第7話 初めての激突

 早朝。川原の土手の上。以前、翔太を走って追い抜いた、Tシャツに短パンのおじいさんが走っている。

 その後ろを翔太が走ってくる。

「おはようございまーす」

 翔太がおじいさんに挨拶をしながら、追い越していった。

「ああ、おはよう。成長期の子には勝てんわ」

 おじいさんは微笑みながら、挨拶を返した。


 ジムの中。翔太がサンドバックにジャブ、ストレートを打ち込んでいる。

「いいパンチだ。始めて三ヶ月で、これだけしっかり打てるとは、なかなかだぞ」

 早見が微笑みながら言った。

 翔太はうれしそうに笑顔になった。


 1年B組の教室の中。流也と4人の生徒が、当番の掃除をしている。流也がふと窓から外を見ると、翔太、大介と隼人が校舎を出て行く。掃除をしている生徒の一人-さやか-が、流也の近くに歩み寄った。

「流也くん、掃除が終わったら、いっしょに帰ろ」

 さやかが好意丸出しの笑顔で言った。

「掃除が終わったら、道場で稽古だ」

 流也が無愛想に言った。

「相変わらず冷たいぞお。言い方ってものがあるでしょ」

 さやかが、流也の視線の先を見た。

「A組の仲良し三人組ね。キックボクシングやってるんだって」

 さやかの言葉に、流也が驚いた。

「キックボクシングって、翔太はやってないだろ」

「三人とも同じジムに通ってるって、A組の友達から聞いたけど。なんか大介って奴がすごいバカで、昼休みに教室の中でもシャドーなんとかをするんだって」

 突然、流也が教室を走り出た。

「あ、掃除は」

 さやかが言い、教室に残された4人は唖然と、流也の走り去る方を見た。


 ジムに向かう道。翔太、大介と隼人が歩いている。

「おい、翔太!」

 走ってきた流也が大声で、翔太を呼び止めた。翔太はびっくりして、流也の方を振り向いた。

「おまえ、キックボクシングをやってるって本当か」

 流也の怒りがこもった声に、翔太はおどおどする。

「え、いや、やってるというほどじゃないけど、大介くんたちと同じジムに通ってるんだ」

「なに似合わないことやってんだ。このバカ!」

 流也が怒鳴った。翔太、大介と隼人は驚く。

「おまえなんかが中途半端に格闘技をやったってケガするだけだぞ」

「え?なに?」

 まくしたてる流也に、思わず翔太が問い返した。

「そんな奴らとつるんで、それで自分も強くなったつもりか」

「なにを言ってるの?流也くん」

「俺の次は、そいつらに守ってもらうつもりか?」

 流也の言葉を聞き、大介の顔が険しくなった。翔太は体を震わせた。

「おい、ふざけたこと言って」

 と言う大介の言葉にかぶせて、

「バッバカにするな!このやろう!ぼっぼくは好きでキックボクシングをやってんだ。おっおまえなんかに文句を言われる筋合いはない!」

 翔太は叫んだ。

「翔太?」

 流也が唖然として言った。

「おお」

「言ったあ」

 大介と隼人が、やったぜという顔で言った。翔太は一歩、流也につめよった。

「ぼくはミットを打つとき、いつもミットの前に人の顔を思い浮かべるんだ。誰の顔だと思う?」

 翔太が流也をにらみながら言った。

「やめろ、翔太」

 流也が緊張した顔で言った。

「ぼくはいつもミットを打つとき」

「それ以上言うな!」

「流也くん。きみの顔をぶん殴っているんだ!」

 翔太は叫んだ。大介と隼人は驚いた。流也は顔つきが冷たくなった。

 翔太はハッとして、手を振り回してオロオロし始めた。

「ぼっぼくはなんてことを」

 翔太は言った。しかし、流也は冷たい顔で、

「格闘技をやっている人間が、それを言ったら、することは一つだ」

 と言った。翔太は手を止め、大きく深呼吸して、流也を見た。

「ああ、わかってる」

 翔太は言った。

「俺はケンカはしない。稽古のための交流試合を申し込まれたものと受け取るが、いいな」

「ああ、それでいい」

 流也と翔太のやり取りを聞き、大介は拳をにぎってガッツポーズをした。隼人は唖然とした。

「準備が必要だろう。来週の日曜日。場所はおまえが決めろ」

 流也が言った。

「わかった。ジムの先生に頼むよ」

 翔太は言い、くるりと流也に背を向け、ジムに向かって、足早に去った。隼人がそのあとを追った。

 残された大介と流也がにらみ合う。

「何様だ、てめえ。その上から目線。王武会空手の黒帯様は、人を見下していいってか」

 大介がはき捨てるように言った。

「おまえになにがわかる。俺は翔太とは幼稚園の頃からの友、ともかく俺は翔太のことはよくわかってる。あいつはガキの頃から、すぐ人に頼るクセがある。でも、それじゃいけないんだ」

 流也が言った。大介はケッと笑った。

「だからお偉い流也様が、翔太を指導するってか。ふざけんなよ。いまの翔太が毎日、どれだけ努力しているか知らねえだろ。てめえは!」

「努力って、キックボクシングの真似事のことか。翔太は格闘技には向かない」

 流也の言葉に、大介がキレた。

「てめえが決めることかよ。過保護な母親か、てめえは!翔太をガキ扱いしているだけじゃねえか」

「おまえにはわからない」

 流也は言い、学校に向かって歩き去った。

「チッ」

 流也の後姿を見ながら、大介はツバをはいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る