7.5
十五時、烏鷺隊は研究棟にある第一研究室にいた。
第一研究室はメディカルチェックを行う部屋で、五台の寝台といくつもの医療機器が置いてある。五人はその寝台に寝かされ、体中を機器に繋がれていた。さながら製造されているロボットのようだ。
また、メディカルチェック中は一切動くことを許されないため、動けない苦痛と退屈さで、隊員達からは倦厭されている。
「いつ着てもこの検査衣は地味ね」
「検査衣にこだわる必要性もないと思うがな」
ミシェイラの独り言ともとれる言葉に府芭が返した。
検査を受けている最中、大半の者が退屈しのぎに話をして過ごす。烏鷺隊もその大半に当てはまっている。
検査衣は、女性は赤、男性は青と色分けされているが、それ以外は全く同じだ。ごく稀に、男が女性用の検査衣を着用していることがあるが、本当に稀だ。
「服は何でもお洒落なほうがいいのよ。これだから府芭はダメね」
ミシェイラがわざとらしく溜息をついた。
「検査衣にお洒落を求めるお前のほうがどうかしている」
「そんなんだからモテないのよ」
「どうして今の話でその流れになる」
隣に並んでいた二人は寝転んだ状態のまま睨み合った。
今にも掴み合いになりそうな二人だが、決して動いたりはしない。もし機器に繋がれている状態で動けば、数値が狂ってしまう。そうなれば、検査のやり直しで、忙しい研究員の短い就寝時間を奪ってしまうことになる。
過去にその過ちを犯した隊員がいたが、飛鳥井からそれはそれは恐ろしい罰を与えられたと噂がある。勿論、この噂を知らないミシェイラと府芭ではない。
「二人とも、所長のお出ましだからそれぐらいにしときな」
二人がガラスの向こうに目をやると、二人を睨みつける飛鳥井の姿があった。鬼の形相を目にした瞬間、二人は一瞬で大人しくなった。その様子を見ていたカオルとハウスは笑い、啉までも声を潜めて笑っていた。
五人はメディカルチェックが終えると、一度休憩をはさみ水分補給を摂った。
「一五分後に衣の調整よ」
飛鳥井が告げた衣の調整とは、個々の身体に合わせて作られた衣を纏い、実際に戦闘を行うことだ。
あらゆる状況を想定し、豪雨、暴風、業火などの状況を作り出し、その中で戦闘を行う。全ての仮想戦闘が終え、データ上の問題がなければ、そのまま本人に支給される。
「こっちはさらに長いから嫌になるわ」
「仕方ないよ。何かあってからでは遅いからね」
調整時間は約一二〇分。ハロウィン・ホラーを戦い抜いたカオルにとっては大したことのない時間だが、あの日あの場で戦っていなかった者には、この調整時間は少々酷な時間になっていた。
そして長い調整が終え、ようやく五人は解放された。後は、結果を待つだけだ。
「啉、大丈夫か?」
ずっと下を向いている啉の様子を不審に思い、カオルが顔を覗き込んだ。
「大丈夫。少し疲れただけ」
「少し休んでいれば良くなるよ。多めに水分を摂りな」
カオルはテーブルに置かれている栄養ドリンクを啉に手渡した。
「ありがとう」
啉は受け取ると一気に呷った。
「検査の結果が出たわ」
検査が終わって十五分ほど経ち、飛鳥井が休憩室にやってきた。
「それぞれの黒腕に結果が送ってあるから確認して。みんな問題は無かったけど、三日以内に何か違和感があったら直ぐに言いなさい」
「分かりました。それじゃ、僕達は戻ろうか」
カオルが立ち上がると、四人も飛鳥井に一礼してから後に続いた。
検査の後は八時間激しい運動が禁止とされている。念には念をということだ。その為、一同は明日まで暇を持て余す事になっている。
「この後どうしようかしら?」
研究棟から本部に戻る途中、ミシェイラが呟いた。ようやく解放されたからか、一同の顔は晴れている。
「予定がないのなら、一緒に外でご飯でもどう?ご馳走するよ」
カオルが振り返りながら言った。
「えっ、もちろん行くわ!」
滅多にないカオルからの誘いにミシェイラは一瞬息も忘れて口を開いていたが、ハッとするとすぐに返事をした。それはもう、輝かしいほどの笑顔でだ。
「他の三人はどう?」
だが、二人きりじゃないのかと分かった瞬間、一気にテンションが下降した。
「お供させて頂きます」
「俺も大丈夫です」
「行く」
三者三様の返事だったが、全員が嬉しそうに同伴の意を表した。
五人は一度各々の部屋に戻り身支度を整えると、エントランスに集合した。
「あれ?烏鷺隊長じゃないか」
五人が揃い外に出ると、ちょうど楊隊が巡回を終えて帰ってきたところだった。
府芭とミシェイラは口に出してしまいそうな勢いで、バッドタイミングと思った。
・・・・ミシェイラはどうしてこうなったのかと嘆きに嘆いていた。
巡回が終わって帰ってきた楊隊と偶々出くわし、楊がカオルにどこ行くのかと尋ね、全員でご飯に行くといえば、矢田が勢いよく食いついてきた。勿論カオルは拒否することなく同伴を許した。
そして、現状はカオルの隣に座ことなど叶わず、風間と土師に挟まれてヤケ酒という状況だ。
「ミシェイラはいい飲みっぷりだな」
風間がミシェイラの肩に手を回そうとしたが、凄まじい力で叩き落とされた。
「気安く触らないでちょうだい。本当だったら隊長と美味しくご飯食べてるはずだったのにっ!」
ミシェイラは完全に酒に吞まれてしまっていた。反対側に座っていた土師は困り顔で、どうしたものかと風間を見ていた。が、風間はそれに気づかぬふりをして、懲りずにミシェイラに絡み続けている。
「まあまあ、今日は思いっきり呑もうよ」
風間は店員を呼ぶと酒の追加を注文した。
「風間さん、もう止めた方がいいですよ。ミシェイラさん相当酔ってますよ」
土師の言うとおり、ミシェイラは店に着いてからひたすら酒を呷っていた。
「大丈夫だって。帰りは俺が背負って帰るから」
「いえ、それだけはダメです。間違いなく送り狼になります」
土師が全力で反対するが、風間はさらに口角を上げた。
「男はみんな狼さ!」
「風間さんって、おちゃらけてるのか本気なのかよくわからないですね。わざとそうしてるんですか?」
風間が酒の入ったグラスを揺らしながら考えるふりをした。
「どうだろうな」
「どうだろうなって、そんなんでいいんですか?こんな時代なんですから、真剣にいくべきですよ。顔だけはいいんですから」
「おい、顔だけはって何だよ。お前もそのズバズバ言う性格どうにかした方がいいと思うぞ」
風間の言葉に土師がムッとした表情を作った。
「俺は思ったことははっきりと言いうようにしているんです。言いたいことは言わないと、後で後悔することになりますよ。言わないで後悔するよりは、言って後悔する方が断然いいです」
「はいはい、その話は聞き飽きた」
二人が押し問答を繰り返していると、誰かの影がかかり振り返った。
「ミシェイラ、大丈夫か?」
カオルだった。
既にミシェイラは机にうつ伏しており、起きているのかも分からない。カオルが優しく肩をゆすると、ミシェイラが顔を上げ振り返った。
「ん~、たいちょ?」
呂律の回っていない言葉に、カオルが苦笑した。
「ミシェイラ、先に帰らせてもらおう」
ミシェイラが潰れているのを見かねてやってきたのだろう。隣にいる二人にはどちらの方が大人なのか分からなくなった。
土師はちらりと風間を見るが、風間はその視線に気づくことなく、二人をじっと見ていた。
「やだ。まだ呑むもん!」
「抱えてあげるから。わがまま言わないで帰ろう」
カオルが頭を撫でると、ミシェイラが拗ねてように腕を伸ばした。それを見たカオルは小さくため息を吐いた。
「仕方ないね」
ミシェイラの伸ばした腕を引き立ち上がらせると、軽々と抱えた。抱えたと言うのは語弊があるかもしれない。それは女性なら一度はされてみたいお姫様抱っこというやつだ。
「楊隊長、すみませんがお先に失礼させて貰います」
「ああ、気にしないでくれ」
カオルはハウスに目を向けると、ハウスが頷き返した。
府芭は矢田に捕まり逃げる事が出来ず、啉は楊の隣で静かに食事を続けている。
カオルは店を後にすると、ミシェイラの酔いを醒ますためにゆっくりと歩いて本部に戻った。
二人が抜けた後、風間の気分は急降下していた。
「風間、どうして自分が送ると言わなかったんだ?お前、本気なんだろ?」
カオル達が帰ってから、楊は風間の隣に移動していた。
「でも、烏鷺隊長には敵いませんよ。ミシェイラも向こうにしか気持ち向いてないみたいですし」
風間も酒が回ってきているのか、普段の姿からは在り得ないほど弱気な姿を見せている。
「烏鷺隊長のは少し違うぞ。詳しい事は言えないが、彼のは過保護なだけで、ミシェイラのことをそうゆう対象では見ていない。だから自分から積極的に行かないと損をするぞ」
風間は考え込むようにして酒の入ったコップを眺めた。
「烏鷺隊長は、過去に何かあったという事ですか?」
風間の隣にいた土師が聞いた。
「まあ、な。だから烏鷺隊長の行動については深く考える必要はないよ」
「・・・わかりました。もう少し頑張ってみます」
風間は酒を呷ると、酒のおかわりを注文した。
「てか、ずっと気になってたんですけど、隊長は何で烏鷺隊長のこと気にかけてるんですか?いや、気にかけてるぐらいなら何も言わないっすけど、自分の家族のようにというか、恋人のようにというか・・・隊長こそ過保護ですよね!」
風間もどう表現したらいいのかわからないのだろう。言葉を探しながら話していた。楊はと言うと、第三者の目にそのように映っているとは知らず微苦笑した。
「いや、風間の考えているような思いは抱いていないよ。ただ、心配なだけなんだ。お前らも俺が前期メンバーなのは知っているよな?」
風間は頷いた。
楊の言う前期メンバーとは黒祇が結成されてからハロウィン・ホラーまでに集められたメンバーの事を言い、ハロウィン・ホラー後に入隊した者は後期メンバーと喩えることが多い。
「俺が黒祇に誘われて入った当初の烏鷺隊長は、今のような感じじゃなかったんだ」
いつの間にか楊の話しを残っていた全員が耳を傾けていた。
府芭、ハウス、啉の三人は入隊当初のカオルを何も知らず、今まで気になっていたことが知れる絶好のチャンスかもしれないと真剣に聞き入っていた。
「俺が黒祇に入ったのは結成されて半年ぐらいだったから、当時の烏鷺隊長はまだ七歳で身体もすごく小さかったんだ。単純に言えば子供だよな。そんな子が黒祇の創始者と聞けば誰もが驚きを露にしていたよ。小さな子供が大人と同じ訓練を熟し、戦場に出ようとしているんだ。彼の事を思う人は猛反対していた。だけど、彼の才能は群を抜いていたから、誰も何も言うことが出来なかった。元軍人の人もたくさんいたが、そいつらよりも強くかったし、頭も切れた」
楊はそこで一度切ると、酒を口に含んだ。愁いの帯びた表情はその当時を思い出しているのだろう。その表情一つで、楊がどれだけカオルを大切に思っているのか十分にわかった。
「昔から烏鷺隊長は凄かったんですね」
話しが区切れたところで、風間が単純な感想を述べた。
「とても凄かったよ。でも、危うさがあったんだ。昔の彼は死を何とも思っていないところがあって、いつ死んでも構わないって感じだったんだ。だから、どんな無理なことでも可能としていたし、誰にも出来ない事をやってのけていた。そんな姿を俺は見ていられなくてね。子供の彼がどうして死に急いでいるのか、それを知りたくて、止めたくて、彼の傍にいるようになったんだよ」
「その理由は知ることが出来たんですか?」
風間の質問に楊は首を横に振った。
「ダメだったよ。昔の彼は無口でね、創始者以外の者とは必要最低限の事しか話さなくて、何を聞いても答えてもらえなかったよ」
楊は眉を下げ、困ったように笑った。
「隊長って、昔は無口だったんですか?」
ずっと聞き手に回っていた府芭が口を挟んだ。
「ああ、そうだよ。今とは大違いだから、想像付かないかもしれないけど」
府芭は大きく頷いた。
彼らの知る烏鷺隊長とは、強くて、人当たりが良くて、誰にでも平等に接し、優しく話しかけてくれるような人だ。だが、楊の口から出てくるカオルは異なる部分が多いと言うよりは、別の人物について聞いているように思えた。
「まあ、あの頃の彼は小さな子供だったから、そんな子に大人と同じような対応を求める事自体が間違いなんだけどね。どうしても彼の強さと立場からそれを求めてしまう人が多くて、色々と煩わしいところもあったんじゃないかな」
楊の言う通り、七歳の子供が組織に所属し、更に上に立っているというのは普通では有り得ない事だ。組織の中の誰よりも人生経験が短く、世の中のことさえよく分かっていない子供が、人の上に立つというのは相当な重荷になっていたに違いない。本人がどう感じていたかは定かではないが。
「お一つお聞きしてもよろしいですか?」
ハウスが律儀に質問の許可を申し出た。
「ああ、構わないよ」
「お答えできない事でしたら黙秘で構わないのですが、隊長殿は以前にも隊を率いておられたのでしょうか?」
ハウスの質問に楊の顔に影がかかったような気がした。その変化に全員が気が付いた。
「そのことは知らない者には口外できないことになっているんだ。だけど、烏鷺隊長が以前隊を率いていたのは事実だよ」
「そうですか。差し出がましい質問をお許し下さい」
「いや、俺のほうこそすまない」
知ってはいけない理由が何なのか三人は気になったが、カオルが知られたくないから口外が許されていないことぐらいは酒に酔った頭でも理解できた。
「隊長の子供の頃が見たい」
啉のボソッと呟いた言葉に全員の視線が集り、直ぐに楊に戻った。
「残念だが持っていないよ。持っているとしたら、本人か総帥じゃないかな」
全員が項垂れた。
今のカオルの容姿から、子供の頃のカオルが愛らしいことぐらい容易に想像が付く。それを見たいと思うのは仕方のないことだろう。
「あ、でも隊員記録の写真は当時のものじゃないかな?」
瞬間、全員が黒腕を操作し始めた。・・・が、隊員記録を閲覧する事が出来なかった。
「言っとくけど、隊員記録は許可が下りないと見れないよ」
一瞬にして全員がまた項垂れた。
隊員記録の閲覧には総帥秘書の許可下りなければ閲覧する事はできない。だが、申請書の理由になんて書くべきなのか。いや、何も書く事ができない。ならば、カオルに直接お願いするほうが早いだろうと三人は思った。
「でも、隊長の部屋に写真なんて飾ってないです」
府芭が項垂れながら言った。カオルの過去を知っている府芭はそれも当然かと思った。
店員が閉店を告げにくると、一同は店を後にした。矢田に吞まされ続けた府芭はハウスに支えられながら歩き、啉も反対側から府芭を見守っていた。楊隊の一同も出来あがっている者が多く、フラフラと楽しげに歩いていた。
「府芭くん、大丈夫か?矢田が無理矢理吞ませて悪かったね」
「いえ、大丈夫です」
楊も結構なあ量の酒を飲んでいたはずなのに、酔った様子は微塵も無かった。
「矢田も楽しそうだったから許してやってね」
「はい」
府芭は辛そうにしながらも、苦笑を返した。
その後ろでは今もなお府芭に絡もうとしている矢田を土師と東西が押えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます