11
小さな音がした。
その音はとても小さく、まだ誰の耳にも届いていない。
だけど何かが壊れていく音は、静かに止まることなく崩れ落ちていく。
まだ誰も気づいていない。
早く気づけと誰かが叫ぶ。
誰も気づくまいと誰かが嗤う。
そして、気づいた時にはもうその崩壊は止めることはできない――――。
明朝、烏鷺隊は黒祇専用車にて近江に向かっていた。
車中では全員好き好きに過ごしている。ハウスは読書、啉は武器の手入れ、府芭は近江の被害状況の確認、そしてミシェイラは観光雑誌を見ていた。
カオルは隊員の過ごし方に頬を緩ませ、そして画面に目線を戻した。カオルが見ているのは旧滋賀県全体の地図だ。腐蝕蟲の潜伏できそうな場所を調べては、過去の捜査歴と照らし合わせる。それを繰り返すが、今のところ当たりはない。
カオルは一度目を閉じ、頭の中を整理し始めた。
「隊長、何を見ておられるんですか?」
「蟲が潜伏できそうな場所を見ているんだよ。どうかした?」
カオルは府芭の問いに一秒の間を置くことなく答えた。
今の今まで目を閉じていたカオルだが、府芭はその事に気が付いていないだろう。それほどにカオルは人の気配に敏感で、他人に隙を見せたりしない。
「あ、いえ、する事がなくなってしまったので。隊長が何を真剣に見ておられるのか気になって」
「なら、府芭も見るか?」
カオルは二人掛けの椅子の真ん中に座っていたが、横にずれて一人分空けた。
「す、すみません。失礼します」
府芭は恐縮しながら隣に腰を下ろすと、画面を覗き込んだ。
「使われていない建物が多すぎてね。中々絞り込めていないんだけど、府芭の意見もきかせてくれると助かるよ」
「えっと、俺なんかの意見で大丈夫でしたら」
「ありがとう」
カオルはキーボードを打つと、腐蝕蟲が潜伏していそうな建物をいくつか出してきた。
「施設か研究所のような大きな建物と踏んでいるんだが、府芭はどう思う?」
府芭はカオルが絞り込んだ施設を一つ一つ目を通していった。
「これって立ち入り禁止の建物もあるんですか?」
「そうだよ」
「でも立ち入り禁止の建物には高圧電線が張られていて、誰も立ち入ることが出来ませんよね?」
「人を捨てた蟲ならば、耐えることも可能じゃないかと思ってね。僕達でも容易に入る事は出来ないから、そのことを知っていれば有り得ると思わないか?」
「耐えられるとすれば、蟲にとっては好都合な潜伏先ですね。あの、この施設はなんですか?」
府芭が示した施設はかつて極秘で腐蝕蟲の力の源である「恩寵」の研究をしていた研究所の一つだった。
「ここは研究所だよ。何か気になることでもあった?」
「この施設の地下に地下水路があるようなので、もしかしてここからだと進入できるのではないかと思いまして」
「確かにそうだな。地下線路は黒祇の監視下で腐蝕蟲も容易に侵入することはできないが、手の回っていない地下水路なら有り得るかもしれない」
カオルは府芭の意見で再びキーボードを叩いた。そのスピードはあまりにも速く、画面には次々とデータが映し出された。
「直接施設に侵入できる地下水路があるな。よく気が付いたな、府芭」
カオルは一瞬で調べた内容を本部に送ると、少しだけ満足げな表情をして府芭を見た。
「もう送られたのですか?」
「ああ、潜伏してそうな施設のデータと侵入経路については送ったよ。後はブラムと情報司令部に任せて大丈夫だろう」
カオルがデータを纏めるにかかった時間はたったの三分だ。その短時間で膨大な量のデータを纏めた事に、府芭は到底自分に成せる技ではないと実感した。
「隊長もですが、皆さん本当に仕事が早いですよね」
「元々そうゆう仕事に就いていた者が選ばれているからね。情報が遅れれば、隊員達の命にも関わる。もしかして情報処理部に移りたいのか?」
「いえ、そうではありません!絶対に!」
「そうか?本当に移りたいのなら、僕から推薦することもできるよ」
「本当にそうではありません。ただすごいなと思っただけで」
「そうか。僕も府芭は戦闘員向けだと思うよ」
誤解が解けた府芭は密かに胸を撫で下ろした。もし本当に推薦でもされてしまえば、カオルと共に戦うどころか、会うこともほとんど出来なくなってしまう。それは共に戦い死ぬよりも、府芭にとっては最悪の結末だ。
死よりも最悪の人生の終え方があるなど、このような世界にならなければ知ることはなかっただろう。それが「良い事」なのかは本人にもわからないが、今を生きる者にとっては愛する者と共に戦い死ぬことが望む最後なのだ。
「長旅ご苦労様です、烏鷺隊の方々」
近江支部に到着し、五人を迎えたのは近江支部長の石田汐だった。
支部長直々に出迎えると思っていなかった四人は一瞬で姿勢を正した。
「お久しぶりです、石田支部長」
カオルは差し出された手を躊躇することなく握り返した。
カオルが直江と会うのは二年半ぶりだ。滅多に行われることはないが、本部に全支部長を集めて集会が行われることがある。勿論、その集会では創始者メンバーも参加する。だから直江と会うのはその時以来だ。
「一段と逞しくなられましたな、烏鷺隊長。部下の方々はお初お目にかかりますな。ご紹介してもらえますかな?」
「こちらから、府芭至、ミシェイラ・アングラート、李啉、ハウス・エドワールです。みな優秀な隊員ですので、期待していただいて大丈夫ですよ」
カオルは府芭から順に紹介していった。四人は敬礼の姿勢のまま、二人の話が追えるのを待っていた。
「拙者は石田汐と申す者。よろしく頼む」
時代錯誤な武士のよな言葉に一同は驚いていた。侍ならテレビで見たことがあったが、本当にこんなしゃべり方をする者がいるとは思っていなかったからだ。
「驚いただろう?石田支部長は戦国時代に活躍した武将の子孫なんだ」
「昔から皆がこのような話方をしていたので仕方ないのだ。さあ、案内いたそう」
一同は石田の後について近江支部を見て回った。
まさか案内まで支部長直々にするとは思っていなかった四人は、顔を見合わせた。
「ほんと隊長ってすごいわね」
「ええ、創始者ってだけが理由ではなさそうですね」
「石田支部長と隊長結構親しいみたいだな」
「親子ぐらい年離れてる」
「そうですね。啉殿仰る通りそのぐらい離れているでしょうね」
「なに?じゃあ自分の息子のように可愛がってるってこと?」
「いや、それはないだろ。単純に隊長の人柄に惚れてるだけだろ」
「ふ~ん、まあそうよね」
「指令室」と書かれた部屋に入り、カオルと石田が二人で話し込んでいたところに、隊員が石田に話しかけたところで、ハウスはカオルとの空いていた物理的な距離を詰めた。
「隊長殿は以前も来た事があるのですか?」
「何度か来てるよ。創設の時も来てるしね」
「そうでしたか。では、隊長殿は他の支部も全て行ったことがおありなのですか?」
「創始者は全員行ったことがあるよ。さすがに創始者が支部の事を知らないのはまずいからね」
「確かにその通りでございますね。愚門なことをお聞きしました」
「いいよ。気になることがあったら何でも聞いて。支部長ほどではないけど、大体の事はわかってるつもりだから」
「ありがとうございます」
「烏鷺隊長、待たせてしまって済まない」
「いえ、大丈夫ですよ」
話を終え戻ってきた石田は何かをカオルに手渡したが、それが何なのか四人には見えなかった。
「案内する場所はここで終わりだ。お主らの部屋の番号は既に黒腕に送ってあるから、確認しておいてくれ。烏鷺隊長、巡回に出る時は一言送って頂けると有り難い」
「分かりました。では、僕達は一度部屋に行ってから巡回に出ます」
「よろしく頼む」
カオルたちは司令室を出ると、エレベーターに乗り部屋のある階へと向かった。
「ねぇ隊長、ここの部屋は本部と同じなの?」
「本部よりは少し狭かったと思うよ。言っても殆ど変わらないけどね」
「よかった。狭苦しい部屋だったらどうしようかと思ったわ」
男性人にとって部屋が広かろうが狭かろうが何の問題もないが、女性は違うようだ。府芭は理解に苦しむとばかりにため息をついた。
カオル達が近江支部に滞在する期間は三ヶ月の予定だ。短くなる事はないが、伸びる可能性は大いにある。
今のところ近江支部は他の支部よりも新種の腐蝕蟲による被害は小さいが、これからという可能性は捨てきれない。近江支部に新種の腐蝕蟲が身を潜めていることが分かった以上、何かしらの対策が整うまでは帰ることはできない。
各自部屋に荷物を置くと、エントランスに集まって巡回に出た。今日の巡回は烏鷺隊のみで行う。
今朝カオルが本部に送った情報によって、一部の小隊のスケジュールが変更となり、カオルたちと組む隊が足りなくなってしまったのだ。カオル以外は初めての尾
張に土地勘が掴めていないが、一応旧滋賀県の地図は頭に入っている。
「近江名物と言えば近江牛よね。ねえ、隊長」
「なんだ?」
「巡回が終わったらご飯食べに行きましょうよ」
近江遠征が決まってから調べていたのだろう。ミシェイラは観光気分を持ちつつ巡回をしていた。
「残念だけど、僕はこの後も予定があってね。折角だからみんなで行っておいで」
「忙しいなら仕方ないわ。むさい男共行くしかないわね。ハウスは何か調べてないの?」
「申し訳ございませんが、近江は全くですね。後で調べておきましょうか?」
「ふ~ん、意外ね」
ミシェイラの返答に、ハウスは苦笑するしかなかった。ハウスはミシェイラよりも日本歴が短いため、日本のグルメについてはあまり詳しくはない。
「なら、伽羅ってお店に行くといいよ。あそこは昔から美味しいから」
助け舟を出したのはカオルだった。
「あら、隊長が詳しいなんて意外ね」
「以前に直江支部長と行ったからね。店主もいい人だから、僕の名前を出してみるといいよ」
「わかったわ、そうしてみる」
「じゃあ、この話しはここまでにしよう。ここから地下に入る」
カオル達が見下ろしていたのは、地下水路に繋がるマンホールだった。
「この先には何がある?」
啉が聞いた。
「昔使われていた病院の地下に繋がっている。病院の中にあるマンホールと繋がっているから、ここを使っている可能性が高い。地下は暗いから隊形を崩さないように」
「御意」
全員の返事を聞くとカオルはマンホールの蓋を外し降りた。それに続いて、府芭、ミシェイラ、啉、最後にハウスの順に飛び込んだ。中は暗く、五人は明かりを頼りに進んだ。
「隊長殿、道は分かるのですか?畏れながら、ライトを点けても一メートル先がやっと見える程度です」
「地下水路のデータは頭に入れてあるよ。先は見えないが大丈夫だ」
「愚問でしたね。失礼致しました」
ハウスもカオルが何も考えずに進んでいるとは全く思っていなかったが、どうやってこの暗闇を迷うことなく進んでいるのか気になっていた。
夜目の効く獣ならまだしも、人間にはほぼ何も見えない状況だ。カオルならば何かしらの対策というか、暗闇程度何ともないのかもしれないと四人は本気で思っていた。
「隊長、近江支部の小隊も潜伏先と思われる施設を回っているのですか?」
「一部の隊はそうだけど、殆どの隊が通常通りの巡回になっているよ。街の巡回も疎かにはできないからね。今日は僕達と九隊があたっているはず」
「九隊ってエリート揃いとかですか?」
初めて聞く隊の名前に府芭が率直に聞いた。この任務に当たるということは相当な実力集団なのかもしれないと思った。
「エリートってわけではないけど、実力のあるものが集まってるかな。九隊長は特殊能力保持者でもあるからね」
「どんな能力をお持ちなんですか?」
「色別の能力だよ。腐蝕蟲がいれば、紫色のふわふわしたものが漂ってくるそうだよ。他にもその人の身体の悪いところが黒く見えたり、色で心情が分かったりするみたい」
派手な能力ではないが、役に立たないことはないなと少々失礼な感想を四人は抱いた。
カオルが足を止めると、他の四人も一斉に歩くのを止めた。・・・・小さな物音がした。それは本当に小さく、聞こえないものには聞こえないだろう。
「ねずみ、かな・・・?」
カオルの言葉に全員が胸を撫で下ろした。
「本当に小さな音でしたね。病院まではあとどれぐらいですか?」
府芭は辺りが真っ暗でどれぐらい歩いたのか分からなかった。それは他の三人も同じだった。もしこんな暗闇の中で襲撃に遭えば、最悪の事態を招くことは間違いない。
「もうすぐだよ」
それから五分ぐらい歩いて、カオルが上を見上げた。
「ここが病院に繋がってるはず」
全員が梯子を昇ると、外はかつては白く綺麗な場所であっただろう病院が立っていた。
暗闇にいたからか、光が以上に眩しく感じた。
「何があるかわからないから、危険信号を起動しておいて」
「了解」
ここが敵の本拠地であれば、新種の腐蝕蟲が潜伏していることになる。万一、何十体もの腐蝕蟲が現れれば、考える間もなく撤退をしなければならない。
カオルは慎重に足を運んだ。
「もし十体以上の新種の蟲が現れれば、即時撤退だ。自分の身を一番に考える事。いいな?」
「御意」
カオルは全員の返事と同時に中へと足を進めた。
病院の中は静まり返っていた。ここだけが世界から取り残されたようで、外の音も何も聞こえない。
カオル達は階段を昇り、一つずつ部屋を見ていった。荒廃した病室は気味の悪さを漂わせ、到底誰かが住めるような場所ではない。
「二手に分かれよう。このままでは日が暮れてしまう」
あまりの部屋の多さに時間が掛かりすぎていた。その部屋も今のところ腐蝕蟲の痕跡はない。
「そうですね。もう随分と日が落ちてきました」
府芭が窓の外を眺めて言った。外からは茜色に染まる空が見え、赤い光が病院を射している。
「府芭、ミシェイラ、ハウスは向こうの東棟から、僕と啉は西の棟から回る。敵に遭遇した場合は戦闘することなく撤退すること」
「御意」
五人は二手に分かれ、病院を回り始めた。
「夕暮れ時の病院って嫌な感じしかしないわね」
ミシェイラが肌を擦りながら言った。常に強気のミシェイラが珍しく女らしく見えた。
「病院は霊が集まりやすいと言いますからね。特に黄昏時は」
ハウスの言葉にミシェイラだけでなく、府芭も背筋に寒気が走った。
「ハウス、よしてくれ。俺は目に見えない者は信じないようにしているんだ」
明らかに府芭の態度は強がりだった。だけど強がってでもいないと、この気味の悪さを耐えられそうに無い。
一方、カオルと啉は怯えた様子など全く無く見回っていた。
「ここの病院、ずっと前に閉鎖されたとこ?」
「腐蝕蟲が現れる前からだから、廃墟になってから五〇年は経つんじゃないかな。少し気味悪いね」
「隊長もそんな事思う?」
カオルがこの程度の事で怖れるはずは無いと分かっているが、啉は聞き返してしまった。
「気味が悪いとは思うけど、怖くはないかな。啉は大丈夫?」
「大丈夫。肝試しとか好き」
「何だか意外だね。今度みんなでお化け屋敷にでも行こうか?確かミシェイラと府芭はダメだったはずだよ」
珍しく啉が頬を緩ませた。
「二人の驚く姿が楽しみ」
普段自分よりも逞しい二人が、恐怖に震える姿を見るのが楽しみで仕方ないのだろう。カオルは啉がこんな事で笑うのなら、連れて行ってやろうと本気で思った。
「二階はここが最後だな」
カオル鍵の掛かっていないドアを押し開けた。
「隊長、これは・・・・ッ!」
二人とも目を見開いた。カオルが府芭たちに通信を取ろうとしたら、カオルの黒腕が鳴った。
「どうした、府芭」
「東の棟の四階に蟲の遺体を数体発見しました。至急こちらに来てもらえますか?」
「こっちもだ。この様子ではおそらくここにはもういない。後は研究員に任そう」
以前ランベルトが和泉でみつけた潜伏地と同じ状況だった。カオルは引き上げることを伝えると通信を切り、啉を見た。
「蛻の殻だったな。行こう」
カオルと啉は手っ取り早く窓から飛び降りて正面玄関へ向かった。
「隊長」
先に東の棟を回っていた府芭たちが戻ってきていた。
「近江支部に戻ろう。既に報告はしてある」
カオル達は来た道を戻って、近江支部に戻った。
近江支部に着くと、カオルは直ぐに支部長の部屋に呼ばれた。
「烏鷺です」
カオルがノックし名乗ると、扉が開いた。
扉の傍に立ち頭を下げているのは、石田の秘書の中佐和だ。彼女は以前までは石田と共に隊員として前線に出ていたが、石田が近江支部長に任命された時に、石田の推薦で秘書に任命された。彼女の情報処理能力は素晴らしく、戦闘員というよりは秘書向きではあるが、彼女は最後まで渋っていた。
「帰ってきて早々に済まない。そこに掛けてくれ」
カオルは言われたとおりにソファに腰を下ろした。
「九隊のあたっていた工場からは何も出なかった。烏鷺隊が病院で発見したことで、蟲共が地下水路を使っていることが証明された。そのことは既に本部にも連絡済だ。病院には明朝八時に研究員が向かう。烏鷺隊には引き続き、この件を頼みたい」
「そのために遠征に出されたのですから大丈夫ですよ。あと研究員も戦闘訓練は積んでいますが、やはり戦闘員には劣ります。ですから、いつもの倍は戦闘員をつけてください。蟲と遭遇しないとは言い切れません」
「そうだな。烏鷺隊長の言うとおりにしよう。それと、今回の遠征で烏鷺隊が来たと言う事は彼らの中から選ばれる可能性があると言う事だが、烏鷺隊長はどう思う?」
カオルは少し考える仕草をしてから答えた。
「みな優秀ですが、可能性があるとすれば府芭ではないでしょうか。隊の中では一番の古株ですし、実力も十分だと言えます。彼自身がどう思っているかは分かりませんが」
「成る程、彼が一番の古株だったか。うむ、では拙者も烏鷺隊長の意見を参考にさせてもらおう。勿論他の隊員もだが」
「はい、みな優秀ですので。では僕はこれで失礼しますね」
「ああ、今日はゆっくり休んでくれ」
カオルが立ち上がると、中が扉を開けて頭を下げていた。
食堂に向かうと、烏鷺隊の四人が固まって食事を取っていた。近江支部は三食バイキング形式だ。
カオルが何を食べようかと悩んでいると、後ろから声が掛かった。
「隊長、お疲れ様です」
声を掛けてきたのは府芭だ。新しい皿を持っているところから、食べ物をとりにきたのだろう。
「ありがとう。どう?ここの食事は口に合いそう?」
「向こうとは味付けが違うので新鮮ですね。啉は苦手そうですが」
カオルが取り終えるまで待っていた府芭は、カオルと共に自分たちのいた席に向かった。
「隊長、お疲れ様」
ミシェイラがカオルの分の席を空けながら言った。
「ありがとう。皆はここの料理は口に合った?啉は苦手のようだけど」
啉は無言で頷いた。
「ええ、美味しく頂いておりますよ」
ハウスは基本的に否を言わない。特に料理に関しては、相当不味いものでない限り美味しいと言う。
「石田支部長との話長かったわね」
「今日の事以外にも話すことがあったからね」
「何を話していたのかは聞いてもいいのかしら?」
ミシェイラ達がカオルの仕事内容などを聞く事は滅多にない。だけどカオルの雰囲気などから聞いても大丈夫そうだと判断した時は、たいていミシェイラがまっさきに聞いている。
「今回の遠征で、どうして僕達が選ばれたかわかるか?」
四人はカオルの顔を見たまま考えた。
「えっと、やはり実力でしょうか?」
府芭が疑問系で答えた。
「それもあるが、それは一番の理由ではないよ。今回遠征前に被害状況が送られてきただろう。それでこの支部が最も高かったのは何だ?」
全員思い出しているのだろう。カオルから目線が外れた。
「隊員の殉職」
啉が一番に答えた。
「正解だ。隊が三人以上の隊員を失った場合どうなるか覚えてるか?」
「三人以上の隊員が一度に殉職した場合、隊は解散となります」
府芭が答えた。
「その通り。今回殉職した隊員の中には隊長もいた。各支部の最低小隊数は一五。だが、今回で近江支部は一二小隊となった。そこで、隊長を始めとする新部隊が選抜される。つまり今回の遠征で選ばれた隊の中から、隊長を選ぶと言う事だよ」
初めて聞かされる話しに、四人は隠すことなく驚いた表情をした。四人とも実力で遠征部隊に選ばれたとばかり思っていたから、遠征部隊の選抜にそのような真意があったとは思いも寄らなかった。
「では隊長殿以外の中から、近江支部への配属かつ隊長へと拝命される者が出ると言う事ですね」
「必ずと言うわけではないが、ほぼ間違いないと言っていいと思うよ」
四人とも黙り込んでしまった。
これは隊員にとっては昇進であり、もっと喜んでもいい話だ。だが、四人とも全くそのような表情はしていなかった。
「僕としては、自分の隊から隊長が選抜されるのは素直に嬉しいし、とても誇りに思う」
「もし選ばれたとして、辞退する事は可能ですか?」
府芭の表情は真剣そのもので、その表情からカオルは以前の府芭との会話を思い出していた。
「可能ではあるだろうが、新種の蟲が現れた今辞退して欲しくはないだろうね」
「隊長殿、その話はいつ頃になるのでしょうか?今すぐと言うわけではないのでしょう?」
「遠征中はないよ。決まるのは向こうに帰ってから」
「そうですか」
「他に聞きたいことはない?」
カオルは四人を見渡すと立ち上がった。
「それじゃあ今日はこのぐらいで。おやすみ」
カオルが食堂を後にすると、四人はまた座り込んだ。
「考えられるとしたら・・・府芭、あんたよ。ちゃんと考えなさい」
ミシェイラはそれだけ言うと出て行ってしまった。
「府芭殿、あなたの意思は決まっているのでしょう。ならば迷う事はありませんよ。貴方の意思を貫き通すべきです。それでは私もこれで」
「ああ、ありがとう」
ハウスが立つと、啉も一緒に立った。
府芭は重たい腰を上げると、自分の部屋に戻った。―――彼の顔には、まだ迷いが残っていた。
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