第22話 探り合い
楽しい(?)ドライブを終え、無事地上へと戻ってきた一行。
政府の管轄区からほど近いこの場所。
レンガ造りのこの建物は、彼らの隠れ処である。一見何の変哲もないこの建物だが、隠れるにはもってこいの場所だった。
「さ、じゃあ何から聞こうか」
腰を下ろした彼らの中、アギレスだけはその場に立ったままである。そうして視線をミカエルに向けると、説明するよう言葉を投げた。
ミカエルは着ていたパーカーを脱ぎ、それをソファへかけてからアギレスに向き直った。
「聞きたいのはこっちも同じだ」
「なんだと?」
アギレスは、期待したものとは違う答えが返ってきたことに眉をひそめた。だがこちらのミカエルも険しい顔で続ける。
「どうしてあそこにいた?」
先程軍人たちに追いかけ回されていたアギレスを思い出し、ミカエルが問うた。
「どうしてって、お前に着いていったんだよ」
対するアギレスは、ごく普通にそう答えると後頭部をポリポリと掻く。
「助けを呼ぼうとしたその時、ちょうど真横にいまにも飛び立ちそうな飛行車があってな、」
アギレスは先程のことを話し始めた。
ミアが連れ去られた時、そこへ現れた一台の飛行車。まるでそれは、ずっとそこにいたかのようで、彼は考える余裕もなく飛び乗った。そして彼らを追ううちに、この運転席にいる男が奴等と同じ場所へ向かっていることに気づいた。奴等の仲間か、はたまた味方か……とにかくこの機会を逃す手はないと、ここまでやって来たのだ。
そこまで聞いたミカエルは呆れたようにしていたが、やがてすぐにその眉間に皺を寄せた。
「……それで、お前は一体何者で、どうしてミアと一緒にいる」
「何を、」
「俺は10年前、あの炎の中でお前を見かけた。そしてその腕に、」
そこまで言うと、ミカエルはちらりとミアを見た。
対するミアは不思議そうに二人を見つめている。
「その腕に、俺の妹を抱いてた」
しばらくの沈黙。
そしてそれを最初に破ったのは、アギレスだった。
「お前が、ミアの……兄、だと?」
ミカエルはアギレスを険しい目で見つめ、続ける。
「軍の人間が何故ミアを攫う? 目的は何だ」
「目的? 一体なにを、」
「とぼけるな! お前らが何かを企んでるのは分かってる!」
胸倉を掴み今にも噛みつきそうな勢いのミカエルに、アギレスは落ち着くように言い聞かせる。
「俺は確かに軍人だったが、今はもう違う。政府がいまさら何を考えてるのかなんて、」
「…………」
「それに、あの時ミアを救ったのは俺の意思だ。他の誰でもない」
それを聞くと、ミカエルはそっとアギレスから離れ、近くのソファへどさりと座り込んだ。隣にいるミアは、固まったように動けずにいる。それをアビーが心配そうに見つめ、言う。
「あなたがミアさんのお兄さんという証拠はあるんですか?」
誰もが疑問に思っているだろうそれに対しミカエルは、
「無い。こいつが思い出すまでは」
と静かに答える。
その場にいる者が皆、ミアに顔を向けると、本人は未だ放心状態のようで目を白黒させている。
アギレスは煙草を口に銜え火を点けようと胸ポケットを探った。だが目当てのものがそこに無いと気付き、舌打ちをする。
すると、そこへ伸びてきた一本の手。その手には火の点いたライターが握られている。アギレスが顔を上げると、軍人の一人がこちらを見つめていた。
「ああ、あんがとな」
ゆっくりと上がる紫煙をぼんやり見つめながら、アギレスは先程の戦闘を思い出していた。それは、ミアがミカエルと牢獄にいたまさにその時、地上ではアギレスが大勢の軍人相手に戦っていた。途中で、同じ軍服を着ているにも関わらず、何故か自分の味方をしてくれた3人の軍人を思い出す。それは今目の前にいる彼らで……
「お前がミアの兄かどうかはさておき」
机の上の灰皿に煙草を押し付け、アギレスはずっと疑問に思っていたことを口にした。
「お前らは一体何者なんだ?」
――先の戦闘で見たあの戦い方。
尋常ではないその素早い動き。
掛かって来る複数の軍人相手を彼らはたった3人で倒したのだ。
(あんなもの、今まで見たことがない……。)
彼らのその戦闘スタイルに、元軍人であるアギレスでさえ驚いた。
三人は被っていた帽子を脱ぎ、その顔を露わにさせる。そして、ゆっくりと話し出した。
「俺たちはウィンディアの精鋭部隊。そして、最後の生き残りだ」
「精鋭、部隊だと……?」
これに一番驚いているのはアギレスだ。
三人はその理由を知っているようで、さらに言葉を続ける。
「俺たちの親は王の部隊だった。そして、生き残った王の息子であるミカエルと共に、」
「ちょ、ちょっと待って。混乱してきた」
それに言葉をはさんだのは、アーノルドである。
隣のノアも同じように頭に疑問符を浮かべている。
「ウィンディアの人たちは、事故で亡くなったと聞いている。それにいま、王の息子って……」
そう言いミカエルの方を向くと、彼はその首を横に振っている。
「違うのか?」
アランがそう訊ねると、ミカエルはじっとその目を向けてくる。
「俺のことはいい。だがこれだけは言っておく」
そう前置きし、彼は低い声でこう続けた。
「あれは事故じゃない。……虐殺だ」
10年前、ウィンディアの村を襲った悲劇。それは実に悲しい物語だった。
「ある男が、S鉱石と呼ばれる石を見つけた。そしてそれを国のために使えないかと地の王を訪ねた。だが王は首を縦に振らなかった。それが何故かわかるか?」
一瞬の間を置き、ミカエルは続ける。
「それを、兵器に使おうとしていたからだ。……人殺しの道具にな」
「それで……村の人間を皆殺しにしたって言うのか?」
今まで黙っていたアランが口を開く。
ミカエルは鋭い瞳で彼を睨み、言う。
「お前は知っているんじゃないのか?」
静かなその声を聞き、アランの頭にある光景が浮かぶ。それは、父の書斎で見つけたあの映像。逃げ惑う人々に、あちこちで上がる悲鳴。赤く燃える大地――。
「……っ!」
アランは息を吞み、ミカエルを見つめ返す。
尚も彼の視線は鋭いままだ。それを見たミアは、戸惑いがちに口を開く。
「あの、よくわからないんだけど。ウィンディアの人が何故、軍に?」
それを聞き、ミカエルがアランからミアへとその視線を向ける。
「待っていたんだよ」
と、たった一言。
だがアギレスはその言葉に何かを悟ったようで、背中を嫌な汗が伝った。どうか勘違いであってほしい――、そう思ったのもつかの間、目の前の男が言い放つ。
「復讐の機会をな」
それと同時に、辺りに爆音が轟いた。
「きゃあああっ!」
「何だ!?」
混乱するミア達をよそに、ミカエルとその兵士たちは窓辺へと移動する。
「お出ましだ」
ミカエルのその言葉を聞き、三人は足早に部屋を後にする。アギレスははっとすると、未だ窓の外を見て微笑んでいるミカエルに詰め寄った。
「おい、やめろ。お前が考える程奴等は、」
「ではどうしろと? このままのうのうと生きろと言うのか?」
「だがしかし……!」
この爆音の正体は、政府軍による爆弾投下の音だった。そして彼らがここへ“あるモノ”を探しにやって来ることを、ミカエルは予期していた。
「この先に林がある。お前はこいつらを連れて行け。これは、俺達の戦いだ」
突き放すようなその言葉にアギレスが言い返そうと口を開く。だがそれよりも早く、二度めの攻撃がこの地を襲う。
「早く行け! お前も元軍人なら、俺達の気持ちがわかるだろう!」
部屋の端で震えるミアを見て、アギレスは意を決したように言った。
「よし。俺もその戦いとやらに加わってやる」
「何?」
訝し気な表情のミカエルにニヤリと笑いかけると、アギレスはアランに言った。
「おい! コイツら連れて早く行け!」
「アンタは、」
「後で合流する! 行け!」
その言葉を聞き、アランはミア達を連れて林へと向かうのだった。
辺りには未だ爆音が轟き、空は不穏な色を浮かべていた――
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