第27話 風 現る
意識のないミアを腕に抱え、ミカエルは隣を走る男を見る。あの時は、敵兵に見つかったとついナイフを向けたが、この男はそんなことお構いなしにただ、ミアを見つめていた。
何かを、察したように。
「お前、名はセバスだったか」
藤色の髪を揺らしながら、セバスは答えた。
「ああ。君の部下と親し気に話していたら、奴等に見つかってしまってね」
セバスは、昨日あったことを話し出した。
いつものように、研究室で実験を行っていると、軍服を来た一人の男がやって来た。机の上に並べられているいくつもの銃。それらは従来のものとは違い、最新型のものであった。試作品として、セバスが最終確認をしていたのである。その隣には、彼が長年携わっているある石が置いてある。だが男は机の上にある銃ではなく、その紫の石を見つめ、言った。
「これはS鉱石か?」
セバスがそうだ、と答えると、男は懐かし気に石を見つめた。
「王の色をしているな。とても高貴で、美しい――」
セバスはそれを聞き、驚いたように目を見開く。だが男の顔は見ずに、作業をするフリをして言う。
「それが王の色だと何故わかるのですか」
対する男は、石から視線を外しセバスを見た。
「ヨアン王も、これと同じ石を持っていた。それに……」
ヨアン王、という言葉に手にしたビーカーを落としそうになったセバスだったが、目の前の男は更に驚くことを口にした。
「王がこれを見たらどう思うだろう。ウィンディアの宝石が、こんなものに使われていると知ったら……」
セバスはとうとう手にしたビーカーを床に落とし、男へ顔を向ける。顔を歪め、唇を噛みしめているセバスを見、男は優しい笑みを浮かべている。
「だがあんたにもきっと、何か訳があるんだろう――」
その言葉にセバスはボロボロと涙をこぼした。
「私はジョンソン。ジョンと呼んでくれ。我が同胞の君」
ジョンはセバスの肩に手を置き、その涙が止まるまでずっと傍にいた。
「私がしたことを、彼は責めなかった。」
セバスは顔を歪めながら、ミカエルに尋ねる。
「だがあなたはどうか。私を、責めるだろうか?」
ミカエルはチラリとセバスに視線を向け、口を開こうとした。その時、
ドーン! ドーン!
しばらく止んでいた爆音があたりに轟いた。
「何だ! 新手か!?」
音のする方へと二人が向かうと、そこには新たな軍機。だが不思議なことに、それはアギレスたちではなく、味方であるはずの軍兵へと向けて攻撃している。
「何だ? 仲間割れか?」
「いや、違う。よく見ろ、あれは……」
ミカエルの言葉に、空を舞う軍機に目をやるセバス。そこには赤い髪をした男が、もう一台を引き連れて、軍人たちを蹴散らしている。そちらには茶色の髪をなびかせた、女が乗っていた。
「あの男……」
ミカエルはニヤリと笑うと、仲間の元へ急いだ。
◆◇
精鋭部隊3人と、アラン達がいる場所。
それを囲む様に、一人の男と黒い服を来た数人の兵達。アギレス達は、あれからしばしの抵抗を続けていたようだったが、やはり数には勝てなかったようで、今こうして捕縛されている。
「国家警備隊、か」
ミカエルは草陰からそちらを見やると、静かに言った。彼らの腕の腕章には、白と赤の三角形。そうしてしばらく様子を伺っていると、彼らを囲んでいる軍兵の中でも一際目立つ男が叫んだ。
「あの娘はどこだ!」
「はっ、何のことだか」
アギレスが瞬時にそう返す。隣には茶色の長髪をした先程の女がいる。ミカエルは草陰から様子を伺いながら、隣で同じように息をひそめているセバスへ問う。
「あれはディラン少佐か?」
「何故それを?」
「お前も疎い奴だな。軍に紛れ込んだ部隊がいるんだ。知っていて当然だろう」
「なるほど」
ミカエルの言うように彼らは、数年前から軍に潜入していた。そしてその動向を、逐一ミカエルに知らせていた。ミアを助けに軍部へ入った時も、この男が捕まった時も、彼らはすぐ側にいた。そして、ミカエルがわざと捕まったことを、その理由も理解していた。
ミカエルには、果たすべき義務があった。
それは、生き残った彼らと共に、復讐を遂げる事――
父を、村を奪った奴らに。
同じ苦しみを味わわせてやれば、
きっと気づくだろう。
自分たちのした行いに悔い、改める機会を、
与えてやるのだ。
鋭い瞳を向けているミカエルから、視線を腕の中にいるミアへ向ける。彼女はぐったりとしたまま動くことはなく、まるで人形のようだ。規則的に、その体が上下に動いているのを見ると、ただ気を失っているだけだと理解はできる。だがそれでも心配なのか、セバスは口を開く。
「彼女は、」
「しっ! 黙れ!」
セバスの言葉を遮り、ミカエルがそう言ったすぐ後、こちらへ近付く数人の足音。
「おや、まだ鼠がいたかな」
そう発したのは灰色の髪の男。カイル・クラークだ。
先の爆弾投下も、この男の指示であった。一人の少女を探すためとは言え、少々やり過ぎかと思われたが、この男にはそれをするだけの理由があった。
「チッ」
ミカエルはその場にそっとミアを寝かせると、一人草陰から出てくる。
……セバスにミアを託して。
現れた金髪の男に目を見開くカイルだったが、やがてその表情は怒りを含んだものに変わる。
「まだ生きていたのか、王の子が」
ミカエルがカイルの後ろにいるアギレスへ視線をやると、彼はゆっくりと頷き、腰に差したナイフへ手をやる。
だがそれも叶わず、いち早く気付いた軍兵に銃を突きつけられる。
カイルはミカエルを見たまま、続ける。
「あの娘はどこだ」
「知らん」
ミカエルは即答する。
「お前も知らぬと言うか。そうか、ならば……」
そう言い、後ろで控えている軍兵の一人へと目をやると、男は手にした銃の引き金を引いた。
「……っつ!」
「アラン!」
アギレスの隣で、逃げる機会をうかがっていたアラン目がけ、男は発砲した。そしてその音で目を覚ましたミアは、何事かと体を起こす。
「みんなは……!」
慌ててミアの口を塞ぐセバスだったが時すでに遅し。草陰に潜んでいる二人に気付くと、カイルが口を開いた。
「やあやあ、そこにいたのかね。“姫”?」
異変に気付いたミアが様子を見ようとその身を右にずらしたその時、ミアの頬を弾が掠めた。
「いっ!」
滴る赤い液体を見つめ、自分が置かれている状況を思い出す。
(そうか、私のせいで皆……)
ミアが意を決して草陰から出てくると、ミカエルは声を張り上げた。
「あれは替え玉だ。本物ではない!」
「それはどうかな?」
カイルは隣の軍兵から銃を奪い取ると、ミアへと向ける。
「さあ、“精霊の子”よ。お前がそうだというのなら、証拠を見せろ」
カイルは言うやいなや、引き金を引いた。
ドン、という鈍い音。
それはミアの腹を貫通し、痛みに顔を歪めたのもつかの間、すぐに二発目が脇腹を掠った。
「やめろ!」
アギレスはカイルに襲い掛からんとしたが、軍兵の一人にその身を押さえつけられる。カイルはゆったりとした足取りで彼らの方へ向かうと、アギレスの後頭部へ銃を突きつけた。
「これは特殊な弾でね。S鉱石と言われるものだ。……姫はご存知かな?」
手に持っている銃は一見他のものと変わらぬそれと同じであった。だが、ミアの体を貫通したその弾は、S鉱石から作ったそれだった。じくじくと熱い腹を押さえながら、ミアは震える足で立ち上がる。
「お前が王の娘、ミア・フランジェか?」
カイルが睨みつけながら言うと、ミアはそうだとばかりに首を縦に振る。そしてゆっくりと歩みを進める。一歩一歩、踏みしめるように。
「来るな! あの娘など俺は知らん!」
「黙れ!」
地べたに伏せながらアギレスが叫ぶと、カイルは声を張り上げた。
「お前がいなければ全てうまくいく! 精霊の子が消えれば! きっと……!」
カイルがミアへ銃を向けた。
その時、
ヒュオオオ、
「何だ?」
森の奥から、風が音を連れて吹いてくる。
それは段々と、強くなっていく。
ヒュオオオオ、
『――――』
わずかに聞こえた声に、カイルがそちらへと銃を向ける。他の軍兵たちも同じようにして、森の奥を見つめている。
ヒュオオオオオオオオ、
風鳴りが大きくなってきたかと思うと、彼らを強風が襲った。
「うわああああ!」
ミアを覗く全ての人間がその地に倒れ、その身に赤い傷が浮かんでいく。
「かまいたちだ!!」
軍兵の一人がそう声を上げると、ミカエルは目をこらして辺りを見回す。
だがそこにはミアが立っているだけで、他に異常は見られない。再び森へと視線を向けたその時、
『コロセ コロセ』
どこからか聞こえたその声に、皆が辺りを見回す。
『コロセ コロセ オウノ チ ヲ ケガス モノ ミンナ コロセ』
それは風に乗って、どこからか運ばれてくる、不思議な――“音”。
『コロセ コロセ セイレイ ノ コ イガイ ミンナ コロセ』
木霊するその声、いや、その音はカイルめがけて飛んでいく。
「やめろ! やめろ!」
見るとカイルは、何かに憑りつかれたように暴れている。何かを振り払うような仕草をしたかと思うと、その首を自らの手で絞め始めた。
「何を、」
「閣下!」
それを見た軍兵たちがカイルの元へ走る。やがて彼らがアラン達から完全に離れると、エリカは隠し持っていたナイフで、繋がれている縄を切る。
「何かよくわかんないけど今ね!」
エリカがアギレスを起こし、ミアへと近付こうとした。
まさにその時、
ヒュオオオオオ、
先程の風が、エリカに向って襲い掛かった。
『セイレイ ノ コ ニ チカヅク モノ、 ミンナ ミンナ』
やがて吹き荒ぶそれは、人のような、獣のような形に変わった。透明ではあったが、確かに形を成していた。ミアはそれを見ると、必死に叫んだ。
「やめて! 彼らは私の友人なの!」
ヒュオオオオオ、
その風は、ミアに答えるように弱くなっていく。
『トモダチ、?』
「そうよ、だからいいの」
ミアが優しく声をかけると、それは反応するように答えた。
『トモ、ダチ、』
それまで辺りを包んでいた風が止むと、カイルは自分の手の呪縛から解放された。そしてしばらく、ぼうっとしていたかと思うと、その手にあった銃をミアへと向けた。
「死ね! バケモノが!」
――お前はやはり、あの……!
この男もまた、地に伝わる伝説を知っていた。
周りの者が皆、疑いの目でウィンディアの民たちを見る中、カイルだけは違った。
――そう、確かにそれは、存在するのだと。
そして今、目の前にいるこの娘こそ、我々の“脅威”なのだと。
(この娘がいる限り、この力は私のものにはならない……!
カイルは引き金に指を置く。
そして、辺りに響く乾いた銃声音。
ひとつの体が、ゆっくりと地に倒れる。
だがそれはミアのものではなく、目の前で銃を構えていたカイル・クラークのものだった。
「死ぬのはお前だ。カイル・クラーク」
白煙の上がるそれを未だ手にしたまま、ミアの後ろでセバスが静かに言った。
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