第17話 オモイデ


 薄暗いリビングに置かれた深緑のソファ。

そこに、一組の男女が向かい合って座っている。しばし沈黙が続いたかと思うと、赤い髪の男が深刻そうな顔で言った。


「とうとう本格的に動き出したみたいだな」


アギレスはグラスの水を一気に飲み干すと、目の前のロングヘアの女をじっと見つめた。


「でも何のために?」

「あの子が生きていたら困るからだ」

「どうして、」


アギレスはゆっくりと立ち上がると、窓辺に移動した。今にも雨が降り出しそうな空を見つめ、重苦しく口を開いた。


「あの子は、ウィンディアの生き残りなんだ」

「え?」




アギレスは10年前のある出来事を話した。その内容は壮絶なもので、エリカは信じられないというように口に手を当てている。ミアを拾ったあの日、村で何が起きたのか、そして政府の人間たちが何を探していたのかを――。


「もしミアちゃんがまだ生きていると彼らが知ったら……」

「恐らくもう気づいてるだろうよ。だから今日みたいなことがあったんだろ」


今日みたいなこと、とは先程の銃撃戦のことだ。

エリカは弟のアーノルドから話を聞き、それをアギレスに話すためここへ来たのだ。


「ミアちゃんは今どこに?」

エリカの問いに、アギレスは顔を背けて答える。


「部屋でいじけてる」

















 その頃ミアは……





「うんしょ、うんしょ、」


鍵のかかったこの部屋から脱出すべく、窓から身を乗り出していた。二階の自室から地面までは結構な高さがあったが、所々くぼみのある壁にその足をかけ、慎重に下りている。


「よっと!」


そしていま、無事地上へと降り立った。


ドライブから家へ戻ってしばらくした頃、家に一本の電話があった。それはエリカからのもので、先程の銃撃戦の話を聞いたアギレスは顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らした。ミアがそれを黙っていたことに立腹したのである。そして、ミアを家から一歩も出すまいと、外から鍵をかけたのである。


「ふん、何よ。アギレスのばか!」


ミアは気付かれぬようそっと、庭の裏口から街へと出て行く。そうしてしばらく歩くと、見晴らしのいい高台へとたどり着いた。「バルドの宝石」と言われる街の夜景を見つめていると、ふと後ろから声がかかる。


「こんなところで何してるんだ」


ミアが振り返ると、その男は隣にやって来た。


「あ、あなたはこの前の……!」

金色の髪をしたその男は間違いなく、この前アギレスの腕を掴んで離さなかったあの男だ。


「あのー、この前はごめんなさい」

「何故謝る?」

「なんか、巻き込んじゃったみたいで」

「別に」


男はぶっきらぼうに答えると、じっとミアの顔を見つめた。その瞳は髪と同じく金色に輝いている。しばらくそうしていたかと思うと、男が口を開いた。


「散歩が好きなようだが、あまり夜はふらつかない方がい」

「え?」

「この前もあの路地裏を、」

「ああっ!」


男が言い終わらぬうちに、ミアが大声を上げた。

「あなた、街店にいた人だ!」


アランと食事をしたあの日のこと。エリカを送る為、飛行車に乗ろうとして断られ、近くの街店へ行ったとき。そこで後ろから声をかけてきた人物……




「フード被っててわからなかったけど、あなただったの?」


対する男は、今更気付いたのかと呆れた表情をしている。

「軍人さん、じゃないよね?」


恐る恐るミアがそう言うと、男は体をこちらに向けて真剣な表情で言った。


「ミカエルだ」

「あ、私は、」

「ミア」

「え、どうして名前……」


目の前の男は未だ真剣な顔でこちらを見つめている。耐えきれなくなり視線を逸らすと、向かいの歩道を歩くアランの姿。ミアが声をかけようとしたその時、隣のミカエルが静かに言った。



「俺の家族は、10年前に死んだ。ある村で」


いきなりのことにどう反応すればいいかわからずそのまま黙っていると、ミカエルはそのまま続きを話し出す。


「ある村で。……政府の人間がいきなり村を襲ったんだ。何の罪もない人々を殺し、そして火をつけた」


その顔は俯いていて表情まではわからなかったが、悲しみと怒りが伝わって来るのをミアは感じていた。



「逃げ惑う人々に火を放ち、辺りに悲鳴がこだました」

「…………」

「やがて炎が村を覆いつくそうとしたとき、父の姿を見つけた」

「ミカエルさん、」


「彼はもう死んでた。冷たくなったその体に段々と火が近付いてきて……」


「ねえ、もうわかったから」

ミアが声をかけるも、ミカエルは話すのをやめようとしない。


「その体に燃え移った火が激しくなって、肉の焦げた匂いが、」

「やめてっ!」


ミアは大声で叫んだ。

ただ単に、その話が聞きたくなかったわけではない。




彼の言葉と共にその情景が浮かんできて……




――苦しかった。










まるで自分がそこにいるようで、


目の前で倒れているその人物を、知っているようで――





「ミア……」


その体は小刻みに震えている。もうこれ以上は耐えられない、そう拒絶するように耳を塞いでいる。


「……すまない」

ミアの頭を撫でようと、ミカエルがその手を上げた。その時、



「おい! お前!」


向から青い髪の男がこちらへ走って来る。


「おい、何のつもりで、」

「いいの」

アランがミカエルの胸倉を掴み、今にも殴りかかろうとしているのを見てミアが言った。

「ちょっと気分が悪くなっただけ。もう帰るから」


アランはその手を離すと、ミカエルに一度視線をやってからミアの後を追った。







段々と遠ざかっていく二人の背を、ミカエルはただじっと眺めていた。やがてその姿が完全に見えなくなっても、しばらくそうして眺めていた。



















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