第2話 偽善という名の平和

 「貴方の所業についての書簡が中央政府宛に幾つも届いていますが、アースノ自治領主、フィンスタ伯。これについて何か弁解する事はありますか?」

 ティスは封筒に入った書類を高級そうな長机に投げ置いてみせた。

 アースノ自治領は、中央から馬車で6日程離れた場所にある領地だ。それだけ離れていると中央からの監視も難しいものになる。それを良い事に悪事を働く者達もたまにはいるのだ。それらを管理するのもティスの仕事の一つの内だった。

 アースノ自治領を治めるのは、フィンスタ伯爵という、年齢は40代半ば位の細身の男性である。顔の造りも悪くなく寄ってくる女性も少なくはないだろうと思われた。但し、彼には悪い癖があった。

 「最近、アースノから送られてくる金銭関係の書類、必要以上の金銭が動いでませんか?」

 「領民達を食べさせていこうと思ったら、それなりのお金が必要になります。それは理解して頂きたい」

 フィンスタは長い足を組み直しながらティスにそう言った。

 するとティスは、唇の端を釣り上げ、

 「領民を食べさせる? 冗談を。領民達を食べているのは、伯爵、貴方でしょう?」

 手を組み肘を長机につく。

 「中央に送られてきた書簡の中には貴方が領民達に増税を強要している事も記されている。増税に関しては、中央の採択が必要になるのを伯爵はご存知のはず。それなのに、そんな話しは全く私達の耳に入ってこない。これはどういう事なのか、納得いく説明をしていただきましょうか?」

 みるみる内にフィンスタの表情が曇っていく。

 状況は完全にティスの掌中にあった。

 ティスの後ろで黙って控えていたユーヤはそう思った。

 「ご返答を、伯爵」

 ティスの冷たい瞳と言葉がフィンスタの喉元に突き付けられる。

 フィンスタは背中に流れる今までに経験した事も無いくらいの汗が流れているのを感じた。

 自分は今まで権力という名の服を着て領民達に無理を強いてきた。

 領民達は自分を生かすための道具だと、どこか考えていた。

 ところが、今自分の目の前にいる魔女はそれ以上の権力を保持している。しかも自分を潰しにかかっている。

 物凄く分が悪い。どうして良いか分からないくらいに頭の回転が止まりかけていた。

 「顔色が悪いですわね、伯爵?」

 「い、いえ・・・・・・。ここ最近、体調があまり良くなかったものでして・・・・・・」

 慌てて顔をハンカチで拭いてみせる。それがパフォーマンスであるのをユーヤもティスも見抜いていた。

 「ティス様」

 「何、ユーヤ?」

 「伯爵は体調が優れない様子。ここは一旦戻りまして後日、伺うのがよろしいかと」

 別にこの伯爵に何か借りがあるとかいうわけではない。

 可愛そうだと思ったわけでもない。

 あまり追い込むと、この手の人種は何をしでかすか分からない。それを考えてのユーヤの提案だった。

 「そうね。今日はこれで帰りますわ。体調が良くなったらご連絡を。それまで私達はこの領地に滞在致します。宿は屋敷の方に伝えておきますから。では、ご機嫌よう」

 それだけ伝えるとティスは席を立ち部屋を出た。それに続いてユーヤも出ようとする。その時一度だけフィンスタの顔を見た。

 その顔にはこの状況を打破するための色々な策を試行錯誤している顔であった。ユーヤは溜息を吐いてから部屋をあとにした。

 屋敷の廊下には高級な純白の絨毯が敷き詰められている。壁にも色々な装飾が施されているし、有名な画家が描いた絵画も飾られていた。

 「これらを全部売っぱらったら幾らになんのかな?」

 「そうね。この領地の民が十年位は税金を収めなくて済むでしょうね」

 いつの間にか横に立っていたティスがそう言った。

 「勿論、この屋敷も含めてなら、まだ長くなるわよ」

 「でしょうね。それより、お嬢」

 「何よ、狗?」

 「伯爵さん、何か色々と画策している様な顔してたぜ? 今夜にでも姿をくらませるか、それとも・・・・・・」

 「私達を消しに来るか・・・・・・。どちらにしても、こっちから仕掛ける事はないわ」

 屋敷の前にティスとユーヤが乗ってきた馬車が停まっていた。

 二人は馬車に乗り込むと宿泊先へと向かった。

 そこは屋敷から数十分程の場所にある繁華街にある一番の宿だった。

 「屋敷には、私がちょっとした魔法を仕掛けといたから、何か動きがあれば教えるえわ。ではお休み」

 言ってティスは自分の部屋へと入っていった。

 ユーヤの部屋はその隣りだった。

 ちなみに身辺警護がユーヤの表立った仕事であり、身の回りの世話は、専門の従者が二人いた。この二人もティスの部屋を挟んで逆隣りの部屋にいた。

 ユーヤは部屋に入ると灯りを点けベッドに腰掛けた。

 帯刀していた二本の小太刀をベッドの横に置き煙草を取り出した。

 この二本の小太刀は暗殺者時代からいつも一緒にいた。牢獄に入ってからはこの二本がどこにあったのかはユーヤも知らない。

 牢屋を出た翌日にはティスからこの二本を返してもらったのである。

 「それじゃないと、戦る気でないんでしょう?」

 この二本は、妖刀であり、ユーヤの二つ名である『妖刃坊』はここから付いたものでもあった。

 銘を『風蛇(ふうじゃ)』と『風鬼(ふうき)』と呼び、二本とも漆黒の鞘に納められ、柄巻は朱色である。

 煙草に火を点けて窓の外に視線を向けた先に見知った顔がいたのだ。

 「なっ!?」

 ティスがベランダに立っていた。

 慌ててドアを開けて、

 「どうやって出たんだよ!?」

 「私は魔女よ? 簡単に出られるわよ」

 自信満々にそう言って部屋に入って来た。

 そういう問題じゃないだろう、と心の中で思いながらも口には出さなかった。

 「お嬢・・・・・・」

 「食事に行くわよ、狗。準備なさい」

 「はい?」

 「聞こえなかったの?」

 「いや、食事なら一階にあったろ? そこから頼めば持ってきてくれるだろう?」

 言い返すと、ティスは横目で軽く睨み付けてきたのである。そこでユーヤはティスが何を言いたいのか理解出来た。理解出来たのだが、それはどうだろうとも思った。

 ティスは自分を餌にして相手側を引きずり出そうと考えているのである。

 「何でそこまでする、お嬢?」

 「仕事だからよ。それだけ」

 

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life is game むねちか @munechika

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