第11話 お散歩


 その頃ミアは、おとなしく家で留守番していた――わけではなく、ふらり夜の街を一人歩いていた。吹き抜ける風が、夏のものから秋のそれへと変わるこの季節が、ミアは大好きだった。アギレスに、いつものように飛行車乗りを断られたことなど忘れて、大好物であるペロちゃんチョコレートを街店に買いに行く途中である。

ペロちゃんチョコレートとは、ピンクの色をした棒つきチョコレートである。


「ぺっぺぺっぺ、ぺろちゃん、チョコレイトー」

街の立体テレビ画面に、例の菓子のCMが流れている。

ミアがそれを口ずさみながら角を曲がると、行きつけのコンビニが見えてきた。だが、いつもはついているはずの店の明かりが消えている。


「あれ?」


近付いて見てみると、店には「CLOSE」の文字。


街の中央部ということもあって、この辺りの店はそのほとんどが遅くまで営業している。ミア行きつけのこの店も、いつもは深夜まで開いているのだ。

珍しいこともあるものだと不思議に思い、店の中をまじまじと覗く。すると、誰もいないかと思われた店内に軍服を来た何人かの政府関係者と、この店の店主の姿。彼らは頭上を見上げて何かを話し合っている。




「…………」




軍人を見ると、嫌でもあの事件を思い出してしまう。

ミアがそそくさとその場を去ろうとしたその時、



「ここで何をしている」


冷たい声色がミアの耳に届く。

振り返ると、目深にフードを被った男がそこに佇んでいた。


「あ……いやっ、なんでもないですっ!」


見るところ軍人ではなさそうだが、目の前のこの男から発せられる威圧感に耐えきれず、ミアは逃げるようにして走り去った。
















「ふう、やっと見つけた」


あの後ミアは、他二軒の街店をめぐり、やっとのことでペロちゃんチョコレートを手に入れた。軍が介入する程の工事をしているのか、二軒目の店でも先程と同じような光景が見られた。とはいえ、ミアにとってはそんなことどうでもよかった。念願の物を手に入れ嬉々とした表情で店を出ると、そこには見覚えのある金髪の男。


「あれ? えーっと、アーノルド君?」

その声に顔を上げた男は、ミアの姿を見ると爽やかな笑みを浮かべて近付いてきた。

「やあ、久しぶり。この前会って以来だね」


この前とは、ミアが学園に復帰した日のことだ。

こんばんは、とこちらも挨拶を返すとアーノルドは嬉しそうに横に並んだ。


「今帰り? 家この辺りなの?」

間近で見る彼はやはり綺麗な顔立ちをしていて、アランとはまた違った色を持っている。


「あ、ううん。近くの店が閉まってたからここまで買いに来たの」

「ああ、君の所も? 僕の所もそうでさ。こんな遠くまで買いにくる羽目に」

「何をしてるんだろうね」

「聞くところによると、SSEを本格的に取り込むって話でさ。手始めに街店から試すみたいだよ」



彼が言うには、今はまだ飛行車や宇宙船にのみ使われているSSEだが、近く家庭でも使えるようになるのではないかとのこと。


「そんなにすごいんだー。ガスとかいらなくなっちゃうのかな?」

「そうなる日も、近いかもしれないね」


二人はそれから、学園やアラン達のことを話しながら、ゆっくりと歩いていた。


「あれ、そういえばアーノルド君。反対方向じゃない?」

そうしてしばらく道を進んでから、ミアは気付いたように言った。


「ああ、でも夜道は危ないから。送るよ」

アーノルドは大したことないとでも言うように、歩道の外側を歩く。


「アラン君もそうだけど、皆優しいね」

ミアがにこやかに笑いながら言うと、アーノルドは納得したように小声で言った。


「なるほど。アランが惚れるわけだ」

「え?」

「なんでもない」


アーノルドは軽やかな足取りで進んでいく。





これから楽しくなりそうだ――。


あの仏頂面の友人をからかう話題ができたことに、アーノルドは心躍らせるのだった。




































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