第13話 じけんてんまつ


 翌朝、寝不足になった目をこすりながら、辰巳は朝早く学校に向かった。

 運営長からパソコン室に出頭を命じられたのである。

 ひかるは、昨夜の修羅場で完全に拗ねてしまった。タブレットにも出てこない。


 ガラリと扉を開けると、なぜか、ドーナツ状の円卓の中心に運営長が正座していた。

 驚いている辰己に気付くと、疲労困憊の顔で運営長が手招きしてきた。もう片方の手には何か握られている。

「たっつー、作戦は成功だよ。今日机に、コレが置いてあった」

【study buddy】廃止派に奪われていたワクチンソフトのUSBだった。

 駆け寄った辰巳は、円卓越しに渡されたUSBをそっと握りしめた。ほっと、安堵の息をつく。

「良かった、ハラハラしましたけどうまくいったみたいですね」

 運営長は肩をすくめた。

「最初に作戦を聞いたときは、危ないかと思ったけどね」

 辰己も応じるように、嘆息する。本当は使わずに済ませたい手だったから、なおさらだ。

「廃止派が納得する【study buddy】の有用性――”教師に出来ないが【study buddy】が出来ること”そして、”それでいて教師の領分を侵さないこと”――この二つを立証するには、この方法しか思いつかなくて……」

「言いたいことは、分かるよ。【study buddy】にしかできないこと。それは、『生徒一人一人の頑張りをつぶさに見て、一緒に寄り添うこと』。一人で何十人の生徒を教える教師にはできないことだ。特定の一人の生徒に付き添ったら、えこひいきになるからね。平等を旨とする教師には手が回らないだろうし」

 そう言いながら手招く運営長に疑問符を浮かべながら、辰巳も円卓を潜ってドーナツの穴に当たる空間に入った。

 どうして、運営長はここで正座なんかしてるんだろう。

 よいしょっと、と入ってみれば床に随分座っていたらしく、運営長は強張った笑いを浮かべていた。足がしびれたのかもしれない。

 なんとなく辰己も付き合って正座した。

「【study buddy】から、最期の言葉としてユーザーへ感謝の言葉を言ってもらう事が、この作戦の肝でした。普段生徒たちをよく見なければできないことですから。今生の別れになるなら、いつも性格が邪魔して言えない【study buddy】でも、内心を吐露できるでしょうし」

 この作戦は、実行するにはタイミングが難しかった。運営長は、うまく立ち回って作戦を実行してくれたらしい。確かに、ユーザー主催のイベントがはねた夜の方が、感傷的な気分になれる。

 ……でも、やっぱり運営長も辛かったはずだ。

「うん、ユーザーどころか【study buddy】達まで敵に回したけど」

 運営長の顔が引きつっている。覚悟していたとはいえ、心痛は相当なものだったらしい。辰己も罪悪感に相当さいなまれた。自業自得とはいえ、昨日は実行する前も後も、地獄だった。

 そういえばと、辰巳は今朝の運営長のメールを思い出した。

「今朝の運営長のメールで知りましたが、自分が消滅する危険を冒してまで廃止派にも尽くした【study buddy】もいたんですね。その【study buddy】も相当辛かったでしょうに。……廃止派は、どういう気持ちで昨日の最期の言葉を聞いたんでしょうか」

「後悔したんだと思うよ。ここに、ワクチンソフトがあるのがその証拠だ」

 運営長の顔がどんどん蒼ざめている。不思議そうに辰巳は小首を傾げた。

「……運営長、なんか顔色が悪いようですけど。大丈夫ですか? たしかに辛い作戦でしたけど、でも、おかげで正常化への活路が開けたんです。ここからが正念場です。彼女たちの頑張りを無駄にしないためにも、俺たちが気張らないと」

 運営長は、この上なく蒼ざめて首を振った。

「さすがの俺も、この状況で出せる元気はないなぁ……」

 らしくない言葉に驚き、辰巳は運営長の視線を辿った。

 そこに、見えたものに、

「――っ!!!」

 ……辰巳は、声なく絶叫した。


 円卓に載っていたパソコンの画面が、残らずこちらを向いていたのである。

 画面には全ユーザーの【study buddy】が勢ぞろいして自分たちを睨みつけている。

 パソコンが円卓上に並んでいるせいで、中心の二人は360度囲まれている形だ。

 全員イケメン男子だった。ものすごい迫力である。

 確かにこの状態では笑いたくても笑えない……。

 恐る恐る運営長に視線をやると、諦めたように首を振られた。

(……確かに、自分と運営長で責任取るって相談したけど! これは不意打ちすぎないか!?)

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