第15話 たのしいドライブ?
「はあ、」
景聖学園のとある教室。
まばらにいる生徒の中、桃色の髪をした少女が深い溜息を吐いた。それに気付いた隣の少年、――ノアは不思議そうに少女を見つめる。
「どうしたの? 今日はなんだか元気ないね」
対するアビーは机に肘をつきながら答える。
「今日はミアさんとデートの約束があったんですの」
「デート?」
それに反応したのはノアではなく、アーノルドだ。
彼はアビーの隣に腰を下ろすと、詳しく聞かせろとばかりに目で訴える。アビーはそれに答えることはなく、窓の外に目をやる。
窓からは、学園の
――ミアである。
「あ!」
アビーは嬉しそうに叫ぶと、ミアがいるその場所へと走って行った。
「な、何だ?」
「僕らもいこう!」
二人はアビーに続いて教室を後にした。
◆
学園の玄関で、ミアは空を見上げていた。
見上げる先には、一台の
「アイツも練習熱心だなあ」
そこへやって来たのはアーノルドとノア。そして、友人のアビー。彼女はミアに飛びつくと、その手を背中に回した。
「ミアさん! もう来ないかと思いました」
「ごめんね、寝坊しちゃって……」
突進する勢いでやって来た友人を受け止め、ミアは言った。
そして視線をアーノルドへ向けると、興味深げに尋ねた。
「ねえ、今言ってたアイツってだあれ?」
アーノルドはニヤリと笑うと、ミアの後ろを見つめながら答えた。
「君の“ヒーロー”だよ」
振り向くと、ヘルメットを腕に抱えこちらに歩いてくる男がいる。彼はミアに気付くと、その顔に笑みを浮かべた。
「アラン君!」
「よお」
「ずいぶん練習熱心なんだな。誰かデートにでも誘うのか?」
ミアに笑顔を向けていたアランだったが、アルバートのその言葉に呆れた目を向けた。
この景聖学園には、軍事科の生徒のみが使用を許された飛行車がある。軍で使うものと同じ作りをしていて、操縦方法は家庭用車のそれと異なる。アランは額の汗を拭いながら校内へと歩みを進める。
「おいこの色男、どこ行く?」
「着替えるんだよ」
「ふーん。ま、いいや。俺らはこれからドライブ行くけど」
「…………」
その言葉に足を止めると、アランはゆっくりと振り向く。
「さ、行こっか」
ミアとアビーを連れてアーノルドは学園から出て行こうとする。
実際、彼らはドライブの約束などしていないのだが、アランをからかうためにわざとそう言ったのである。
「え? ドライブ?!」
「わたしはこれからミアさんと、」
「わあー! 行こう行こう!」
三者はそれぞれ異なった反応を示した。
だがそのうちの一人は、これでもかと目を輝かせてアーノルドに詰め寄った。
「行きたい! 連れてって!」
アーノルドがしたり顔で振り返ると、アランは口早に言った。
「ちょ、ちょっと待ってろ! すぐに戻るから!」
全速力で校内へと走って行った友人を見て、アーノルドは楽しそうに笑った。
◆
「おい、お前らシートベルト着けろよ」
きゃっきゃと騒ぐ三人に、アランは言う。
あの後五人は、学園の外に停めてあるアーノルドの飛行車に乗っていた。
後部座席にはアーノルド、ノア、そしてアビー。だが彼女はふくれっ面でこちらを睨んでいる。
「な、何だよ」
「別に」
アビーはそっけなく答え、そっぽを向く。
「まあまあ。ミアちゃんがあんな楽しそうにしてるんだからさ」
アーノルドが、助手席で目を輝かせているミアを見て言うと、アビーはしぶしぶベルトを体に回した。
実は、アビーはこの日ミアと買い物にいく約束をしていた。だが予定が変わり、こうして5人でドライブに行くことになったので内心つまらなく思っていたのだ。
チラリ、とミアを見るとこちらを見ていたその視線とぶつかる。
「ごめんね、アビー。嫌だった?」
先程の楽しそうな顔が悲し気なものに変わるのを見て、アビーは慌てて言った。
「いえ! わたしも楽しみです!」
それを聞き、ミアは再び笑顔に戻った。
「さ、出発するぞ」
アランがエンジンをかけてレバーを引くと、ふわりと車体が傾いた。そして少しずつ上へと上昇させ、飛行車レーンと合流する。
「優しいねえ」
いつもと違い、慎重に車を飛ばすアランを見てアーノルドは言う。
彼の言う通り、いつもは力任せに飛ばすアランだったがこの日は違った。ゆっくり、そして時折隣を伺いながら飛行している。
「ははーん」
「何だよ」
何かを察したアーノルドは、隣にいるアビーにこそこそと耳打ちしている。アランはバックミラー越しにこの友人を睨むと、ふとあることに気付いた。
「どうした、ノア?」
先程までミアと同じように騒いでいたこの友人は、後ろを見つめながら首をひねっている。
「いや、僕の気のせいかと思うんだけど……」
ノアは不安げな顔を向けて話し出した。
彼が言うには、学園を出た時からずっと後をつけてきている車がある、とのこと。アランがバックミラーを確認して、その車体に目をやる。
その車は一定の距離を開けて、たしかに後を追うようについてくる。アランがハンドルを右に切ると、同じように右へ。左に切ると、また同じように続いた。
アーノルドが運転手の顔を見ようと身を乗り出すと、突如銃弾が車体を掠めた。
「なっ……!?」
だがそれは後ろからではなく、斜め横を走っていた車からだった。
突然のことに驚いたアランは大きくハンドルを切った。
「おいおい、何だよ!?」
そちらを見ると、こちらに銃を構えている男の姿。サングラスをかけているため顔まではわからないが、それが軍の人間だと気付くのに時間はかからなかった。目立たぬよう黒服を着てはいるが、その腕に見覚えのある腕章が。
「国家警備隊、」
「えっ?」
アランの言葉にミアが反応した。
(……国家警備隊?)
ミアを路地裏で撃ったあの男も、国家警備隊の人間だった。
改めてそちらを伺おうとミアが体を動かすと、再び銃弾が彼らを襲った。
「おい! 頭を伏せろ!」
アランはそう言いレバーを引くと、一気にスピードを上げた。
「うわあああー!」
「きゃー!!!」
空中に引かれたレーンから外れると、立体画面に『DANGER』の文字が浮かぶ。
尚も追いかけてくる彼らをミラーで確認し、アランは舌打ちをした。
「あれ! 見て!」
ノアがそう何かに気付いたように叫ぶと、視線の先には先程後をつけていたあの車。よく見ると男もその手に銃を持っていて、軍車に向って発砲している。
「なんか、守ってくれてるみたいじゃないか?」
アーノルドが後ろを見ながらそう呟いた。
たしかに、軍車がこちらへ近付こうとするとその度に前へ立ちふさがって行く手を阻んでいる。相手が何者かは不明だが、今となってはどうでもいい。アランはタイミングを計って一気に車体を下へと傾けた。
ちょうどあの車のおかげで死角になっていたのだろう。
軍車はそれ以上追いかけてくることもなく、無事地上へと戻って来ることができた。アランはほっと息をはくと、助手席のミアに声をかけた。
「大丈夫か?」
「…………」
ミアは聞こえているのかいないのか、窓の外を見てぼーっとしている。アランがその顔を覗き込むと、はっとしたように言葉を返した。
「あっ、わたしは平気。皆は……」
二人が後部座席にいる三人を見ると、彼らはぐったりとしていた。無理もない、ジェットコースターのように上へ下へを繰り返したのだ。気分が悪くなるのも当然だろう。だがそれ以外には特に怪我もしていないようだったので、アランはひとまずミアを先に家に帰し、それから三人を送っていくことにした。
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