第2話 出会いは必然必須で。

残り時間15分を切った。

クエスト終了までのカウントダウンが半分を過ぎたことでアラームが急かすように鳴り響いた。


駆け出してみると、思ったよりもこの草原は高低差が激しく、マップ上で直線的に表示されている場所でも隆起している丘があり進行は困難であった。



「いくらヒキニートっつっても、俺は世間一般のヒキニートとは違うからな!」



誰に向かって叫ぶわけでもなく、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。


「ネクロの定期メンテが終わるまでの間、トレーニングルームで狂った程筋トレしてたからな!!HAHAHAHA!!」



正直なところ、1日中ネトゲをしているとエコノミー症候群や体調不良にも繋がりやすくなる。

倒れてしまっては、限定イベントや週末の素材集めクエストに参加出来なくなる、というのが理由の一つだ。


それともう一つ、別の理由がある。


ハイドランジアことハイドラとのコミュニケーションの中で、


『私を毎日導いてくれるのは嬉しいけど、イチもちゃんも自分の生活を守ってくださいね!ご飯はバランス良く、体も健康的に整えることが大事ですよ』


と、仲良くなり始めた頃に口酸っぱくして言われたからだ。


それから毎日、ハイドラとの約束を忘れずに俺は食事も正しいものを作り、メンテナンスが開けるまで筋トレをしこたま行った。


「ゲームのキャラに言われて、マジになるとかって俺ってば純粋なんだよー。あー、でも、流石にキツイィィイ!!」


声が次第に裏返ってくる。

喋らなければ体力の温存も出来ただろうか。

でも黙ってもくもくと進んでいると気をまた失いそうだった。



「おかしいな、ランニングマシーンでも10km走り続けるくらいイケるのに、視界が暗いし……何か手の震えがとまんねぇ……」


やはり実際の高低差のある大地を走り続けるのとは違うのだろうか。

それにしたって、手の震えが出てくるのは異常な気もした。

ここに来た時にも軽く手足が痺れるような震えはあったが、段々とひどくなっているように感じた。


足がもつれ、草原に倒れ込んだ。

洗い呼吸を落ち着かせるように、大きく息を吸い込み、そして吐き出す。


夏場とは思えない冷たい空気が肺に取り込まれ、そして吐き出されていく。


落ち着いていく体とは反対に、

目の前はどんどん暗くなっていく。


「そういや、夏場だってのにやけに涼しいな」


日本では8月下旬で、田舎ならではのセミの猛合唱攻撃に、容赦ない直射日光攻撃が降り注いでいた。


「やっぱりここは日本じゃなくて、どっか別の世界なのかな……」


空気はどこまでも澄み切っていて軽く、そして葉音がまるで深い眠りに誘うかの如く音を奏でた。


「このまま……寝ちまっても……いいかも…………」


体を休めているはずなのに、鉛のように重くなっていく。

体の中を何かが駆け巡り、支配を奪っていくようだった。


ーーピロン


スマホからあの通知音が鳴り響いた。

原因が分からない手の震えを抑えながら、力を振り絞って通知をタップする。


すると残り時間、後2分48秒というカウントダウンが始まっていた。


受注したクエスト条件を何気なく見返すと、未達成の場合はゲームオーバーという文字が目に入った。


ーーはは、なんだそれ。


ゲームオーバーってどうなるんだ。

ネトゲにゲームオーバーなんて存在しねぇよ。

淡々と狩りをして、もくもくと素材を集めて、こつこつと武器や防具を精錬して。

据え置きゲームと違って明確な目的やクリアなんて無い。

人生と同じで死ぬまでだらだらと続いていくんだっての。


いやきっと、 プレイヤーが死んだ後もだらだらとネットゲームの住人 キャラクターたちは死ぬことも老いることもなく生き続けるんだ。

はは、羨ましいぜ。


朦朧とした意識の中、そんな突っ込みを入れた。


別にゲームオーバーになってもいいか。

ゲームだし。

つか、もしかしたらこれは夢で醒める可能性だってあるんだしな。

そもそも現実で俺に残された時間もどうせ、あと僅かーー。


そう自堕落的な思考に陥る中、震えの酷くなった指先がハイドラのキャラクター情報に意図せず当たってしまった。


切り替わる画面に、ステータス表示。


俺はそこで目をかっと見開いた。


「はぁぁああ?!俺のハイドラが状態異常?!麻痺ってなんだそりゃ?!っザッケンナコノヤロォ!!!」


がばりと起き上がり、マップが示す方向へ一目散に駆けつける。


「ここで手の震えガーとか、目の前が真っ暗ニー、とか言ってる場合じゃねえ!!んなもん甘えだ甘え!!俺のキャラに麻痺とか与えてんじゃねぇぞキチガイが!!」


こんな所でもキレやすい性格が災いしてか、滅法口が悪くなり鬼のような形相になってしまう自分がいた。


血管が浮き出て、体を支配していた何かを逆に制圧していく。

分かっているが、このキレやすさだけは抑えきれないのだ。


怒りの対象は、自分の愛すべきパートナーキャラクター、ハイドランジアに手を出した キチガイ



「抹殺してやるァ」



フヒッっと薄気味悪い声が口から品もなく漏れだし、体に鞭を打ちながら駆け抜ける。

息切れに動機、手足の痺れと震えなんて頭の中にはすでに無かった。


ただ、ハイドラに一目会いたくて、ハイドラを傷つけたやつが許せなくて。

その単純短絡的思考だけで彼女が居るであろう座標位置まで全速力で向かった。


マップ上の表示ではすでに8mを切った表示になっている。


しかし、目的地間近だと言うのにハイドラの姿は見えない。


ーー崖だ。


崖下に草原地帯はまだ続いていたのだ。

平坦なマップからでは分かりづらかったが、ハイドラがいるであろう位置はこの崖の真下だ。


「ーーアイツか」


10mはあるであろう崖下に見覚えのある白銀の髪に、俺が数を重ねてその名の通り”紫陽花 ハイドランジア・マクロフィラ"をイメージして作り上げた、趣味丸出しな魔法剣士の装備。


間違いない。


あの麗しき可憐な姿は開幕当初にガチャで引き当てた、かなり思い入れのあるハイドランジアこと、俺のハイドラだ。

例えキャラクターレアリティがランクEの最下位 コモンでも俺の大好きなハイドランジアだ。


が。


彼女はわけの分からん巨大動植物に追い詰められていた。


クエスト終了時間まで残り10秒を切っている。


「ひっさーつ」


怒りに身を任せた俺は、当然後先の事など考るわけもなく、ヒヒッと100%の女子からキモがられる声を上げながら迷うことなく飛び降りた。


俺よりもキモい触手の生えた動植物目掛けて。


「ハイドラは偉大なりィイイイキェエエエエイ!!!」


さながらグリコのポーズを決めながら両手は天を仰ぎ、ランニングマシーンで鍛えられた脚を突き出しキチガイに天誅を下した。


手応え、いや足応えはあった。


厚みのある巨大動植物の花弁を突き抜け、見事に5枚あるうちの3枚が破れ散る。


ヴォォォと獣に似た低く呻く鳴き声が漏れ出し、後ずさりした。


「な、何突然!?あなたは誰……「なんか、見たことあると思ったらレアボスの"ビッグマンイーター"じゃねぇか!」


一瞬驚くような声が背後で聞こえた、ような気がした。

が、そんな事よりも、目の前で悶える巨大動植物の姿を見て、俺は思わず叫んだ。


間違いない。

あいつはビッグマンイーター。

綺麗な花に化けているが、キャラクターが近づくとアマゾン奥地に生息していそうな毒々しい配色に変わり、柱頭部分に隠してある巨大な口を露わにして捕食する。


相手に状態異常を引き起こさせる麻痺の触手鞭 パラライズウィップに、花弁が千切れると後退するという行動パターン。


ネクロフォビアオンラインの最初の初級ボスである。


「ってことは、やっぱここはネクロの世界の中なのか?!この草原もよく見たら最初の"始まりの丘"と地形がそっくりだし!!」


「あ、あのぅーー」


「つーか、テメー!俺のハイドランジアに触れたとか正気の沙汰じゃねえぞ雑草種ガァアアッ!!」


指を差してモゴモゴと蠢くビッグマンイーターに罵声を浴びせる。

まだ怒りは収まらない。腸が煮えくり返っている。


「ハイドラ!!一緒にアイツを潰すぞ!!」


太陽に顔を背け、背後に蹲っていた少女ーーハイドランジアに向かって叫んだ。

これが本当にゲームの世界ならあのでかい雑草 ビッグマンイーターの倒し方は心得ている。


それにハイドラは俺の大切な無二のパートナーだ。

彼女との戦闘とアシストの仕方も知っている。



ーー絶対に勝てる。



俺はそう確信して、ビッグマンイーターに向かって中指を立てた。

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