operation.6 侵食

「いやぁああああああ!!」

 コナミの悲鳴が『海』に木霊する。コナミに突き刺さった鎌の刃は、彼女の背中に傷を穿うがち、大量の血を吐きださせていた。

「コナミっ!!」

 俺は叫び、コナミに駆けよる。

 迂闊うかつだった。

 倒したと思っていたフォモールの中に生き残りがいたのだ。それが、ピンインをログアウトさせて一時的に無防備むぼうびになったコナミに襲いかかった。

「あ…いたぃ……さざ……な……いやぁあああ!!」

 俺の眼の前で、コナミは絶叫する。悲鳴をあげる彼女の体は青白い血管にむしばまれていく。コナミの背中に突き刺さる大鎌は黒い煙となって、コナミの体を包み込む。

 その煙はコナミの赤いチャイナドレスを、漆黒のコルセットがついたワンピースへと変えていった。

 黒い煙が消える。その中央にいたコナミが生気のない眼を俺に向けてくる。コナミの手には、先ほどまで背中に突き刺さっていた大鎌がにぎられていた。

 ――コナミッ!?

「バカっ!!」

 メロウが叫ぶ。俺は思わずメロウを怒鳴りつけていた。メロウの声に反応し、コナミは鎌を振りかざしてメロウに襲いかかる。

 地面を蹴り、俺はエアボードでメロウのもとへと駆けつける。そのあいだにも、鎌の刃はメロウへと向かい振りおろされていく。

 鎌の刃に、くさりが巻きつく。メロウにほどこした防御システムが作動したのだ。

 鎖は、もがくコナミの体を拘束こうそくしていく。

 手を、足を、全身を拘束され、コナミは身動き一つできなくなった。

「ぎぃいいぃいいい!!」

 歯をき出しにして、コナミが叫ぶ。そこに先ほどまで笑っていた彼女の面影はない。

 ――コナミ……。

「乗っ取られたんだ……」

 メロウは唖然あぜんと、コナミを見つめることしかできない。俺はそんなメロウを抱きしめ、奥歯を噛みしめる。

 コナミは、フォモールに体を乗っ取られたのだ。この仮想世界において、俺たち人間はメロウたちと同じデーターに過ぎない。ウイルスがデーターでしかない人間の体を乗っ取ることなど、造作ぞうさもないのだ。

 そして乗っ取られた人間は仮想世界をログアウトすることができず、現実世界に戻ることが出来なくなる。

 ウイルスソフトが起動させているあいだ、俺たちは体をフォモールたちに乗っ取られる心配はない。

 だが、もしソフトが起動していなかったら話は別だ。さきほどのコナミのようにAIを強制的にログアウトさせれば、ソフトを起動できる存在そのものがいなくなる。

 そんな丸腰まるごしのコナミを、生き残っていたフォモールが乗っ取った。

「がぁあああああぁ!!」

 コナミの叫び声が、悲痛なものへと変わっていた。彼女を拘束する鎖が、体を強く締めつけているのだ。

 ――ミサキっ!

 メロウが叫ぶ。

「防御プログラム凍結とうけつっ!」

 メロウの言葉に従い、俺は防御プログラムを凍結する。鎖の動きがとまる。苦しんでいたコナミは顔をうつむかせ動かなくなった。

 ――コナミ……。

「メロウ、行けるか?」

 メロウに、俺は静かに声をかけていた。メロウは、俺を見つめゆっくりと頷いてみせる。

「コナミを救うぞっ!」

 ――はいっ。

 俺は凛とした声を発する。その声にメロウは真摯な返事をしてくれた。



 仮想世界における俺たちは、既定のプログラムにより形づくられた存在にすぎない。そのプログラムを変更へんこうすることにより、自在に姿かたちを変えることができるのだ。

 これを応用することにより、俺たちは姿だけでなく自身の大きさも好きに変えることもできる。

 仮想世界のなかで俺たちは等身大とうしんだいの人間にも、ウイルスのように極小ごくしょうの存在にもなれるのだ。


 真っ白な空間に俺とメロウは浮いていた。

 地面すらないこの空間には、紫の静電気せいでんきを放つ透明な球体が無数に浮いている。その静電気は細長く放電ほうでんされ、他の球体の静電気と交わっていた。

 ここは、コナミの脳内をイメージ化した空間だ。俺はメロウを使って、コナミの情報を解析かいせきし、イメージ化された彼女の脳内に入ることに成功した。

 ここは現実の情報をもとに造られた、仮想空間上のコナミの脳中だ。

 透明な球体の中には、どす黒く染まったものもある。それは、シナプス信号をイメージ化した紫の静電気を放つ代わりに、漆黒しっこくの煙を吐き出している。

 ――ちびちゃんたち、お願いしますっ!

 ――みゅう!!

 メロウの掛け声とともに、小さな人魚たちが黒く染まった球体を取り囲む。球体を取り囲みながら彼女たちは円陣えんじんを組み、くるくると回りだした。

 メロウの使い魔。チビメロウたちだ。

 ダンスを踊るチビメロウたちが可憐な歌をかなでる。ウイルスプログラムを発動させているのだ。

 仮想世界の人間を乗っ取ったフォモールたちは、ガン細胞のようにその人間を構成する情報を犯していく。乗っ取られた人間を救うには、フォモールたちに犯されたデーターを探し出し、浄化していく必要があるのだ。

 そして、一番厄介なのは――

「こんにちは、お嬢さん」

 探していたものを見つけ、俺は苦笑を顔に浮かべていた。コナミを構成する情報の中には、これらの情報を統合とうごうする『意識』も含まれている。

その視覚化されたコナミの意識が俺の目の前にいた。悪夢のように、蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべながら。

 その妖艶な笑みを引き立てるように、彼女は煽情的せんじょうてきな黒のボディースーツに身を包み、細い脚をゆったりと組んでみせる。

 微笑みの刻まれた唇を赤い舌でめとり、コナミの意識は妖しげな眼差しを俺に向けていた。その手には、禍々まがまがしいまでに鋭利えいりな光を宿した鎌がにぎられている。

「メロウ、いけるか?」

 ――大丈夫です。ミサキ……。

 俺は、背後にいるメロウに語りかける。そっと俺の頭上へと浮かび上がり、メロウは玲瓏れいろうとした歌を奏でる。

 その歌に反応し、チビメロウたちがメロウの周囲にいくつもの円陣を作り始めた。

 対するコナミは小悪魔めいた笑みを浮かべてみせる。彼女は、持っていた鎌を下方に振る。そこから、無数の小さなフォモールが生じ、俺たちへと襲いかかってきた。

 ――ミサキっ!

 メロウが叫ぶ。その叫び声を合図に、俺は乗っているエアボードを疾走しっそうさせていた。俺の片手にサムライ2000からダウンロードされた長刀が顕現けけんげんする。俺はエアボードから飛び降り、コナミのもとへとんでいく。

 ――みゅう!!

 襲いかかるフォモールの前に、円陣を組んだチビメロウたちが躍り出る。円陣の内側に魔法陣が出現し、飛びかかってくるフォモールたちを弾き飛ばしていく。

 黒い球体に乗っていたコナミの背中に、漆黒の羽が生じる。彼女はその羽をはためかせ、迫りくる俺のもとへと一気に飛んできた。

 そんなコナミに、俺は長刀で攻撃をしかける。コナミは難なくその刃を鎌で受け流してきた。

 ――ミサキっ! コナミがッ!!

「分かってるっ!」

 叫ぶメロウに、言葉を返す。

 目の前にいるのは、コナミの意識そのものだ。それを傷つければ、現実世界のコナミに深刻なダメージを与えてしまうことになる。

 だから、コナミの意識を傷つけることはできない。

 俺は手に持っていた長刀を手放していた。大鎌を振るいすきができたコナミのふところに飛び込む。彼女の両手首を掴み、動きを拘束する。

 ――ミサキっ!?

 メロウの大声に俺はびくりと肩を震わせていた。これからすることをメロウに見られるのが、とてつもなくつらいからだ。

 傷つけることができない以上、それ以外の方法で俺はコナミの意識を救うしかない。

 例えば、本人がびっくりするようなことをしてコナミの意識を呼び覚ますとか。

 問題は、そのやり方だ。

「うわぁあああ!!」

 目の前のコナミは、俺から逃れようと体をばたつかせてくる。そんな彼女に構《

かまう》うことなく、俺はコナミを抱きよせていた。

 覚悟を決めて、俺はコナミのあごすくっていた。

「あぅ!」

「ごめんコナミ……。先に……謝っとくな……」

「うぅ!!」

 コナミは俺にうなるばかりだ。コナミの寂しそうな笑顔が脳裏を過って、俺の迷いは消えていた。

 こんなのコナミじゃない。

 このままじゃいけない。正気をとりもどした彼女がショックを受けたとしても、俺は元気で寂しがりやなコナミを取り戻したいんだ。

 俺はコナミの顔を覗き込み、そのくちびるに指をはわわせていた。

「うぅ……」

 戸惑とまどったように、コナミが眼を震わせる。彼女の顔に自身の顔を近づけ、俺はコナミの唇をうばっていた。

 



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