operation.3 テラリウム
そのガラスを仰ぎながら、俺はレンガで
俺は自分の住む『テラリウム』を見つめる。
ラテン語で『大地に
近い未来、人類第2の故郷として開発が予定されている循環型コロニーの、いわばプロトタイプと言ったほうがしっくりとくるだろう。
まだ分からないが、将来俺たちはこの母なる地球を後にするかもしれないのだ。
――
俺の
巨大な鯨が、俺の真上を飛んでいる。よく見ると、その鯨は
「また、デカくなってる……」
地上に影を落とす鯨を見つめながら、俺は
そしてあの鯨は、情報の海と化したネットの意識の1つでもある。
「今日もカミサマは
――カミサマじゃありません。インターネットの大いなる意思マナナーン・マクリールです、ミサキ。
「マナナーン・マクリール。ケルト神話の海の神で、乙女たちが住む
俺は、鯨の名前を口にしていた。俺たちの上空を
ネット上に広がる情報を
今や、国際裁判所の最終的な決定から、紛争における多国籍軍の
人工知能が人類の能力を
大まかな議論や法案などは人間が決め、最終的な決定だけをこいつらにやらせているので人間の
――ミサキ……顔が恐いですよ……。
弱々しいメロウの声が、俺にかけられる。俺は空から視線を
「あれが出来なかったら、父さんは……」
――お父さまは、
父さんは苦しむことはなかったんじゃないのか。そう続けたかった俺の発言は、メロウの言葉に
俺はメロウを見る。彼女は、困ったように俺に笑いかけてみせた。
俺の父さん、漣博士はロボット工学の最前線を支える優秀な科学者だった。だが、父さんは人の尊厳を何よりも重んじる人でもあった。
いつだったか、甘いエスプレッソを飲んでいた父さんが、俺に語ってくれたことがある。
――AIたちに人間の責任を押し付けてはいけない。私たちの問題は、私たち自身が解決するべきだ。
その言葉がとても
――僕がAIたちの代わりになることは出来ないの?
「よぅ、漣っ! 今日もサボり? スクール
俺の
同じプログラミング学科に所属する
「いや、またフォモールが出てな。退治せんと行けなくなったっ」
乗っていたエアボードから跳び降り、俺はコナミに答えてみせる。
フォモールとは、AIを
「マジ!? 単位がそのへんにウヨウヨいるのっ!? スクールどころじゃないじゃん!?」
コナミは
「ちょ、なに笑ってるのよ?」
「いや、お前らしいなって思って」
俺はエアボードの
「ちょ、漣ってほんとデリカシーないよっ! 私が漣の分まで全部倒しちゃうからっ!」
彼女は大声で俺を怒鳴りつけ、宙へと手を
「オペレーションシステム・ピンイン起動っ!
コナミの高い声が周囲に
ピンインはコナミが所有するAIだ。メロウと同じ父さんが造った彼女のAIは、燃えるような
「
「うーん、ピンインちゃん……」
「何でしょうか? コナミ」
「もうちょっとさ、笑ったりとかしてくれない?」
「かしこまりました」
コナミの言葉にピンインは切れ長の眼を細め、たおやかな笑みを浮かべてみせる。その笑顔を見て、コナミは顔を曇らせた。彼女はそっと俺の方へと顔を向け、俺の背後にいるメロウを
あぁ、またかと俺は思う。こいつはしょっちゅう、羨ましそうにメロウを
「コナミ、顔色が優れませんよ?」
「ううん、なんでもない。早く行こう」
「はいっ」
苦笑しながら、コナミはピンインに話しかける。そんなコナミを、ピンインは不思議そうに見つめるばかりだ。
「じゃあ、先行って漣の分まで倒してるからっ!」
コナミは、元気よく俺に手を振ってきた。
「少しは残しといてくれよ」
「ヤダー!!」
俺の言葉に、
――ミサキはロリコンなんですねっ!
俺が手を下げたとたん、黙っていたメロウが
「なんだよ、ロリコンてっ?」
びっくりして、俺は思わず背後のメロウへと顔を向けてしまう。メロウはぷくっと頬を膨らませ、不機嫌そうに俺から視線を逸らしていた。
――そりゃ、コナミは明るくていい子です。ピンイン姉さんの巨乳には正直、
「お前な、同級生と会話してただけだろ。そりゃ、コナミはどっかのAIと違って素直で可愛いと思うけどなぁ」
にっと意地の悪い笑みを浮かべ、俺はメロウに話しかけていた。きっとメロウは俺を
「全然、痛くも痒くもねぇ」
――キー!! ミサキを仮想空間に移動させるのです!!
ばっと両手を広げ、メロウは叫ぶ。彼女を中心に周囲の空間が
――ミサキ……仮想空間に……ミサキの意識を……移動……。
大きなノイズに混じって、メロウの
頭が痛い。仮想空間へ向かうときはいつもそうだ。
この
自分が12歳まで『漣 みさき』として過ごしていた、あの
――ミサキ、今日も元気かい?
優しい父さんの言葉を思い出す。
ノイズの音をかき消してくれる父さんの声は、何よりの救いだった。俺に微笑みかけてくれる父さんの存在が、俺の全てだった。
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