第8話 初めての特訓
ジムの中。翔太と早見が向かい合っている。そばに大介と隼人が立っている。
「え?なに、ごめん、もう一度言って」
早見が怪訝な顔をして、翔太に言った。
「来週の日曜日に、どうしても試合をしなくちゃいけないんです。使える技がジャブとストレートだけじゃ足りないと思うんです。一発で相手を倒せるような技を教えてください」
翔太が切羽詰ったように言った。
「いきなり試合するだなんて。いったいどうして?」
早見が問うが、翔太は何も言わない。早見は大介と隼人を見るが、二人ともそっぽを向いて何も言わない。
「あー三人ともだんまりですか。相手はどんな人なの?」
「ぼくの幼なじみです」
「抱月流也。王武会空手の黒帯で、ぼくたちと同じ高校の同学年です」
隼人の言葉を聞き、早見は愕然とした。
「抱月?格闘技マガジンで見たことあるよ。中学3年のときに、一般部の大人相手に10人組手をして、黒帯をとった子だよね。大介くんたちも、その記事見たよね」
「見た見た。忘れねーよ」
大介が言った。早見はため息をついた。
「ぼくは、やめた方がいいと思う」
そう言う早見の目を、翔太はまっすぐ見た。
「ぼくと流也くんは幼なじみなんです。いじめられっ子だったぼくは、ずっと流也くんに守られてきました」
「だったらなんで」
「いじめられるのは辛いけど、守られるのも辛いんです。どこかで、いえ今、もう守られる必要はない。自分の力で生きていけると証明しないといけない気がするんです」
翔太は叫ぶように言った。
(守ってくれていた者との衝突か。避けられないなあ)
翔太の真剣な顔を見て、早見は思った。
「わかった。どうせ止めてもやるでしょ。ぼくが見ていないところで試合をするのが一番危ない。場所はこのジム、ぼくが立ち会うことが条件だ。いいね」
早見は、やれやれという顔で言った。
「ありがとうございます」
翔太は言った。大介はガッツポーズをした。隼人は、信じられないという顔で首をふった。
早見は真剣な顔で三人を見た。
「試合まで翔太くんの特訓をする。これから教える倒しの技はこれです」
早見はそう言い、構えた。構えから、左足を前に大きく踏み出し、腰から押し出すように、右ヒザ蹴りを放った。
「ヒザ蹴りですか。そうか、ヒザは鍛えなくても、もともと固い。動きもシンプル。短期間の練習でも使えるようになるかも」
隼人が言った。大介は険しい顔つきになった。
「しかし、リスクはでかいぜ」
大介の言葉に、早見がうなずいた。
「そう。ヒザ蹴りは接近戦でしか使えない。接近すれば、相手の攻撃をくうリスクは高い。だが、リスクから逃げるつもりなら、試合はするな。それでも、やるかい?」
「やります」
早見の問いに、翔太がこたえた。
ジムの中。早見が持つミットに、翔太が右ヒザ蹴りを蹴りこんだ。大介と早見はシャドーボクシングをしながら、翔太を見ている。
「ぜんぜんダメだ!」
早見が大声で言った。
「ヒザは上げるんじゃない。前へ!相手の腹にヒザを突き刺すんだ!」
「はい」
翔太は言い、右ヒザ蹴りをミットに蹴りこんだ。
「踏み込みが足りない!もっと左足を大きく踏み込んで、腰をぶつけるように、右ヒザを前に飛ばすんだ!ヒザ蹴りで相手を倒すために必要なものは、前へ大きく踏み込む勇気だ!」
早見が矢継ぎ早に言った。翔太は必死にくらいつくように、右ヒザ蹴りをミットに蹴りこんだ。
ジムの中。グローブとすね当てレガースを付けた大介が、ヘッドギアとグローブを付けた翔太に、パンチとキックをブチこんでいる。翔太は両手の前腕でガードするばかり。その横に早見と隼人が立っている。
「大介くん、スピードは100パーセントで。でも当てても、振り切らないで。ケガはさせないように。肉の表面だけ痛いように打って」
「了解!」
早見の指示に答えた大介がスピードアップする。翔太はガードしかできない。
「翔太くんは、それでいい。高度な防御技はまだできない。とにかく、前腕とグローブで急所を堅くガードするんだ」
王武会の道場の中。流也が一人でサンドバックを打ち蹴っている。
「翔太。格闘技は怖いもんだ。おまえには向かないんだよ」
そう言い、流也は強く正拳をサンドバックに打ち込んだ。
ジムの中。汗まみれの翔太が、四つんばいになってゼーゼー、息を切らしている。その横に、早見がしゃがみこんだ。
「翔太くん。ひとつ覚えておいてほしいことがあります」
早見が語りかけ、翔太が早見の顔を見た。
「持って生まれた優れた体格や運動神経を才能というのなら、間違いなく、きみには才能はありません」
「はあ」
思いもよらない早見の言葉に、翔太が間の抜けた返事をした。
「だけどね、どんな才能よりも、自分は強くなるんだという強い想いが、人を強くすることが絶対にあります。それを忘れないでくださいね」
「はい」
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