第3話 サヨナラリアル
体の自由を奪われ、なぶり殺されるのを覚悟していた時だった。
目の前に現れたのはーー、いや、正しくは空高くから奇声を発しながら飛び蹴りを食らわした青年だった。
顔は逆行で見えないが、黒髪で背は高い。後、やたらと怒っている。
そして自分の名前をーー"ハイドラ"と呼んだ。
フィールドを歩くにしても軽装過ぎるし、武器の類も持っていない。
拳で戦うタイプの戦士かとも思ったが、モンスターを前にして基本の構えすら取らず重心が決まっていない事から、やはり村人の
そんな村人タイプの人間がやけにキレかかった声で大型モンスターに罵声を浴びせるのだからーー。
ただただ、戸惑うばかりだった。
しかし、どこかであったような気がしなくもない不思議な感覚に心は揺れ動いていた。
3話 サヨナラリアル
「立てるか?!いや立てるだろハイドラ!お前の防具は俺が丹精込めて作った防具だぞ!それぐらいの麻痺なら30秒ありゃ、オートでリカバーできるって知ってんだろォ!?」
「ひぇっ!?あ、ぁ、あ、あなたは誰……?わ、私を指示をくれるマスターはただ1人、です」
そう。
いつも私を導いてくれるのは、
彼の言葉は天啓であり、全てを見通していた。
文字と成りて、私の元に毎日降り掛かってくるオラクルであった。
マスター以外の指示を聞き入れる等、マスターを裏切る行為だ。
私をいつも見守ってくれる、たった1人のマスターはイチ、彼だけだーー。
「あ!俺のことで疑ってるだろうが、そんなんは全部後回しにしろ!ビッグマンイーターの弱点は5枚の花弁全部引きちぎって、真ん中ドカンだ!」
敵の弱点を的確についた説明と、急所への攻撃指示の仕方はどこか彼に似ている。
しかし、私は呆然としたままであった。
体が言うことを聞かなかったのもあるけれど、まず第一に状況が把握出来ていない、というか付いていけれない状態で混乱していたのだ。
「もういい俺がぶっ殺すァ!!そもそも俺のハイドラをめちゃくちゃにした時点でテメェは八つ裂きが決まってんだよォ!!」
どうすればいいか分からないまま、ぽかんとしていると男がまたブチ切れながら大型モンスターに向かって叫んだ。
「えっ、あの……まだめちゃくちゃにはされてないです。ちょっと痺れて体が動きづらくなっただけでーー」
否定と静止の声をいれようとしたが、彼には無意味だった模様だ。
「"まだ"ってことはこれからされる可能性あるってことだろう!あの危険因子は肥やしにすっぞ!!」
ーーどうしよう、威勢は良いけどあの人このまま死んじゃう。
そう思える程、どこか見ていて不安な背中であった。
イチ、早く私に指示を。
何時もならこの時間なら天からの声として、マスターからの指示や助言、時には冒険のヒントを与えてくれるのだが。
チラリと右腕に嵌ったマギアバングルに目をやる。
バングルには天啓としてマスターからの言葉を受信すると、文字として受け取り、流れていくのだ。
が、しかし。
今日は朝から彼からの連絡は一切無かった。
バングルの画面は真っ暗なままで文字一つすら流れてこない。
「イチ……。どうしたの?なんで今日は一言も語りかけてくれないのですか……」
不安を患いながら銀色のマギアバングルを握りしめる。
遠くの方で「俺がイチだぁあああ!!てんめぇええええこのやろおおおお!!▪️*▶︎◯×asえagkqふぇsfs;@」とビッグマンイーターに向かって支離滅裂な言葉を放ちながら彼が4枚目の花弁を引き千切った。
ものすごく小さな声でつぶやいたのに、どうして彼は聞こえたのだろうか。
凄い地獄耳の男に恐れすら持ち始めた。
だが、彼の言う通り。
この防具はマスターのイチが作ってくれた防具で確かに状態異常程度なら30秒程まてば回復できる。
どうしてそれを知ってるのだろうか。
そして、30秒経過したのち、体の痺れが徐々に和らぎ完全に回復したのを感じた。
いや、彼が30秒引きつけてくれたーー?
遠くでマスター、イチの名を騙る男が4mはあるビッグマンイーターによじ登り、最後の花弁を引き千切ろうと手をかけていた。
が、最後の1枚だけは死守しようとビッグマンイーターも弱っていた触手鞭を大きく蛇の如くうねらせ彼の体をがんじがらめにせんとばかりに巻き付いた。
「この雑草ガァッ!!こうやってハイドラを虐めて愉しんでいたのかド底辺ボスがァァア!!」
彼はサイコパスなのだろうか。
武器も持たずに、素手で棘のある鞭を掴み、そして噛み付いている。
言葉遣いも聞いてて呆れるくらいに悪い。
まるで知性が無さそうな怪物にすら思えてくる。
だが、しかし。
そんな彼の姿がマスターのイチに被るのはどうしてなのだろうか。
マスターの姿は見たことも無いし、文字と言葉だけの存在だ。
それなのに、品の無さそうな彼の姿にはどこか、私の知るマスター、イチの片鱗を見せていた。
「ハイドラ!混乱してんのは分かる!!だけど今はこいつのみっともねぇ最後の花弁を斬り落とせ!その
彼の言葉に目を開いた。
私がなぜ双剣使いだと知っているのだろうか。
私の装備は魔術師のローブに似た作りで、よく街の人達からも魔術師だと勘違いされることが多い。
双剣はローブの下に隠しており、外からは見え無いようになっている。
全てイチからの指示と戦闘方針である。
『敵マスターやモンスターには魔術師だと思わせておいて、油断したところを剣でズシャアア!!だ!!美しい花の下には棘があるって思わせてやれ!』
彼と出会い、戦闘スタイルも確立されつつあった頃、イチからそんな言葉が舞い降りてきた。
お世辞でもさらりと甘い言葉まで混ぜてくるから、面白くて、嬉しくて。
戦って生き抜くことも悪く無いなぁ、と前向きに考えられるようになった。
意を決めて、すぐさま立ち上がり、双剣を取り出した。
イチが作ってくれた私をイメージしたという紫を基調とした華やかなローブを翻して。
白銀の長い髪が顔にかかるのも気にせずに、全速力で走り抜け、ビッグマンイーターの肉厚のある葉を足場に飛び上がった。
大きな跳躍をバネに体を翻し、残りの一枚の花弁を根元から斬り捨てた。
柱頭のみとなったビッグマンイーターは力と平衡感覚を失い、ふらふらと覚束ない足(根っこ)で左右に行ったり来たりする。
「一本貸せ!!」
その少ない言葉だけでも、不思議と私には彼が何をするのかすぐに理解できた。
彼に向かって双剣のうち片方を投げると、上手くキャッチした。
お世辞にも上手いとは言え無い剣捌きだが、棘のある触手鞭を手にした剣で滅多刺しにして束縛から抜け出し、大きな口のある柱頭によじ登る。
『一緒にアイツを潰すぞ』
最初に彼が放った言葉が頭の中を駆け巡った。
「「はぁああああ!!」」
自然と声が重なり、行動もシンクロしていく。
私と彼は片方の足を大きく上げ、力一杯ビッグマンイーターの柱頭を虫を踏み潰すかのように蹴りを入れた。
バランスを崩すビッグマンイーター。
もう一度声を荒げながら、お互いに血が滲みそうになるくらいに剣の柄を握りしめて柱頭の奥にある
大人の頭くらいはある、肉腫に似た
「あ、あの……ありがとうーー」
「はっーーはぁ……はぁ……はぁ……ぐっ!!」
お礼を言おうとしたら、
完全に息途絶えたビッグマンイーターを尻目に、今度は彼が地面に倒れこんだ。
「大丈夫ですか!?」
体に触れてみると体温が異常な程冷たかった。
先ほどまでハイレベルな運動量があったというのに、体はまったく熱くなく氷のように冷たくなるというのは正常な人間なら考えられ無い。
ーー一体どうして?
ビッグマンイーターの触手鞭には麻痺毒があり、花粉には皮膚に炎症を起こすタイプの毒がある。
一瞬、それらの異なる毒が作用したのかとも考えたが、あのビッグマンイーターが彼と出会ってから花粉を撒き散らしたり、パラライズウィップを使用した痕跡は無かった。
花粉は肉眼でも見えるほど濃い、ミストのように広範囲に撒き散らされるために見逃したとは思えない。
「お願い、返事をしてください!!」
体は揺らさずに、声を何度もかけ続けてみる。
しかし彼の呼吸はどんどん荒くなっていき、冷や汗が大量に出始めていた。
ーーさっきまであんなに馬鹿みたいに叫んでたのに一体どうしたの……目を覚まして!!
何も出来ずに、ただ無力に祈っていると代わりに小さな音がどこからかピロン、と鳴り響いた。
音の鳴り響いた先を必死に探り当てようとした。
もしかしたら彼を助ける何かに繋がっているかもしれないーーそう藁にも縋るような気持ちで考えたからだ。
彼のズボンのポケットに長方形の形をした……真っ白な四角い何かがあった。
音の原因はこれ、だろうか。
他に見当たるものは無く、勝手に他人の物をとるのは悪いとは思いながらも手を伸ばした。
初めて見るそれは、どうやって使えばいいのか分からず手で触れて見ると光が突然灯った。
「たくさん文字や記号がある……マギアバングルみたいな物……?」
だとするとこれは、おそらく画面であり、どこかに触れると反応が返ってくる仕組みになってる魔法アイテムと同じだ。
しかし、どうやって操作をすればいいのか分からなかった。
が、画面が勝手に切り替わり文字が自動で流れ込んできた。
⬛︎クエストクリア⬛︎
クエスト名:悲しき現実
<以下の報酬を取得しました>
・黄泉石×1
・1500ダール
・解毒剤×1
読み終えた直後、突然空から落ちてきたのは謎の小袋であった。
きっと、この袋の中に彼を助けるものがあるはずーー。
そう信じて急いで開けると、中には虹色に輝く黄泉石、1500ダールのお金、そして注射器が入っていた。
注射器の側面には使い方が貼っており、首筋から注入するという図解が小さく載っていた。
彼の少し長めの襟足を手でかき上げ、首筋を見る。
そこには青い直線が何本も入っており、まるで虫に刺された跡のようにぷっくりと皮膚から浮き出ている。
彼が掻き毟ったのか、少し付近の皮膚が赤くなっており血が滲んでいる箇所もあった。
注射器を握りしめ彼の首筋に射し込んだ。
ぷしゅ、という軽い音と共に、ワンプッシュで中の液体が一瞬で彼の体内へと流れこんでいった。
「う……あ?何だ……急に体が軽くなった……?それに痺れも一気になくなった……」
気を取り戻したように、目をぱっちりと開け体を起こす彼。
即効性のある解毒剤のようだった。
「よ、良かった……無事で」
「ハイドランジアーーか?」
「えっと、はい。そうです」
「うぉおおぉ!!夢じゃ無かった!!俺、本気で大好きだったんだ!!!あぁあ、自キャラに生で逢えるなんて生きてて良かったァアアアア」
先程まで死にかけていたとは思えない回復力で、彼は突然抱きしめて来た。
張り倒そうかと思ったけど、やはりどこか彼は私の知るマスター、イチの面影があり振り上げそうになった右手を引っ込めた。
「でも、やっぱ夢だよな。ハイドラに逢えるとか冷静に考えたらおかしいし。目が覚める前におっぱい揉んどこ」
…………。
……。
鷲掴みにされた両胸と品性の無いだらしない顔を見て、気がつくと私は拳を彼の顔面にめり込ませていました。
音速を超えたのか、後から来た衝撃波が草原に響き渡りました。
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