第6話 彼女は男子高校生です
「じゃ、俺はもう行くよ。たっつーもほどほどに頑張れー」
運営長はマシュマロのような腕をぶんぶん振って、とっとこと保健室から出ていった。妙にコミカルな動きだった。
忙しいだろうに、気を使って励ましてくれた。ほんといい人である。
「お話おわりました?」
しばらくして、ひかるが、ひょいっと辰巳のタブレットに戻ってきた。
「うん、俺の役割もばっちりわかった。……ここからが、正念場だな」
「ええ。私も、辰巳さんを全力でサポートします」
ひかるが頼もしく頷く。
なんだかんだ言って、辰巳とひかるのコンビで乗り越えられない障害は無かった。
これからも、この先もきっとそうだ。
辰巳は、確信を強めるように自分の手をぐっと握りしめた。
「……ところで、ひかる。なんだか後頭部が痛いんだけど、何があったか知らない?」
「……えっと」
ひかるがさっと目をそらす。
……なんだろう、早くもコンビに不安を感じてきた。
ずきずきとした痛みは、なんか嫌な予感の表れだろうか。
じっと見つめる辰巳の圧力に負けて、とうとうひかるは廊下であったことを恐る恐る告げた。
辰巳の目が、大きく見開かれた。
□ □ □
辰己は激怒した。
必ず、かのエセ関西弁のクラスの支配者を除かなければならぬと決意した。
辰己にはトラの意図がわからぬ。辰己は、クラスのオタクである。萌えなセリフを書き、ロリな妹と遊んで暮して来た。けれども後頭部への暴力に対しては、人一倍に敏感であった。
怒りのパワーで保健室を走り出る。
あっという間に自分の教室に着き、教室後ろ側の引き戸を、ヤクザ映画さながらの勢いで開けた。
「くおらぁ! トラ、よくも俺にバックドロップなんてかましてく、れた、
……な? え、誰?」
威勢のいい口上が尻すぼみとなり、困惑に彩られた。
辰巳はまさしく、愕然としていた。
なんと、目の前で、床に横座りした制服姿の女子高生が、顔を覆って泣いていたのだ。
スカートから伸びる生足が眩しい。しかも黒のニーソだ。
長い黒髪がまとわりついた細い首筋が、みずみずしい色気に溢れている。
……くらくらした。
(おい、ここ男子校……だ、ろ?)
必死で自分に言い聞かせないと、この非現実に太刀打ちできない。だが、すでに確信が持てねぇ!
不意に女の子が振り向いた。
ギクッ。
辰巳が硬直していると、女の子はふらふら立ち上がり……なんと、辰巳を押し倒す勢いで抱き付いた!
女の子は、辰巳の耳元で涙で震える声で言った。
「た、ダツミ~! おらっ……おら、お婿さいけねぇ身体にされちまっただ~!」
「え、その声、まさかお前、ベコか!?」
辰巳の驚く顔に、バシャっとカメラのフラッシュ! にやにやしているクラスメイト達が決定的瞬間を激写した!
よくわからない事態がいっぺんに起こりすぎぃ……!
混乱の極地にある辰巳に、諸悪の根源が高笑いとともに登場した。
「はーっはっはァ!! お前を騙せるんなら、上出来やな! 辰巳ぃ!」
なぜか、トラは教卓の上に仁王立ちで辰巳を見下ろしている。……ご丁寧に上履きは脱いでいた。
「トラ! どういうことだよ。しかも、なんか超いい匂いするんだけど、このベコ!」
謎の女子高生の正体がクラスメイトとわかっても、乱暴に扱えない。男の娘としての完成度が高すぎる! 辰巳は、ぎくしゃくとベコを遠ざけた。
「コレが秘策や。詳しく話したるさかい、まぁ座り。あ、ベコもご苦労さん」
と、トラは、教卓から教壇にひょいっと降りて、壇上で教師さながらに指示棒を手に取った。
ベコも短いスカートを懸命に引っ張りながら、自分の席に着いた。座ってもパンツが見えそうで、顔が真っ赤だ。
「え、あ……うん」
怒涛の展開に、辰巳も魂の抜けた徘徊者のごとくふらふらと、自分の席に着きかける。
それだけ、リアル女子高生(偽)の衝撃は強かった。
だが、うっかりで忘れてしまえるほど、辰巳の怒りは安くない!
「……ハッ。まて、俺はお前のバックドロップに抗議しようと……!」
怒りの声を上げて立ち上がる辰巳に、トラは奇妙なポーズをとった。
腕を組み、立ったままでは、あり得ないほど膝を曲げる!
……どこからか、ドドドドドと、得体のしれない地響きがした。
威圧感たっぷりに壇上から、腕組みのまま指示棒を突きつけ、トラは厳かに告げた!
「俺 は バックドロップ を し な か っ た。いいね?」
「アッハイ」
なんかもう、いいね? って言われたら、アッハイとしか言えない。なんかそういう病気だ。古事記にもそう書かれている。ワザマエ!
すっかり研修された辰巳は、すとんと座った。
「さすまた(さすがマスター)! そこに痺れる憧れるぅ!」
トラのタブレットから、トラの【study buddy】、今はショタっ子ほたるが無責任に煽る。
今期のアニメはコンプリした。しすぎて、いろいろ混ざりすぎた。
「ほたるちゃん、なんだかんだ言ってトラさんに毒されてません?」
相変わらずの事態に、頭を抱えながらひかるが苦言を呈する。
「人生は楽しむものさ。ひかる」
ほたるは男体化しても変わらない、チェシャ猫のような忍び笑いでにんまりと笑った。
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