第28話 これから


「死ぬのはお前だ、カイル・クラーク」


未だ白煙を上げたままの銃を手に、セバスはしばし立ち尽くしていた。




カイルが引き金を引くよりも早く、セバスはその身を草陰から出した。

そして指にかけた引き金を、


――引いた。




仇であるとは言え、カイルは実質この国のトップである。見ると彼は、身動きひとつせずにその身を横たわらせている。皮肉なことに、彼は自らが作った兵器でその命を落としたのだ。


「これからどうするんだ?」

アギレス達によって捕縛された軍兵を見ながら、アランが言った。だが皆俯いたまま、答える者はいない。


ただ一人を除いて。



「大丈夫! 私が……いえ、私たちがいればミアさんは、」

そう言ったのは、桃色の髪の少女。割れた眼鏡を指でくいっと上げながら、アギレスへ視線を向ける。先程あれだけ震えていたというのに、この気丈な態度はどこからくるのかと、皆不思議に思っていた。




「そうですよね? お兄さん?」

お兄さん、という単語に大きく反応したミカエルはアビーを向いて言った。


「これからは俺がその役目を引き継ぐ。俺が本当の兄なのだから」


「でもそれはまだ、」

アビーが言い返そうと口を開いた時、


「本当だよ。アビー。彼が……ミカエルが、私の兄さんなの」


そう言って、ミアは腹を押さえてこちらへ近付いてくる。ミカエルはそちらに駆け寄り心配そうな顔を向けた。彼の頬に手を添え、ミアはそっと言った。


「ミカ、ありがとう。私を見つけてくれて」

出血は止まったようだが打たれた箇所はまだ熱く、ミアは未だ苦し気にしている。



「遅かったくらいだ」

ミカエルは彼女の背を支え、その場に座らせた。









あの洞窟で、ミアは意識を手放した。


そして、ミカエルのその腕に抱かれながら、不思議な夢を見ていた。

それはあるはずのない記憶の中で、幼い頃の自分が少年と言い合いをしている光景だった。





――――



「じゃあみあが勝ったら、ミカ、何してくれる?」

幼いミアは、目の前にいる金髪の少年にそう尋ねる。彼は一瞬考える素振りをすると、ニヤリと笑った。


「ナイフの使い方を教えてやるよ」

「絶対だからね!」


その言葉と同時に、二人は一斉に走りだした。

どこまでも続く草原に、暖かな春風がそよ吹く。木々の葉は揺れ、木漏れ日が二人を照らした。



「ミカ! はやくはやくー!」


自分より少し前を走る少女に、ミカエルは口角を上げる。

そして、遥か先に佇む人影をその目に映すと、一気に加速していった。

風を切り、少女を追い越した先で微笑んでいる男。その男の腕に飛び込むと、振り返って少女に笑んだ。


「俺の勝ち!」


ミアは、父の腕の中で満面の笑みを浮かべている兄を見て、頬を膨らませた。


「またみかの勝ちー?」

つまんなあい、と下を向いていじけだしたミアの頭に、大きな掌が乗った。グシャグシャと撫でたかと思うと、その腕にミアを抱く。

「よしよし、いつかお前もこの兄を越える日がくるさ」


ヨアンはその腕に二人の子を抱くと、自分の方へ抱き寄せた。



「お前たちはいつまでも、こうして仲良くしていておくれ」


腕の中で聞いたその声は、どこか悲しい色を滲ませていた。いつか訪れる、別れを惜しむように……。







――――――――


「そういうわけだ」



アビーの方を見つめ、ミカエルは言った。


「でも、」

再び口を開いたアビーを一睨みすると、後ろで未だ呆然としている男に向かって言う。



「お前に撃たせるつもりはなかったんだが……」


見るとセバスは、手にした銃を地面に落とし、崩れるように膝をついた。今しがた起きたことを呑み込むように、ぐっと唇を噛む。




――故郷のためだと言って、自分を陥れた男。



 11年前、セバスはこの村を出た。そして、自らの夢をかなえる為、中央都市バルドへ向かった。


彼の夢は、科学者になることだった。

だがこの狭い村では、それが可能でないことは分かっていた。彼らは、科学やそういったものに対し、実に閉鎖的であった。だからこそ、もっと広い場所で、広い視野を持った人間たちと出会うことが必要だと、この時のセバスは思ったのだった。


そうして出会った一人の男。

当時一科学者であったカイル・クラークは、セバスがウィンディアの出身だと聞くと、その顔を変えた。自分の所で働くように、と下っ端の新人であった自分を側に置き、研究に必要なものは何でも揃えると言った。願ってもみなかったその申し出に、セバスは二つ返事で答えた。それからは、研究の毎日だった。朝も夜も、石との睨み合い。カイルが手渡したクロン物質と、S鉱石を交互に実験しながら……。そうして一年後、やっとSSEを誕生させることに成功した。



カイルは、これで村が豊かになる、とまるで自分のことのように喜んでくれた。セバスもそれに対し、この男に笑顔で答えた。


――これでやっと、彼らも自分を見てくれる、と。



だがSSEの実験に成功したその一年後、あの事故が起きた。



村を襲った悲劇――


カイルに詰め寄ると、彼は何ともないと言う様に首を振った。


「残念だ。実に残念だよ。……だがこれで、あの石は奴等だけのものでは無くなった」

そうして笑っていたあの男の顔を、セバスは未だ、忘れることができなかった。





自分さえいなければ――


自分があのSSΕを産み出さなければ、ウィンディアの人たちは今も、この地で生きていたのだと。そう思わずにはいられなかった。





「話はあとにしよう。今は手当てが先だ」

アギレスはセバスを立ち上がらせ、言った。


「でも、軍にこのことがバレたならもう……」

「それは大丈夫よお」


不安げにミアがそう言うと、エリカが口を開いた。何故かその顔には笑みを浮かべている。

「カイルが何をしたのか、この村で起こったこと全て聞かせてもらったわ。この事が知れ渡れば、今の政府もこのままじゃいられないしね」


「だが、すべては私のせいで……」

セバスは項垂れたまま、自責の念に囚われていた。先程からずっと繰り返すように言うその言葉を聞いて、アランが口を開く。







「あんたのせいじゃない」


先程軍兵の一人に撃たれた箇所からは、未だに血があふれ出している。アーノルドとノアがその身を支えると、アランは苦々しく話し出す。


「アンタがいなくても、あいつらは同じことをしたさ」


その身をゆっくり起き上がらせ、こちらを向く。そして、重々し気に話し出した。

……あの日のことを。




「父の部屋に、あの事件の映像があったんだ」


アランは、父の部屋で見つけた“ヴィレッジW”と書かれたファイルについて話した。そこで見たもの、彼らが話していたこと……その全てを。




「俺は、人殺しの息子なんだ」


おそらく、自分の父が事件に関わっているだろうことは分かっていた。だが認めたくなかった。父が人殺しだなんて……それが彼女の、ミアの家族を殺した張本人だなんて。




そうしてしばらく俯いていると、そっと肩に触れる温もり。そちらを見ると、アギレスが優し気にこちらを見つめていた。


「お前もセバスも悪くない。大事なのはこれからだ」



「だけど、僕さえいなければ、」


再び口を開いたセバスだったが、その頬に衝撃が走った。

一瞬、何が起こったのか分からずにいた彼だったが、目の前で息を切らしている少女を見、目を瞬かせた。

目の前にいる少女は、その目に涙を溜めながらこちらを見つめている。あの衝撃は、彼女が自分の頬を打ったものだったのだ。



「自分がしたことに後悔するなら……」



未だ悲し気に揺れるその瞳は、やがて強い意志のこもったものに変わる。




「今度は……誰かを守る、そういうことにこの石を使えばいい!」


最後まで言い切ると、頬を伝う涙もそのままに、ミアはにっこりと笑った。



「ミア、王女……」

彼女が言わんとすることを理解したセバスは、せき切ったように泣いた。それはまるで子どものように……。


今まで抑えていた色々な感情が、流れてくるようだった。







――10年間。

ずっと故郷を想いながら、それでもこの地に来る事も出来ず。自責の念に駆られ、幾度もその命を絶とうとしたこともあった。


だが出来なかった。


「わ、私は、私は……」


地面に手をつきぽろぽろと涙を零すこの男の隣を、優しい風が吹き抜けた。それはまるで意思を持ったようにその背を撫でると、遥か彼方へ消えていった。





「さあ、帰ろう。“私たちの街”へ」


遠く連なる山々を見つめ、ミアはその先にある故郷を想った。





故郷とは、その“場所”だけを示すものではない。



たとえ人が、地がなくなろうとも、心の中であり続けるのだ。







そう、永遠に――
















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