第20話 エスケープ!


 どれほどそうしていただろう。

 ミアは固い地面に横たわり、少しでも物音がする度その身をびくり、と震わせていた。やがて牢の窓から月光が差し、辺りを照らしだした頃、扉が音を立てて開いた。



「生憎、先客がいるがな。精々仲良くするこった」

軍人はそう吐き捨てて、男を放り投げた。どさりと体が地面にぶつかり、ミアはそれを見て声を上げる。


「ちょっと! 何するの!」

「ああ!?」


軍人が声を荒げると、床に倒れたままの金髪の男が鋭い眼光を向けた。それに怯んだのか、軍兵は舌打ちをしてそそくさと牢を後にする。

扉が閉まったのを確認してから、ミアは男に声をかけた。


「大丈夫? けがは?」

「平気だ」


返って来た言葉に安心したミアだったが、ふと聞き覚えのあるその声に、目をこらして相手の顔をまじまじと見つめる。男はそれに気付き、頭に被ったフードをそっと外した。薄暗い月明りの中、姿を現したのは……






「ミカエル!」


露わになったその顔を見て、ミアは叫んだ。この男には、家を抜け出したあの日以来会うことはなかったが、別れ際のこともあり、ミアはそれからずっとこの男のことを考えていた。


「どうしてここに……」

「お前を助けるために決まってるだろ」

「え、でも」


目の前にいるこの金髪の男は、悪戯が成功したときの、子どものような顔をして笑っている。

未だ理解出来ていないミアとは正反対に、ミカエルはその身をすばやく起こして準備をしはじめる。もちろん脱獄の、だ。


「いずれアイツらが来る。だから早く、」

ミカエルが言い切るより前に、牢の扉がギギ、と音をたててゆっくりと開いた。そこに顔を出したのは数人の軍人。それらを見て、ミアは肩を震わせた。









「遅かったな、もう来ないかと」

だがミカエルは平然とその軍人に話しかけ、ミアはいよいよ訳がわからなくなっていた。


「手こずったんだよ」

そう言い近付いてくる男に警戒の色を示したが、この男はそんなことは気にもせずに、ミアの手錠を外した。


「え、えっ?」


混乱するミアをそのままに、彼らはミカエルと何やら親し気に話しを進めている。


「だからそのルートは無理だ。他の道を行く」

「しかしそうなると、」

「アイツらの目を盗むとしても時間の問題が、」

「ではどうするんだ」

「それならば」

「ちょ、ちょっと!」


口々に話し出す目の前の彼らは、そこでやっとミアを見た。


「あの……あなた達、いったい、」

だがその言葉に答えが返ってくることはなかった。そのかわりに、いくつもの銃声音が辺りに響き渡る。


「ああ、動き出した」

彼らの一人がそう口にすると、ミカエルはすぐさまミアを抱きかかえ、その場から急いで出て行こうとする。


「ひゃっ!」

突然のことに驚いたがそれもつかの間、通り過ぎた牢獄のうちのひとつに、見覚えのある顔が。




「ちょっとストップストップ!!」

「何だ、話ならあとで聞いてやるから」

「そうじゃなくて! 戻って、戻って!」

ミアがミカエルの頭をぽんぽん、と叩いて来た道を戻らせると、ひとつの牢の前までやって来た。そこには、ミアのよく知る彼らの姿――








「ミアさん!」

「アビー! ……と、その仲間たち!」


中から顔を覗かせたのは他でもない、友人のアビー。

そしてアラン、アーノルド、ノアの三人だ。彼らはミアを見ると一目散に駆け寄って来て、口々に言葉をかけてきた。


「ああよかったミアさん。無事で、」

「おい! お前怪我は?」

「さすがにもう殺されるかと思ったけど僕は別に、」

「全く酷いよね。いきなりこんなところに……」


何故彼らがこんな所にいるのか。だが今、それを考えている余裕はない。

一斉に話し出した彼らをひとまず落ち着かせ、まずはここから脱出することが最優先だと言い聞かせると、ミアはミカエルを見つめる。


「…………」

「……はあ。仕方ない」

後ろから着いて来ていた軍人たちに目で合図すると、ミカエルはミアを抱きかかえたまま走り出す。逃走経路がまるで最初から分かっていたかのように、何の迷いもなく道を進んでいく。


「ちょっと、みんなは!?」

「あいつらにまかせておけばいい。口閉じてないと舌噛むぞ!」

「え?……って、うわあああああああー!」



ミカエルは牢獄のある崖の上から、はるか下の方に停めてある飛行車へとその身を投げた。腕の中から大きな悲鳴が上がろうと、お構いなしに。


助手席にミアを乗せ、エンジンをかけた所であることに気付いた。


「あれ、アイツはたしか……」

ミカエルは上を向いてそう呟いた。

見ると、今来た崖の方から、物凄い形相をした赤髪の男が走って来る。

……後ろに大勢の軍人を引き連れて。


「うわああああー! 助けてえええー!」




……アギレスである。

どうしてまたこの男が、とその理由ワケを考える余裕も今はない。


彼は大声を上げて、どたばたと走っている。何故か不自然なその走りに疑問を覚えた二人だったが、いまは彼を救うことの方が先決だ。


「アギレス! 何でこんなところに!」


ミアの言葉にこちらを向いた彼は、先のミカエルと同じようにその身を投げた。

その瞬間、ぐらりと揺れる飛行車。




「ったあああー! 間に合った!」

「間に合ったじゃないでしょ! 何してるの!?」

「説明は後だ。出せ!」


後部座席に座ったアギレスがミカエルにそう言葉をかけると、彼は嫌そうな顔をして言い返した。



「俺に命令するな!」


ミカエルは急いでエンジンをかけると、空へと車を飛ばす。途中いくつもの銃弾が彼ら目がけて放たれたが、ハンドルを握るこの男はそれらを上手く避けた。そして風を利用して車を更に上空へと昇らせると、追手が来ていないことを確認し、その口角を上げて言った。






「ロクに風にも乗れない奴が、俺に勝てるか」



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