第13話 “動き出す”


「もう、うるさいなあ。何よ、下着くらいで」

好物の菓子をいくつも腕に抱え、ミアは声をあげた。


「いいワケないだろうが! 言っとくが、今お前が抱えてるそれは買ってやらんからな」


先のバルドモールでの出来事を知り、頭に血が上ったアギレスは、家に入って来たミアを見るなり追いかけまわしたのだ。そして逃げた先にいた、その男を半ば巻き込むような形で事態は収拾した。

その後三人は仲良く手を繋ぎ、逃げるようにしてこの店へ入って来た。意図したものではなかったが、その時微かに、左側にいたミアが腕を引いて誘導したのだ。そして、目的のものをいまレジへと持っていこうとする妹の姿を見て、アギレスは呆れていた。


言い返そうとこちらを振り返ったミアは、アギレスを見て固まった。そして、下を向いたかと思うと、その肩を震わせている。



「何だ」

「べ、べ別に、」

「何かおかしいか?」


アギレスは不機嫌そうに言う。

そこでふと周りへ目をやると、他の客たちがミアと同じようにこちらを見ていることに気付いた。皆笑いをこらえるように口に手を当てている。


「何だって言うんだ……」

彼らの視線を辿って行くと、そこには未だ繋がれたままの自分の手。そして繋がれた相手はミアではなく、青い髪の男――



「うわあああー!」


アギレスがばっと手を放すと、アランはげっそりとした顔でこちらを向く。

「な、何で今まで黙ってた!」


あの時はとっさに掴んでしまったが、今の今までどうして気付かなかったのか。今度は青い顔に変わったアギレスを見て、アランは答えた。


「何でって……アンタずっと捲し立てるように怒ってたから、言い出せなくて」

「言えよそこは!」

ポケットから取り出したハンカチでその手を拭いていると、隣のアランも同じようにその手を拭いている。


「…………」

「…………」


そんな二人を見て、ミアは楽しそうに笑った。

「ははっ! 兄弟みたい」

『誰が!』


見事なタイミングでハモった二人に、周りの客もクスクスと笑っている。耐えきれなくなったアギレスは店から出て行こうと踵を返した。だが、言い忘れていたことがあったと再びこちらを振り向くと、怒りを含んだ口調でこう言った。


「お前は当分外出禁止だ」

「えっ!」

「あとは頼んだぞロン毛」

「ちょっと待ってよ!」


追いかけてくるミアを見向きもせず、アギレスは店を出ようとする。ミアも続いて出ようするが、その腕に未清算の品物を抱えていることに気付き立ち止まった。そして、去って行く兄を睨みつけながら言う。


「勝手に決めつけないでよ!」

「お前は子どもだからな」

「でもこっちの言い分も、」

「必要ない」


その言葉を最後まで聞かずに、アギレスはぴしゃりと言い放った。

ミアは肩を震わせて、唇をかみしめる。



「いつもいつも……私はもう子どもじゃないのよ! 馬鹿!」


ミアが叫んだその瞬間、先の店と同じようなことが起こった。天井にぶら下がっている照明が一気に弾き飛び、パラパラと破片が辺りに散っている。

いきなりの事に驚いた客達は、その身を縮こまらせた。



「きゃーっ!」

「何だ!?」



ミアも同じようにして頭を抱えた。だがふと、誰かが庇う様に腕を広げていることに気付いた。そっと顔を上げるとそこにいたのは……





「あ……」


腕を広げ、壁に手をついていたのはアランだった。破片が首に刺さったようで、痛みに顔を歪ませている。

「アラン君!」


そっと離れたアランを心配げに見、近くに来ていたアギレスに目をやる。


「はあ、わかったよ」


ミアのその視線を受け、アギレスはアランを連れて店を出ようとする。だが途中でアランが振り返り、自分の財布から金色のカードを取り出しミアに手渡す。


「え?」

「これで買えよ。お前のアニキ貧乏そうだし」

「いいの!?」


アランが口角を上げて頷くと、ミアは嬉しそうにレジへ走った。

この状況でも、腕に抱えている菓子を手放そうとしなかったことに二人は呆れていた。


「さ、お前は治療が先だ」


素早く会計を済ませたミアがこちらへ駆けてくることを確認し、アギレスはアランを連れて家へ向かった。

















◆◇◆


軍本部


様々な場所が映されたモニター画面。

そのひとつを凝視しながら、軍兵の一人が言った。


「閣下、また異常が……」


閣下と呼ばれた男、カイル・クラークは訝し気に画面を見やる。

「どこだ」


軍兵がモニターに手をかざすと、先程ミア達がいた店が拡大表示される。そこにはバルドモールと同じような光景が広がっていた。辺りに弾け飛んだ照明を見やり、カイルは言った。


「ううむ、やはりまだ改良が必要か」





SSEが宇宙船や飛行車に使われるようになって早10年。その間、異常が起きたことは一度としてなかった。だがSSEの問題点のひとつとして、そのエネルギーがあまりにも莫大であるため、家庭環境など、より身近な場所での使用には適さないであろうとの結論に至っていた。それから何度も改良を重ね、ようやく今までのエネルギーの10分の1にまで縮小することに成功した。そうして今回初めて導入することが出来たのだが……。


「扱いにくい石だ」

カイルは、紫に輝くサファイヤストーンをその手に乗せ、苦々し気に呟いた。

だが彼の真の狙いは、「生活の利便性を向上させる」ことでもなく、「家庭環境にSSEを導入する」ことでもなかった。





 この石を発見してから彼が考えていた事。それは――











この石を使って、――戦争の兵器をつくる――事だった。


飛行車や照明器具などは、そのための「実験」にしか過ぎなかった。そして、彼の企みを知るのは、ごく一部の人間だけだった。

そのうちの一人、リーガルは先程から画面を見つめたまま動かないでいる。


「この娘……」

その言葉にカイルが画面に目を移すと、そこには一人の少女の姿。何かに気付いたようにリーガルがバルドモールの画面を映し出し、事件が起きた時間へ巻き戻す。



「閣下」


リーガルが示したように、そこにも同じ少女の姿があった。

何かを察したカイルは、目の前のモニターを見比べて言った。


「……この娘か。お前がこの前、道で出会った娘というのは」

「はい。間違いありません」


返って来たリーガルの言葉に、カイルは険しい顔でモニターを見つめる。








「ならば処置を取らねばな」


手の中の石をぎゅっと握りしめ、カイルはしばし思案していた。


画面越しに伝わる混乱と恐怖。

カイルは何度も映像を巻き戻しながら、事の始まりを見ていた。少女が叫んだ時、照明はそれに反応するように破裂した。

もう一方の画面でも、同じ事が起こっている。





「やはり、この娘……。」

カイルはひとつの結論に至ったようで、意を決したように部屋から出て行く。

そんな彼の姿を、セバスは部屋の隅でじっと見つめていた――。

































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