていると自慢出来る。

他にもクローゼットの中には、おそらく今まで俺が趣味に走り作りまくった衣装が山のように仕舞われているはずだ。



「ーーまぁ、何ていうか、イメージがあってさ。もし住めるならこんな家で家族を作って暮らしたいなーなんて思ってたんだ」


 夢のマイホームってやつなんだろうか。元の世界じゃ到底叶わない夢だから。

ある事情から俺に残された時間を考えると、そんな事も悠長に出来る猶予なんて現実では無かった。

だからせめてゲームの世界の中でも……と思い、ひたすら金を掛けて現実では叶えることの出来ない夢を形にしたのだ。


所詮はデータと言う虚しさと幻。


だが、こうしてハイドラが喜んでくれるのなら無駄では無かったと思えた。



「どんな、イメージだったんです?」



ハイドラが興味津々に首を傾げながら尋ねてきた。



「俺がイメージして作り上げた家は"楽園エデン庭園ガーデン"だ。なるべく自然の物を沢山つかった家具を重視に選んでいる」


家具も木目が残っていてナチュラルさが残っているものを選んだり、まるで自然と共生していると錯覚するような。

それでいて明るさを取り入れるために白を基調としたクローゼットに、カーテン。


日本では殆ど見かけないが、大きな煙突が付いた、北欧にでもありそうなそんなカントリーな家だ。


「まぁ、そんな大仏みたいな顔して乙女チック!でも、なんで楽園と庭園なんです?」

「おいおい、大仏様に失礼だぞ」


ゲームとしてプレイしていた時も、この娘はいつもこんな感じで何でも俺のことを尋ねてきてくれたから、それが現実となってこうして語り合えるのは嬉しかった。


直々と変な例えが出るけどそれもまた魅力の一つだから気にしない。



「もし、俺が死ぬ時、こんな静かな場所でゆったりまったりした時間の中で、家族に看取られつつ微睡みながら眠りてぇなって思ってさ」


そう、叶わぬ夢を呟いていた時、

カップの中でゆっくりと波打つ珈琲の表面に、光の無い瞳が写っていた。


「えええ?!じゃあ此処はイチの理想の棺桶ハウスってことですか?!死なれたら困ります!!」


がたん、と音を立てて椅子から立ち上がるハイドラ。

彼女の立てた振動によって、珈琲に映り込んだ俺の正気を失っていた顔がより強い波紋によって掻き消された。


「ははは、冗談だって。俺はまだまだ死なねぇから!ってか何だその棺桶ハウスってのは」


ハイドラの真剣な眼差しにはっと、自身を取り戻した俺は後ろ頭を掻きながら訂正した。


「もう、冗談は土偶みたいな顔だけにしてくださいよ!本気で心配したんですよ?!死体を何処に隠そうかなーって。土地代も最近値が上がってて、墓場借りるのにも結構費用がかかるんですよー?!」


ははは。意外とリアリストで辛辣ゥ。


それに死体を隠すというのならば、それは死体遺棄にあたりますよハイドランジアさん。

ちゃんと、手順と段階を踏まえた処理をしてくださいな……。


ーーだが、此処は現実の世界では無いし増してや日本とも違う。

この世界にもこの世界なりの法律があるかもしれないのだと、甘めの珈琲を口に含みながら考えた。


「ほら、砂糖とミルク」

「あ、ありがとう」


ハイドラは猫舌な為、熱いコーヒーにミルクをたっぷりと入れて適温にした後、ゆっくりと上品に口にした。


ーー優雅な子に育ってくれてよかった。


その姿を見て、最初に出会った時を思い出す。


正体不明の差出人から届いた、完全招待制MMORPGというゲームへの参加資格とURLにログインパスワード。


チュートリアルを終えた後のスタートガチャを引いて最初に出会った時はレアリティEランクという最下位相応の薄汚れた服に鬼のように冷たい瞳と、今よりも随分と素っ気ない態度な娘だった。

全てにおいて残念な娘という第一印象があった。


のだがーー、


『こんな可愛い娘がこんなんではいかん!』



そんな親が子供を見るような感覚で、俺はハイドラとのクエストに学問や知識と言った教養系が必要なクエストも受けさせた。

教養系はINTといって魔法を使うのに必要なパラメーターが伸びていく。


特に意識していた訳では無いが、"レアリティEランクのハイドランジア"がこうして双剣士と魔術師を組み合わせた魔法剣士に近いジョブを低レベルで取れたのも、実は俺の教育&クエスト方針の結果とたまたまマッチングしていたのであった。


「そういやお前は何で、あんな所にいたんだ?」


改めてハイドラが何故、俺の指示を無視して始まりの丘で、しかも、崖下というモンスターの生息が多い付近に居たのか疑問だった事を尋ねてみた。


「イチからの天啓が降りてこなくなったから、不安に思っていると、知らないクエストが突然入ったんです」


確かに俺のスケジュールは毎日決まった時刻に定期的にログインをしてハイドラに語りかけるのが日課だった。


コンビニと銀行からの帰りの後に失われた空白の3時間に、いつもログインしている筈の俺が反応無しだったことがハイドラに不安を感じさせてしまったのだろう。


「話しかけられなくて悪い、俺もここに来るまでの記憶がスッポリ抜けちまってて、何がなんだかさっぱりだったんだ。それにしても、知らないクエスト?なんだそりゃ」


 ハイドラの言葉に今度は俺が首を傾げた。


通常、マスター以外はクエストは受注出来ない。

ログアウト中の行動指示で、パートナーに自分の意志でクエストを自由に受注可能という許可を下ろしていれば受けれなくもないが、俺の場合はハイドラの身に何かが起こっては気が気でないのでクエスト受注はするなと言っている。


 俺がプレイしていない時間に、俺以外の誰かがハイドラにクエストを受注させたという事になるが、そんな真似は出来ないだろう。


セキュリティのワンタイムキーにID、パスワード。


ネクロフォビアオンラインにログインする時は、付属のワンタイムキージェネレーターというキーホルダーサイズのパスワード生成装置が必要になってくるし。


面倒だが、一般公開されておらず、普通のネット検索では引っかからない深層領域アンダーグラウンドに潜む特殊MMORPGだからアクセス管理も厳重なのだ。


「あの、これがクエスト受注証明の証です」


 再びマギアバングルの画面を何やら弄りだし、呼び出した。

そこにはクエスト受注の証としてクエスト内容とクエストランク、クエスト期限等が細かく記されていた。



「これ、どうやって受注したんだ?俺がまず確認して、いつもなら受けるか受けないかを判断してただろ」


 最大レベル10、そしてキャラクターレアリティEランクのハイドラ。

達成出来なさそうなハードクエストは毎回外しているか、リアルマネーという課金アイテムをぶっこんでクリアさせる。

我が娘の為なら、父さん金に糸目は付けん!


「それが、私が受け取ったわけじゃないんです……。このクエストはいつの間にか勝手にこのバングルが受信してたんです」


 別に咎めるつもりで言ったわけではなかったが、ハイドラは否定しながら自分が故意にクエストを受けた訳ではないと口にした。


「ふむ……。なるほどな、それなら強制イベントクエストみたいなものなのか?……ん?クエストランクは最重要のランク?」


赤文字でクエスト名の隣に、最重要と表記がされていた。


--------------------------

【最重要】クエスト名:悲しき現実が受注されました。


依頼人:???

受注者:ハイドランジア・マクロフィラ


《クエスト内容》

制限時間内に指定ポイントに到達し、マスターと接触すること。


クリア報酬:1500ダール、マスター


《未達成ペナルティ》

※このクエストには未達成の場合ペナルティが発生します。

ペナルティ:ゲームオーバー

--------------------------


俺が受けたクエスト名と同じで、内容も自分の相方パートナーに接触するというものだ。


依頼人が???とある上に、受注者がハイドランジアとあり俺が受けたものでは無い。

ならば、一体誰がこんな依頼をハイドラに受けさせたんだ?



不気味すら感じるクエストの受注画面を険しい目つきで睨んでいた。



「つか!なんだこの、クリア報酬のマスターって?!」


クエスト報酬の一文にある、マスターの文字。

俺はモノ扱いか。

いや、クソニートだから余計にタチの悪い生ゴミ扱いかもしれんな。

なんて、自分自身につっこんでみる。


「でも、本当にマスターに会えました」

「そりゃそうだけどよ、お前もこんな意味不明なクエスト勝手に受けるなよ……。って言っても、強制クエストだからどうにも出来ねぇか……」


現に、彼女はあのビッグマンイーターに殺されかけていたし、俺がいなかったら確実に危なかった。

逆に俺一人でも危ない状況だった。


二人だったから勝てた相手だ。



「だってイチが、答えてくれなかったんだもん」



 ぷくっと頬を膨らませるハイドラ。


あぁ、もうその怒った顔だけでも可愛い。俺の2年間と1000万を超える課金額は無駄じゃなかった!!


と、ともかく、俺が現実世界で気を失っていた3時間余りの間に、ハイドラの身に起こった事は大体把握出来た。

俺自身に起こった空白の3時間はまだ分からないが、この娘の状態を把握出来ただけでも胸を撫で下ろせたのである。


「まぁ、いいさ、次からは俺にちゃんとどんなクエストが届いたか教えてくれよ?」

「はい」


「それで、これからは一緒にクエストをクリアしていこうな」

「…………!!はいっ!!」


 俺にとって最後の花であるハイドランジアまで失ったら、本当に気が狂って息絶えてしまいそうだ。


健気に咲く、一輪の花。


何があっても絶対に最後まで俺は手折さず守り抜きたい。

全てを失ってニートになった俺が生きる為の、最後の希望であり理由。


「ゲームの世界だろうが何だろうが、とにかく俺とハイドラは今まで通り一心同体だ!」

「ゲーム?」




ーーあ。



しまった。

此処がゲームの世界であると口から洩れてしまった。


「ゲームって何ですか?イチはこの世界の事を知ってるのですか?」


 その言葉に、俺は言うべきか迷った。

この世界がネットゲームの中の世界であるということ。


 いや、確信は持てないが。

もしかしたらそっくりな違う世界かもしれないし、まだ俺は……。

此処は俺が見ている幻覚か夢かもしれない……という一抹の不安も少しだが残っていた。


「…………」

「どうしたの?イチ」


黙り混んでいても何も進まない。

俺はハイドラの反応も気になり、言ってみることに決めた。


ハイドラの反応によって悪い方面へと影響が出そうなら、冗談だと済ませておいて、この手の話題には一切触れないようにする。


そう野暮ったい腐れ掛けの脳みそをフル回転させて考えた。


「お、お前も、そのーー。ゲームのキャラ……だろう。ネクロフォビアオンラインっていうゲームなんだ……。俺は何故かそのゲームの中に気付いたら入り込んでたんだ。だからここは……その、架空の世界っていうか……」



 い、言ってしまったーー!!。

しかもこんなんじゃ説明になってねぇぞコレ。


そもそも、この世界の住人にオンラインゲームって概念は無いだろうし、そこからまずは説明しないとダメだろうがーー!!


 いざ説明しようとすると、緊張して口が吃ってしまう。


いきなり現れた人間に、あなたはゲームのキャラクターなんですよ?何て言われたら気分良くないだろうし、倫理的にどうなるんだって話だ。



 もし、自分の世界が作られたゲームの世界であると突然上位の存在ゲームプレイヤーから言われたら誰だって戸惑うだろうし、人によってはコイツ何いってやがんだ?状態に陥り、俺のことを不審な目で見るだろう。



頭の中はぐちゃぐちゃに煮込んだスープの如く、思考が後悔の念と共に乱雑に固まり合っていく。

言ってしまったことで、後からどうしようも後悔が降りかかってくる。


 やっぱ、言わなければよかった。


一度口にしたことは二度と引っ込めることは出来ない。

社会人の時に何度も経験した覚えはあるのに、学習出来ない俺の脳ミソめ。


 そう自暴自棄になっているとハイドラが黙っていた口を開いた。



「え、そうなんですか!?私、ゲームの世界の住人なんです?!」




それは、俺が想像していたハイドラの反応は意外なものであった。

きょとんとした丸い瞳で瞼をぱちぱちとさせている。



「お、おう……俺達の世界じゃネクロはMMORPGでーー。招待された人間がプレイできるっていう特殊なゲームなんだ……」



ハイドラの反応は不快に思うわけでもなく、不審な目で俺を見るわけでもなく、ただ単純に驚いていただけであった。

しどろもどろと説明を、どうやって行おうかと考えていた所、ハイドラが訂正するように口を開く。


「うーん、私がゲームのキャラクター……ですか。そう言われても私、ちゃーんと生きてますよ!?」


「へっ?」



そういって、ハイドラは椅子から立ち上がり俺の元に来ると、おもむろにに俺の手を掴んで胸元に持って行った。


「おまっ、いきなり何を……!胸当たってるぞ」


「当、て、て、る、ん、で、す」


一言ずつ区切りながら強く言い聞かせるようにハイドラは言った。


「ほら、鼓動の音、聞いてください」


その手の先からはどくん、どくんーーと脈が音を立てて一定の周期で動いているのが伝わる。

体温も俺と同じでちゃんと温かみもあった。


決してディスプレイ越しでは分からない、ハイドラの温もりに、俺はこの世界は本当は実在していた世界なのでは、と勘繰りさえしてしまった。


「私、別に構いませんよ。例えこの世界が貴方にとってゲームの世界であったとしても、私はちゃんと生きています。私にとっての現実はここにありますから」


ハイドラは瞳を閉じて、俺の無骨な手を握りしめながら語った。

手の平の下から伝わる鼓動が気のせいか早くなっている感じがした。


「マスターのイチは、何時でも私を見守ってくれて天啓をくれた。それは事実で、私にとって真実です。例えこの世界があなたにとってゲームだとしても」


「その……天啓ってのも、実は俺たちの世界からするとパソコンって機械の前でキーボード叩いてるだけでチャットって呼んでるんだ」

「"ぱそこん"に"ちゃっと"……。私たちに降りかかってくる言葉とはチャットのことだったんですね。何だか未来的な言葉の響きです!」



この世界がどういった形で成り立っているのか、実在するのかと言われれば今の俺には結論付けられないが、確かに言える事はこの鼓動の音は嘘ではなく、目の前のパートナーであるハイドランジアは生きているという事だ。



ーーそれだけでも十分じゃないか。



一人、ただ、だだっ広い空間の中で誰とも語らず世間にそっぽを向けて篭もり出した俺と2年間もの間、つるんでくれたこのを、今度は画面越しじゃなくて隣で見守る!



「もし、イチが死にそうな時は、今度は私が全力で助けます。だからポックリと死なないでくださいね」

「オイオイそりゃこっちのセリフだ。俺はお前が何より大事だ」


本当のむすめのように。



だから、どんな困難がこれから降り掛かっても一緒に戦う。


この娘の笑顔に誓って俺は静かにそう心に決めた。

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スペクタリウム-ネクロフォビアオンライン- 赤月 あん @AN-Akatuki

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