第二章
第12話 彼はスナイパー
景聖学園 軍事科。
彼らはいま、軍が開発した特殊な機械を使い、戦闘訓練をしていた。
迫りくる敵を銃で倒すというシンプルな内容ではあったが、特殊なのはここからだ。
「制限時間は30分! では、はじめ!」
合図が鳴ると、生徒たちは一斉に銃を構えた。
設置された半透明のブースに入り、立体ゴーグルを装着する。これを着けると、立体で敵兵が映し出されるようになるのだ。
悪戦苦闘する彼らの中で、アランは次々と敵を倒していた。
この機械は、頭部、心臓、またはそれに近い部分を撃つことで高得点が入るような仕組みになっている。そしてその度に、ブースの入り口が赤く点滅する。
生徒達を見ながら、電子ノートにそれぞれの成績を記録していた軍事教師だったが、あるブースが異常な速さで点滅していることに気付いた。一旦作業を止め、室内全てを映し出す映像画面に切り替える。
そこには全ての生徒のブースが映っており、その中でひときわ目立っているひとつを拡大する。
『アラン・ランバート。スコア100、180、260、340』
スコアを読み上げて行くナビゲーターの声を聞きながら、彼はしばらくその画面を凝視していた。
◇◆
「何かと思って来てみれば」
派手な装飾の店の前で、アーノルドは言った。
訓練が終わった後、アランとアーノルドは新しくオープンした、「バルドモール」に来ていた。バルドモールとは巨大なショッピングモールで、施設内にはたくさんの店が立ち並んでいる。どうして彼らがここに来たかと言うと、アーノルドの姉であるエリカがプロデュースした店があるため、見にきてほしいと半ば強制されたからだった。
「お前の姉貴も相当な化けモンだよな。男をこんな所に来させるなんて」
アランは呆れたように言う。
そう言うのも無理はない。
エリカがプロデュースしたというその店は、女性用ランジェリーショップだったからだ。顔を背けるアランに対し、アーノルドは平然と店内を眺めていた。
「あらあ! 可愛い弟が来てくれたわあー」
店の奥から派手な衣装の女が出てくると、開口一番にそう言った。
「姉さん……」
「アランも一緒だったのね、ちょうどよかった」
何がいいのか、とアランが訝し気な表情でエリカを見ると、彼女は店内の右端を指さす。
「あれ、だーれだ?」
「はあ?」
二人がそちらを見ると、これまた露出の高い下着を身に纏ったミアがいた。その顔は羞恥で真っ赤に染まっており、下を向いてもじもじとしている。
「なっ……!」
アランは目を見開いて驚いている。
それを見たエリカはふふん、と鼻で笑い自慢げに話し出す。
「一日だけモデルを頼んだの。大してサイズはないけどああゆうのもまた、」
「さらっと失礼なこと言ってるよな」
未だ固まっているアランの横でアーノルドは呆れたように姉を見つめる。
「で、何と引き換えにモデルを頼んだんだ?」
「えー、それはあ、」
わざとらしく口元に指を当てて答えるエリカだったが、急に店内が騒がしくなっていることに気付く。
騒ぎの元を辿ると、そこには大柄な男とミアの姿。
男は嫌がるミアの腕を取り、執拗に話しかけている。
「あれ、ミアちゃんナンパされてないか?」
「…………」
アランは面白くないといった表情でそちらを睨みつけている。
「えー、いいじゃん、ちょっとくらい」
「やめてください!」
「何もしないって。一時間だけデートしようよ。ねっ?」
「だから、」
「大丈夫、大丈夫」
男がそう言って強く腕を引いた瞬間、ミアが大声で叫んだ。
「やめてっ!」
するとその瞬間、店内のありとあらゆる照明が、弾け飛ぶように割れた。
「うわっ!?」
男はそれに驚きそそくさとその場を離れると、ミアは膝から崩れるようして倒れた。赤く腫れている腕をさすり、痛そうに顔を歪めている。
「ミア!」
突如聞こえてきた声に顔を上げると、アランが心配そうにこちらを伺っていた。後ろから、アーノルドとエリカがこちらへ走って来るのが見える。
「わたし……」
エリカが近くにあったマネキンから半袖のシャツをもぎ取ると、ミアにそっと掛けてやる。
「ごめんなさいね、私のせいで……」
落ち込みながら言うエリカに、ミアは何でもないというように手を左右に振って答えた。
「いえ! 引き受けたからには最後まで、」
「もういい。帰るぞ」
有無を言わせぬ口調でアランがそう言うと、ミアを真剣な表情で見つめた。
「お前はトラブルメーカーだ。誰かが近くにいてやらないと、」
そこまで言い、ハッと顔を赤らめると、アランは明後日の方向を向く。
――何を言ってるんだ、俺は。
チラリとミアを見ると、こちらも顔を赤くして俯いている。
「…………」
「…………」
ディラン姉弟は互いに顔を見合わせると、無言でその場を去ろうとする。それを見たアランは叫ぶようにして言った。
「おい変態姉弟! コイツを家まで送ってやれ!」
◆
オレンジの街灯が街を照らしだした頃、ある量販店の前で一人の男が立ち止まった。そこには新型のテレビがずらりと並べられていて、立体映像でニュースが流れている。
テロップには、
“バルドモールで照明破裂!”の文字。
『SSEを使った照明器具の事故はこれが初めてではありますが、以前より、その成分の危険性が噂されており――』
アナウンサーの言葉を苦々しく聞きながら、男はその場を立ち去ろうと踵を返す。するといつからいたのか、そこには見覚えのある少女の姿。
「うわー、ニュースになってる」
そして、真剣な表情でテレビを見つめる少女の後ろから、赤い髪を振り乱しこちらへ走って来る男の姿。
「コラァァァ!!」
物凄い形相でこちらに突進してくる男を見、ミアは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。そして辺りを見回し、自分の隣に人がいたことに彼女も初めて気付いたようで、驚いたような顔をする。
「おいコラァァ!」
だがそれも一瞬で、後ろから迫りくる鬼兄から隠れるようにして男の後ろへ回った。
「ちょっ、おい!」
ミアは男の服の袖をむんずと掴み、離そうとしない。
男は溜息を吐いて、こちらへ向かってくる赤髪の男へ視線を向けた。
「……!あいつは、」
赤い髪を振り乱しながらやって来た彼を見て、この男は目を見開いた。
「おい、そこにいるのはわかってるんだ。出てこい!」
男の後ろからミアがひょこっと顔を出すと、アギレスはその大きな手を振り上げた。男は条件反射にその手を掴むと、アギレスをじっと見つめてポツリと言った。
「女に手をあげるのか? お前は」
静かな、だが少しの怒りを含んだその声を聞き、アギレスはぱちくりと目を瞬かせた。
「えーっと、」
いま目の前で自分の手を掴んでいるこの男は、アギレスがミアを叩こうと勘違いしたようで、未だきつくこちらを睨んでいる。誤解を解こうとアギレスが口を開く前に、後ろの少女が慌てたように声をかけた。
「あ、違うの。この人は私の兄、のような父のような人で……別に叩こうとしたわけじゃ、」
「兄?」
その言葉に男は掴んでいた腕の力を緩めたが、まだ疑っているようでその手を放そうとしない。
困ったものだ、と二人が顔を見合わせていると、そこに青い長髪の男が通りかかる。
「…………」
「…………」
アランはその不思議な光景を見、無言で立ち去ろうとする。
「おい待て小僧! 助けろ!」
「…………」
だが対するアランは無視を決め込んだように通り過ぎようとする。
アギレスはこめかみに青筋を立てながら、今度は大声で言った。
「アラン・ランバート!」
「……っ!?」
びくっと肩を震わせたかと思うと、アランは足早にこちらへやって来て、男を見ると、無言でその手を引きはがしてやった。
「ランバート……?」
対する男はこれまた驚いたようにそこに立ち尽くしている。
ぴくりとも動かぬ彼を見て、アギレスは頬を掻きながら声をかけた。
「えーっとじゃあ、そういうわけだから。お先に!」
その必要があるのかはさておき、アギレスは二人の手を掴んで逃げるようにして去って行った。
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