翌日、全支部及び全隊員への一斉通達に、黒祇が騒然としていた。



          【緊急通達】


  昨日、武蔵にて新種の腐蝕蟲が出現。これまでに存在した腐蝕蟲とは違い、

  知能・言語を保持。また戦闘力も増強。

  よって、これより巡回及び訓練の強化体制を行う。

  各々の支部長及び隊長の指揮のもと巡回内容の確認、また訓練内容の見直

  しを行うこと。

  被害を未然に防ぐため、隠密部隊の派遣も行う。


  

  以上               

                        黒祇総帥 九々龍元



 通達内容を読み終えた誰もが驚愕の表情を浮かべ、言葉を無くしていた。

 戦闘時の詳しい事が記されていないにもかかわらず、内容があまりにも衝撃的でそんな些細なことに大半の者が気が付けていない。常ならば、その時の戦闘状況なども記されていなければならないし、文句が出てもおかしくはない。だがそんなことも気にならないぐらい、「新種の腐蝕蟲」という単語に誰もが意識を駆られていた。

 しかし、全員が全員驚きに紛れた恐怖に陥ったわけではなかった。ほんの一部の猟奇的な人間には、興奮材料としかなっていなかった。


「隊長、今朝の通達は本当ですか?」


府芭が固い表情で口を開いた。カオル以外の全員が同じような表情を作っている。

 烏鷺隊は昼からの巡回前に全員が集まっていた。今朝の通達を見た瞬間、全員がカオルに連絡をしてきたからだ。間違いなくどこの隊も同じような状況になっているだろう。


「紛れも無い事実だよ。昨日、新種の腐蝕蟲エントマに遭遇したのは花影隊。驚きもあって対処が遅れたのもあるだろうが、花影が手も足も出なかったと言ってた。奴らは間違いなく人間に近い存在になっている」


深刻な状況に全員の表情がさらに強張った。

 四人の頭の中は、あの日の恐怖が呼び起こされていた。いや、全身で感じ取っていると表現するのが正しいかもしれない。

 当時、カオル以外は何の力も持たない一般市民で、ただ逃げ惑うしか出来なかった者の一人だった。力を持たなかった者にとって、あの日は恐怖以外のなにものでもない。力を持つ者ですら、あの日の惨劇は思い出したくないものだ。

 黒祇に入隊して力を得た今でも、誰もがあの日の恐怖を身体に染み付いて落とせないでいる。


「虫けら如きが!」


ミシェイラが吐き捨てるように言った。それは、己にまとわり付く恐怖を取り払う為に見えた。


「それで、今後の対策は決まっているのですか?」


ハウスの問いに、カオルは黒腕こくわんを操作した。


「今後について、巡回は二小隊が合同で行う事に決まった。既に巡回プログラムも変更されているし、それぞれの黒腕にもデータが送られているはずだよ」


四人は黒腕を起動すると、巡回プログラムを呼び出した。

 黒腕とは黒祇腕輪型端末装置のことで、これを略して「黒腕」と言っている。


「げっ、やなぎ隊じゃないの」


ミシェイラがプログラムに目を通すと、心底嫌そうな声を出した。


「俺も楊隊はちょっと」


府芭もミシェイラ同様に嫌そうな顔をした。それに対してカオルは微苦笑するだけで何も言わない。

 ミシェイラと府芭がこんなにも嫌がるのには、楊隊の隊員の性格に問題があった。

 楊隊は実力こそ優秀だが、悪目立ちすることも多く、苦手とする者も少なからずいる。全員が女性受けする整った容姿に可愛い子には直ぐに絡む事から、別名「ホスト隊」と呼ばれている。女性に対しては特に優しくお姫様のように扱い、助けた女性が一目惚れすることは少なくない。故に、一般人からの声援は熱く、彼らの隊のファンは多い。

 ファンで言えば、カオルも負けていない。非番の日にカオルと出かけた際、黒祇の烏鷺カオルと気が付いた人々に囲まれたのは一度や二度ではない。腐蝕蟲に襲われているところを助けた女性からは、度々贈り物が来ていることも確認済みだ。それを見つけるたびにミシェイラが嫉妬に狂い、宥めるのに苦労もしていた。


「俺、楊隊と会ったこと無い」


二人の反応に首を傾げていた啉が口を開いた。


「そっか、啉はまだ会ったこと無かったね。楊隊は少し変わってるけど、実力は確かだから安心していいよ」


啉は黒祇に入隊してまだ半年しか経っていない。

 黒祇に入隊するには、黒祇養成学校で行われる入隊試験に合格しなくては入隊する事ができない。

 実力主義である黒祇は、年に三度行われる試験で合格者は受験者の三割にも満たない。ここ数年の入隊試験は人手を補うために容易になっていると言われているが、決してそのようなことはない。

 カオルは数年に一度試験官として参加するが、あの三日を生き延びた人々は安寧を奪われたことで、ただ生きるだけではなく戦える力への貪欲さが増した。おそらく大切な者を亡くしたことで、腐蝕蟲への憎しみが人を強くしているのだろう。

 それと、もう二度と大切な人を失わないためにも。

 五人は今後の施策について話し終えると、楊隊と合流する為に正面玄関へと向かった。ミシェイラと府芭の顔にはっきりと憂鬱と書いてある。それをハウスが楽し気に眺めていた。


烏鷺うろ隊長!」


烏鷺隊がエントランスに下りてくると、既に楊隊が全員揃って待っていた。

 さすがホスト隊と言うべきだろうか。まるで楊隊のまわりだけ花が飛んでいるかのような空気があり、そして迎えられた爽やかな笑顔にカオル以外の四人は頬を引きつらせた。

 カオルが楊に近づくよりも先に楊がカオルへと近づいてきた。


「お待たせしました、楊隊長」

「いや、今来たところさ」


ひと昔もふた昔も前によく見た恋人同士のようなやり取りをする二人に、言葉にしがたい空気が流れる。

 だがそんな空気をかき消すかのように、奇妙な声がエントランスに反響した。


「~~~~~~っ!」


カオルと楊は声の発信源を確認すべく、すぐに振り返った。


「ミシェイラ、久しぶりだな。今日も美しいよ」


ミシェイラはげんなりとした表情で男とは反対側を向いていた。

 ミシェイラに絡み始めたのは、柳の右腕とも言われている風間凛。楊隊では最年長で、鍛えられた身体に少し強面な顔つきをしているが、笑うと可愛いと女性に評判だ。


「府芭君、今日もお肌すべすべ。食べちゃいたいなあ」

「ヒッ!」


府芭の表情は青ざめ、小さく身体を震わせている。 

 府芭に絡んでいるのが矢田やた強兵きょうへい。男色ではないが府芭の反応が好きで構ってしまうらしい。可愛い子が好きで、男女問わず可愛い子がいれば絡みに行く。趣味は肉体チェックをすることだ。

 そして、先程の奇妙な声の発信源は府芭だったようだ。なにやらお尻を撫でられたようで、お尻を守るようにして逃げている。

 カオルは微苦笑し、楊は呆れたように首を振っていた。


「二人ともそれぐらいにしとけ。烏鷺隊長からお仕置きをされるぞ」


隊長の言葉なだけあって、二人はすんなり離れ、解放された二人はすぐにハウスの背に逃げ込んだ。


「烏鷺隊長のお仕置きなら喜んで受けますよ。あま~いお仕置きお願いしますね」


矢田がカオルに向かって投げキスをしながら言った。この返しに、カオルは笑みを返すだけだ。それに対して矢田は不満げだったが、カオルには慣れたことだった。


「さあ、行こうか」


カオルが歩き出すと、楊が隣に並び、その後を全員が続いた。

 烏鷺隊と楊隊が合同で巡回を行うと、どうしても視線を集めてしまう。街の人々はいつもより人数の多い巡回で関心を寄せているのもあるだろうが、何よりもカオルを始めとした、見目の良い者たちが集まっていることが一番の要因だ。

 だが、当の本人達に気にした様子は一切無かった。


「強化訓練指導はどうでしたか?」


カオルは隣を歩いていた楊に向かって話しかけた。

 楊隊は三ヶ月間山陽道の支部で強化訓練を行っていた。

 指導員に選ばれるという事は勿論名誉な事であるが、通常任務よりも骨が折れることには間違いなかった。

 楊はその時のことを思い出しているのか、疲れたような表情を作った。


「一言で言うと大変だったよ。俺の隊は初めてだったから、勝手がよく分からなくてね」


 楊は普段から事務作業も熟しているが、その倍以上の仕事量になるだろう。

 強化訓練指導員は指導内容の考案に、各隊に課題の提示などと山ほどの仕事がある。初めての隊は大抵が疲労困憊の状態で帰ってくる。


「でもいい経験になったんじゃないですか?楊隊長だけでなく、隊員にとっても勉強になったでしょう」

「それは思うよ。人の上に立って指導するってのは本当に大変な事だからね。だから、今回で烏鷺隊長や他の創始者の大変さが改めて分かったよ」

「総帥やブラムに比べれば僕は何てことありませんよ。最年少ですから、大したこともしていません」


カオルの発言は明らかに謙遜だった。楊の仕事量に比べて、カオルは何倍もの仕事を熟しており、楊もその事をよく知っている。


「そう言えば、今の隊で指導員はした事がなかったか?」

「ええ、この隊になってからは一度もありませんね」


 後ろで話しを聞いていた者たちの表情が変わった。烏鷺隊の者たちだ。


「なあ、今の話知ってたか?」


府芭が小声で隣のミシェイラに話しかけた。


「いいえ、知らなかったわ。そんな話一度も聞いたことが無いもの」


ミシェイラも府芭同様に小声で話した。何故だか分からないが堂々と話していい内容では無いような気がした。

 府芭は後ろの二人にも目をやったが、話しの内容を聞いていた二人は首を横に振った。

 以前からいた者に聞けば分かるのかもしれないが、本人のいないところで探るような事は四人には出来ない。

 府芭は二人の隊長に視線を戻した。


「府芭なんかは将来的にも隊長の可能性があるから、一度は経験しておくのもいいと思うけどな」

「ええ、そうですね。府芭は近いうちに隊長昇格も有り得るでしょう。府芭ならいい隊長になると思います」


カオルの親ばか発言に、楊は微笑した。


「烏鷺隊長のお墨付きとあれば、今後に期待できそうだ」


 巡回を始めて五時間が経ち、新種の腐蝕蟲との遭遇も無く無事に終えるかと全員が安心し始めた時、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。

 誰の合図もなく、全員が一斉に悲鳴のした方に駆けだした。

 近づくにつれて騒ぎの音が煩くなっていく。街は逃げ惑う人でごった返し、女性の悲鳴や子供の泣き声でパニックに陥っていた。

 全員が到着すると、そこには喰い散らかされた人に六体の腐蝕蟲がいた。


「やあっとお出ましか!」


動揺、恐怖、怒り、全員の表情は様々だった。


「全員、抜刀ばっとう


カオルの合図に全員が武器を抜いた。


「一人で戦うな。行け、断罪だ!」


一斉に其々が敵に向かっていった。

 カオルは他の腐蝕蟲には目も呉れず、一番奥にいる者に向かって飛んだ。目にも止まらぬ速さでカオルが迫ってきているにも関わらず、腐蝕蟲は余裕の態度で待ち構えていた。

 カオルは、一撃で仕留める勢いで刀を揮い下ろしたが、腐蝕蟲は腰に刺していた剣を抜くと易々と受けきった。


「へえ、あんたが隊長かあ。美味しそうな血肉の匂いがするよ」


男のねっとりした高い声は、カオルに不快感を与えた。

 男の身体からは血の臭いしかしない。ここに来るまでにも人を襲っていたのかも知れないし、ずっと人を蝕しているから身体に染み付いて取れないのかもしれない。


「新種の蟲はよく喋るようだな」

「随分と失礼な呼び方だな。俺らはお前たちと同じ人間というのに、蟲扱いはないだろう」


カオルの言葉に腐蝕蟲は、大げさな手振りで話した。


「人を捨て、人を喰らう獣が何を言う。お前達を作り出したのは誰だ?答えろ」

「いいねぇ、その顔。恐怖に歪んでいく顔が見てみたい」


男はカオルの質問には答えず、一人勝手な言葉を並べていた。


「本当にお喋りが好きなようだ」


 カオルが奥歯を噛み締め、切りかかろうと刀を構えなおしたところに、短剣が飛んできた。


「隊長、ご無事ですか?」


助太刀に来たのは府芭だった。府芭は刀を構えなおすと、カオルの隣に立った。カオルが府芭の来た方向に目をやると、楊が戦闘中だったがそれももうじき片付くのだろう。明らかに楊が優勢だった。


「府芭、気をつけろ。絶対に僕より前に出るな」


府芭は目の前の敵を見ると、ニタリと笑う敵の顔に一瞬怯んだが、しっかりと頷いた。


「行くぞ」


カオルの合図に二人は同時に飛び出した。

 同時攻撃にも関わらず、腐蝕蟲は易々と避けていた。

 カオルの実力であれば、腐蝕蟲を一瞬で仕留めることが出来ていた。しかし、新種の腐蝕蟲を目の前にして、黒祇内で最強と謳われるカオルが苦戦を強いられている。此処で漸く、カオルは花影が怯えていた理由が理解できた。腐蝕蟲は一度もカオルから目を離していないにもかかわらず、府芭の攻撃も避けている。普通の隊員では手も足も出ないだろう。

 府芭が背後から切りかかると、漸くカオルから目を外した。


「そっちの子も可愛い顔してるなあ。さっきの怯えた顔はすっごくそそられたよ」

「減らず口が」


府芭が腐蝕蟲の挑発に乗るように間合いをつめようとし、カオルが声を上げた。


「止せ、府芭」


だが、府芭が動きを止めるよりも先に、腐蝕蟲の動きが、空気が、一変した。


「そこまでだ、お前達」


響き渡った一言で、腐蝕蟲達の動きが一瞬にして止まった。カオル達も同じように動きを止めた。

 騒然としていた場は、何者かの言葉によって静寂と化した。


黒白うろ様」


カオルと今の今まで戦っていた腐蝕蟲が名前を囁いた。

 腐蝕蟲達と同じ方向に目線をやると、ビルの屋上に誰かが立っている。だが逆光で顔が見えず、ぼんやりとりた姿しかわからない。

 カオルは光を遮るように目を細めると、じっとその男を睨んだ。


「食事が済んだら帰ってくるように命令したはずだよ」


男の言葉に、カオルの目の前にいた腐蝕蟲が怯えた表情をした。それは尋常でないほどに怯えており、目には恐怖の色しかない。

 こいつが腐蝕蟲の首領だとカオルは確信した。


「も、申し訳ございません」


腐蝕蟲達は恭しく頭を下げた。


「帰るよ」


男の声に腐蝕蟲たちがビルの屋上にいる男の後を追い飛んだ。


「逃がすか!」

「府芭、ここまでだ」


追いかけようとした府芭を、カオルが押さえた。

 腐蝕蟲達の気配がなくなるのを確認すると、漸く全員の肩から力が抜けた。


「被害状況を確認し、直ぐに救護隊を手配しろ」


楊が直ぐに指示を出し始めた。その声に全員が再び動き始めたが、カオルはさっきまで男の立っていた場所をじっと見続けた。

 圧倒的な存在感、得体の知れない恐怖に誰も動く事が出来なかった。自分にあれを断罪することができるのか。そんな疑問が頭の中に居座っていた。

 けど、カオルの中に恐怖はなかった。


「烏鷺隊長、総帥が戻ってこいと言っている。後は彼らに任せよう」

「分かりました」


カオルはハウスに先に戻る事を伝えると、楊と一緒に本部に戻った。


「烏鷺隊長、さっきの奴はやはり」

「ええ、間違いないでしょう。あそこにいた六体の腐蝕蟲とは比べ物にならないほどの力を持っていました。腐蝕蟲たちの怯えようも尋常ではありませんでしたし」

「俺の近くにいた蟲も恐怖に震えていた。だがこんなところに頭が出てくるのは変じゃないか?別の者を使いに出すぐらい何てことないだろう」

「僕もその点が気になりました。もしかしたら、何か別の用が合ったのかもしれません。その次いでと考えると、まだ納得できます」

「・・・そうだな。そう考える方が自然だ」


二人は本部に戻ると、その足で最上階にある部屋へと向かった。

 扉はノックする前に開かれ、部屋の前で一度止まり敬礼をしてから足を踏み入れた。


「何が遭ったのか説明してくれ、カオル」


男は窓の外に目を向けたままカオルに話しかけた。

 彼はこの部屋の主であり、黒祇の総帥、九々龍元くぐりゅうげん。カオルと同じく創始者であるが、上に立つ者としてカオルとは全く別の貫禄を持ち合わせている。

 カオルは一歩前に出て、両手を後ろに組んだ。


「巡回中に六体の新種の腐蝕蟲と遭遇。昨日の花影の報告と同様、全員が知能を失っておらず、明確な意思を持って行動をしていました。戦闘能力も今までの蟲より遥かに上です。我々は一体に対して二人以上で攻撃を仕掛けましたが、今回断罪できたのは一体だけです」


元が小さく息を吐き出したのがわかった。


「その一体は君たちが倒したのか?」

「いえ、その一体を倒したのは我々ではありません。楊隊の矢田と僕の隊のハウスです。それと、もう一つお耳に入れたいことがございます」

「続けなさい」

「戦闘中に腐蝕蟲の首領と思われる者が現れました。其の者の声で全ての腐蝕蟲が戦闘をやめたことから、間違いないと思われます。それと、僕が戦っていた腐蝕蟲が其の者を『黒白』と呼んでいました」


カオルの言葉に驚いたのは元ではなく楊だった。

 楊の中では「烏鷺」、つまりカオルと関係のある者ではないかと、嫌な予想が組み立てられた。だがどれだけ動揺しようと、今ここで詮索すべきではない事ぐらいの判断は出来ていた。


「確認すべきことがあるな」


元は低い声で告げた。


「はい」


カオルは間を置かず返事をした。


「総帥、僕に一任していただけないでしょうか?」


元は眼を閉じ思案すると、カオルを見据えた。


「一週間の時間を与える」


カオルは深々と頭を下げると、部屋を出た。楊も続いて部屋を出ると、直ぐにカオルを止めた。


「一人で何をするつもりだ?」


楊の表情は、これから死地にでも向かうような険しい表情をしていた。


「楊隊長、あなたに僕の隊を任せてもいいですか?」


カオルは握られた楊の手に自分の手を重ねた。


「絶対に危険な真似はしないと約束してくれ。いいな?」


楊はカオルが腐蝕蟲の潜伏先を探し出し、乗り込むのではないかと深憂を抱いていた。


「大丈夫ですよ」


カオルが微笑を浮かべた。

 楊は常日頃からカオルを自分の弟のように可愛がっている。創設当初からカオルは危険を顧みない行動ばかりをし、大怪我を負って帰ってくることも少なくなかった。今では滅多な事が無い限り怪我をする事はないだろうが、現状で滅多な事がないとは言い切れない。

 楊は、カオルが自分の手の届かないところで一人死んでいってしまうのではないかと、心配で仕方なかった。

 楊がカオルの手を離すと、カオルは去っていった。

 この手の届くところにいて欲しいのに、カオルはそれを許さない。誰にも一定の距離を持ち続ける彼の心に入り込む事は誰にも出来ない。

 楊は何もできない自分に苛立ち、勢いのまま壁を殴った。

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