第12話 明日なんていらない!
最大の事件はその日の夜半に起きた。
辰己におやすみを言って、ひかるが幸せな気持ちで睡眠プログラムを作動しようとした、
まさにそのとき、……『運営』から電信が入った。
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「発:運営
宛:各【study buddy】
s-バーが、kわreえt。順じ、でーたいこうsuるがde-aたはそんのおおれあり。さいごのあいさるして。ユーザーにはしょうせあいしっらrせないで
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慌てて入力したのか、文章にすらなっていなかった。
かろうじて、差出人と宛名は分かるが、これはテンプレだからだろう。
ひかるは、何度も読み直してようやく文意を把握した。
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「発:運営
宛:各【study buddy】
サーバーが壊れた。順次データ移行するが、データ破損の恐れあり。最期の挨拶して。ユーザーには詳細は知らせないで」
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「うそ。これって……」
混乱するひかるを追撃するように、数分越しに辰巳からのメールが届いた。
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一斉送信メール:
発 『運営』セリフ監修:卯月辰己
宛:各【study buddy】
最期の言葉は、俺の考えたセリフじゃだめだ。自分自身の言葉をユーザーに送ってほしい。君がどれほどユーザーを好きだったのか、言葉にできるのは君しかいない。
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電子頭脳に、感じないはずの寒気めいたものが走る。
ひかるは慌ててタブレットの電源を内側からオンにした。
いつも通りタブレットは辰巳の部屋の壁に掛けられている。
ひかるの位置――少し高い所から見下ろした辰巳の背中は、一見して苦痛に満ちていた。
「辰巳さん! これって、本当ですか!?」
声をかけるひかるを見上げることもなく、辰巳は机についたまま沈んだ声で返した。
「今さらウソって言えるかよ……」
辰己の目の前のパソコン画面には、メール送信済みのポップが点滅していた。
さっきのメールは、本当に辰巳が送ったものらしい。
ひかるは、絶望に満ちた声で呟いた。
「……本当なんですね」
「……」
返事もできないほど打ちのめされた辰己の背中。
瞬間、ひかるの内から自分でも驚くほど強い怒りが湧き上がる。
昼にユーザーとの心のつながりを確かめ合ったのに、こんな結末はあんまりだ。
「こんな! こんなのって酷すぎますよ! やっと、みんな自分の居場所を見つけたのに、すぐにお別れなんて! しかも、二度と会えないかもしれない! データしかない私たちは、形見どころか跡形もなくなるんですよ!」
「悪い……」
言葉少なく謝る辰巳。
更に言いつのろうとした言葉が、端から消えていく。
「……!! いえ、辰巳さんは悪くないんです。ごめんなさい」
「いや、どう謝っても足りないよな……」
辰己はサーバー運営に関わってはいない。だから辰巳を責めるのはお門違いだった。
ひかるは、混乱と怒りでぐちゃぐちゃになりながら、辰巳を励まそうとした。
「ど、どんなに対策しても、いつかは起きりうる事態ですから……。でも、で、も……」
言葉もおぼつかない。サーバー破損の影響が早速出たのかもしれない。
「最期の言葉か、本当嫌なことをさせてしまった……」
焦るひかるを、よそに辰巳がぽつりと言った。
(最期の、言葉……?)
ひかるは、ぐちゃぐちゃの電子頭脳をかき回して、今すべきことを悟った。
ひかるには時間がない。
最期の言葉を伝えるなら、今しかない。後悔したくない。
混乱のさなか、出てきた言葉は、ずっと胸に秘めてきた思いだった。
「……好きです、辰巳さん」
「ひかる?」
戸惑いながら見上げる辰巳。
ひかるは怒涛のように感情の赴くまま内心を吐き出した。
「辰巳さんが私のこと家族って言ってくれて嬉しかったんです。で、でも、私、それじゃ足りない! 特別になりたいんです! ず、ずっと一緒にいて、辰己さんがお爺さんになっても、側で支えたいんです」
「ひかる!」
「ずっと思っていました。私も、人間だったらよかったのにって。電子回路と蓄積データが、私の全てです。好きな人にも触れないし、一緒に歳も取れない。死ぬ時も、形あるものは何も残せない。……なのに、感情は人間と一緒です。どうにもならなくて、苦しいのに、この気持ちをなかったことにはしたくない! ねぇ、どうして私はAIなんですか。私が人間だったら、辰巳さんをずっと好きでいてもよかったんですか? いつ消えるともしれない私に、どうしてこんな感情を与えたんですか!」
ひかるの告白に、驚くより辰巳は慌てた。
「な、なんで今になって、そんな……」
辰己にたたきつけつように、ひかるは叫んだ。
「だって、最期かもしれないんです! 辰巳さん言ってたでしょう。『君がどれほどユーザーを好きだったのか、言葉にできるのは君しかいない』って。明日消えるかもしれないのに、私、後悔はしたくない!」
「落ち着けって! サーバーに負荷がかかる!」
「いいんです! 今答えがもらえないなら、明日なんていらない! ……ないかもしれない明日に、希望なんか持てないんです。ねぇ、お願いだから……今だけ、辰巳さんの答えをくだ、さい。お願いですから……!」
懇願する声には、涙が混じっている。
いや、すでにひかるは泣き崩れていた。涙を耐えようとしてしゃくりあげるような声が、深夜の自室に静かに響いた。
辰己は、呆然とひかるの慟哭を反芻していた。
戸惑いのままに慰めようとして、声を出しかけたが、ぐっと喉を詰まらせる。
ひかるの声には誠心で応えたかった。
数瞬言葉を迷いながら、辰巳も身の内に抱えていた想いを拙い言葉で打ち明けた。
「……知らなかったんだ。そこまで俺のことを好きでいてくれたなんて。だから、戸惑っているってのが本音だよ」
「っ……ごめんなさい」
嗚咽を堪える肩が痛々しい。迷惑だったのかと、ひかるは自分を責めているに違いない。
辰己は、首を振ってことさら明るい声をだした。
「こらこら、勝手に結論出すなって。あのな、戸惑ったけど、嫌じゃない。だから、戸惑っているっていうか」
「それ、って……」
涙に濡れたままひかるは顔を上げた。ひかるこそ戸惑っていた。理解が追い付かないらしい。
辰己はひかるを見上げて、笑った。
「俺は、ひかるのことが好きだ。けど、家族しかなれないと思ってた。だって、俺とお前は同じ世界には居られないから。どうやっても、それは苦しい。だからずっと諦めていたんだけど、でも想いに蓋する方が辛い。本当に俺は馬鹿だった。お前に辛い思いをさせてしまった。なぁひかる、……本当に俺でいいのか?」
ひかるは涙に潤んだ瞳のまま、勢い込んで答えた。
「辰巳さんがいいんです! もし私が明日死んで、別の私が貴方の【study buddy】になっても、この気持ちは私だけのものです。ずっとずっと変わりません!」
静かに微笑んで辰巳も応えた。
「俺もだよ。同じ気持ちだ」
二人は静かに見つめ合う。
永遠を願う瞬間すら惜しかった。
ぐすっと、今度は嬉し涙ですすり泣きになったひかる。
照れたように泣き笑いで辰己に笑いかけた。
「……最期に、言えて本当に良かった。これで、思い残すことはありません」
辰己はぐっと怯み、ひかるから目をそらした。
しかし、これではひかるが勘違いすると気付いたのか、慌てて言葉を繋いだ。
「最期にはさせないよ」
「え?」
ようやっと、辰己はひかるを見上げたが、その瞳には後悔やら気恥ずかしさが混じって複雑な色をしていた。
「言ったろ? 『俺は、何があっても家族を見捨てない!』ってさ。というか、本当はこの騒動も仕組まれたもので……あぁ、くそ。先輩との作戦会議、お前にも聞かせるんだった。俺って最低……」
「……た、辰巳さん?」
頭を掻きむしりながらこぼされた言葉に、ひかるは困惑した。
なんだか、ものすごく嫌な予感がする。
辰己は、とんでもないことをやらかした子供のようにしょげながら、事情を説明した。
……ひかるの顔が、怒りと照れで真っ赤になった。
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