第7話《第6次バレンタイン戦争》性別逆転祭り☆女装大作戦
ガツガツとたたきつけるように黒板に文字が走る!
ボロボロとチョークの粉……というより折れた欠片が零れ落ち、無残にも教壇の上に散らばっていた。
説明しながらとはいえ、板書は膨大だった。
トラがノリノリで書いている黒板には、踊る人形よりきも……奇妙な文字が踊っている。そして、黒板の真ん中には、数種のカラーチョークで目立つようにこう書かれていた。
【《第6次バレンタイン戦争》―Extra Stage― 性別逆転祭り☆女装大作戦】
くるっと、振り向いてトラはふふんと笑った。
「コレが、作戦の全てや!」
クラスメイトは、イエェーイと妙な奇声を上げている。テンション高すぎぃ!
辰巳は、すっかり置いてきぼりだった。
あまりに衝撃的な内容に、頭を抱えながら呻いて、ようやっと内容を整理出来たほどだ。
「つまり、お前は、『【study buddy】が男体化したなら、ユーザーも女装すればつり合いが取れる』……って言いたいわけか」
得意満面にトラは頷いた。
「どやぁ」
わざわざ口で言いやがった。
辰巳は、耐えきれずに、派手に机を叩いて突っ込む!
「どやぁ、じゃねぇよ! 流石にハードル高すぎんだろ! 見ろ、実験台のベコが涙目じゃねぇか」
辰巳が指を指した先には、男子高生が扮した女子高生(?)がしくしくと泣いている。
「こげに短けぇスカートじゃ、誰も婿にもらってくれねぇ! おらは、大和撫子が良かったべ」
「そっちかい!?」
もうヤダ! このクラスボケすぎ!
頭を抱える、辰巳。
トラは、オーケーオーケーと、子供をなだめる半笑いのアメリカ人のように手を上下させた。
そして、トラはキリッと姿勢を正すと、真面目な口調で説明し始めた。
キリッじゃねぇよ。
「もっと頭柔くせな、辰巳。『運営』がハックされて、【study buddy】は、嫁にいけねぇ身体にされたんや。しかも復旧の見込みが立たん。誰が一番つらいって、そりゃ【study buddy】や。俺たちはそれを責めるより、一緒に寄り添わな。そこで、【study buddy】の苦しみに寄り添うためにこっちも性別逆転!! 女装でライブや。あと、せっかくのバレンタインやし、いつもの感謝の気持ちってことで、俺たちから逆チョコしようぜ! ひゃっはー!! (ひゃっはー!)」
トラに唱和する形で、ヒャッハーと、テンション高くクラスメイトが叫び返す。
前半のいい話が、後半で台無しである。
「落ち着けって! お前の言いたいことは分かった。けど、本当に女装しかないのか? ユーザーが進んでやってくれるとは思えねぇよ!」
辰巳も負けず、大声で叫び返す!
トラはクレーマーをなだめるおっさんの様にふむふむと頷いた。
「悩み事ってのは、案外気分と相対的に深刻になるんや。つまり、暗い気持ちになるほど重苦しく積もってくねん。逆に笑って楽しい事考えれば軽くなる。せやから、お祭り騒ぎで暗い気分を吹っ飛ばす! 女装ならネタ満載やし手軽に笑えるからな」
「完成度が高すぎて、逆に真顔になるんですが、それは……」
真顔でベコを指さす辰巳。
そこには、顔を赤くしながらスカートの端を気にしている、どう見ても純情な女子高生がいた。
気まずそうに、トラがさっと目をそらす。
「……あ、うん。それは俺も予想外っちゅうか、想像以上の男の娘ちゅうか。まぁ……客がホモに目覚めないことを祈ろうや。さすがにそこまで面倒見きれんし」
「おい」
辰巳の冷たい視線に負けず、トラは咳払いした。
「まぁ、まず【study buddy】が笑ってくれることが第一や。この際ユーザーは、このお笑いに賛同してくれるだけでいい」
「そううまくいくわけ……、ひかる?」
辰巳は否定しようとして、やけに大人しいひかるに気付いた。いつもなら、辰巳に賛同するのに。
タブレットを覗いて、辰巳は目を見開いた。
そこには、小首を傾げながらボロボロと涙を流すひかるが映っていた。
「え、何ですか辰巳さん」
自分が泣いていることに気付いていないらしい。
「ひかる、お前……」
辰己も呆然として、言葉少なく、涙のありかを告げた。
「あ、あれおかしいな。あ、あはは」
イケメンが儚く泣いている。色気とか、可憐さが画面から溢れている。男なのに。
ほたるが、トラのタブレットから飛んできて、ひかるの背中を撫でていた。
辰巳が、気付かない間に、ひかるは追い詰められていたのだ。
それが、トラの言葉に慰められて、それで感情が溢れた。
辰巳はひかるが苦しんでいた事に気付かなかった自分に愕然とした。
「……うちのクラスの【study buddy】は全員賛同してくれたで。気持ちは皆同じや。お前はどうや、辰巳?」
神妙にトラが辰巳を促す。
我に返った辰巳は、ゆっくりと首を振った。
「……俺は、ユーザーが女装に参加してくれるとは思わない」
「……」
トラが分かっていたように目を瞑った。
「辰巳さん……」
ひかるがすがるように、小さく名前を呼ぶ。
辰巳は、ひかるを安心させるように微笑むと、言葉をつなげた。
「だから、女装大会に二の足踏むユーザーには、リボン運動で賛同者だとアピールしてもらおう。【study buddy】が男体化しても、変わらず相棒として認めてる奴にリボンを配る。んで、鞄にでも張り付ければいい。口に出せなくてもそういう意思表示するだけで、【study buddy】は安心するだろうし。女装よりハードルが低ければ、学校中が賛同してくれるかもしれない。……まぁ女装大会と並行して進めることになるだろうけど」
「た、辰巳さん……あ、ありが、と」
さっきとは違って、ひかるの声は嬉し涙に潤んでいた。
トラが詰めていた息を吐き出して、明るい声をだした。
「ははっ、乗り気やないか。てっきり反対されるのかと思っとったのに」
「俺も、このギスギスした雰囲気は不味いと思っていたんだよ。ひかるが喜んで、このイベントで全部どうにかできるっていうならいくらでも一肌脱いでやる」
照れ隠しにわざと乱暴な口調で言う辰巳。……トラは、教壇上で後ずさった。
「え、男の肌はちょっと……」
ドン引きである。
「そこで真顔になるんじゃねぇよ! 比喩だっつーの」
突っ込みに安心しながら、トラも爆弾を落とした。
「はは、あ、女装はうちのクラスは全員参加な。勿論お前も」
「お、おま……さらりとなんてこと……」
「えー、だって、お前一肌脱ぐって……」
「心の準備ぐらいさせろってこと! やるよ、やればいいんだろ!!」
「お、自分イケメンやなーヒューヒュー! ……じゃこれはもういらんな」
やけくそになっている辰己を煽りながら、トラは手に持ったポラロイド写真をビリビリと引き裂いた。
「さっきの写真? お前、何に使うつもりだったんだよ……」
「お前が駄々こねだしたら、これをお前の妹ちゃんに送ったろうか、と脅迫するつもりで」
写真には、女装のベコに縋り付かれた辰巳が写っているはずである。
辰巳は、余裕の表情でいなした。
「俺にくっついているのはどうみても女にしか見えねぇよ。妹ちゃんが妬くのなんか、俺にはかえってご褒美だろうが」
トラはゲス声で応じた。
「SSつけてBLに仕立てて送るんや。もし妹ちゃんが腐女子に目覚めたら……へっへっへ」
「や、やめてぇ! 鬼ぃ! 鬼畜! 俺の純真な妹ちゃんを引きずりこむなぁ!」
「はっはっは。命拾いしたなぁ!」
高笑いするトラに懇願する辰巳。どう考えても悪役のセリフである。
「でも、もし卯月(妹)が目覚めたら、マスターと辰巳がカップリングされるかもしれないよね。 男子校で、親友ポジだし」
ニヤニヤとほたるが余計な事を言う。空気が凍り付いた。
「あ」
「あ、って、お前……」
絶句する辰巳の目の前で、トラは震える手で取り出したライターで一瞬で写真を燃やし尽くす。
そして灰をツイストしながら踏みつけた。
「……誰が思いついたん! 純真な子を腐海に引きずり込むなんて、鬼畜な方法! 人間のすることちゃうやろ!」
「お前だよ!」
灰とチョークにまみれた教壇で、ちびが駄々をこねている。
辰巳の突っ込みがどこまでも響いた。……カオスである。
間。
それでは、――とようやく落ち着いたトラが口火を切った。
教壇の上から、居並ぶクラスメイトたちを見渡し、両手で教卓にだんっと手をついた。
「それでは本作戦、【《第6次バレンタイン戦争》―Extra Stage― 性別逆転祭り☆女装大作戦】を開始する! ええか、【study buddy】への俺たちの愛が試されるで! 総員気張りぃ!」
オォー! と気勢を上げる【study buddy】廃人たち。
よっしゃと、お互いに手をバチバチとたたき合い気合を入れあっている。
なんだかんだ言って、トラの率いるこのクラスの熱気も、すぐに学校中に伝播していくだろう。
みんな【study buddy】を守りたい気持ちはきっと同じはずだから。
――それにしても、どうしてこのイカレた作戦名に、誰も突っ込まないのか。
辰巳は、こっそりと黒板消しをもって、作戦名を変えようと試みた。
しかし、気が付くと、柱に括り付けられて、辞世のハイクを詠まされそうになっていたのである。
……そうか、お前らこの作戦名お気に入りなんだな。
この一体感はもっと他のところで発揮するべきだと思った辰巳であった。
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