第10話 フライング・ハイ


 心地よい夜風を浴びながら、アランは飛行車を運転している。そして時折、

隣に座る仏頂面の男に視線を向けて、その顔色を伺っていた。


「どうして乗せてやらなかったんだ?」


アランのその問いに答える気はないようで、アギレスはただ真っ直ぐ前を見つめている。


「俺の運転がそんなに信用できないのか?」

「違う」

これにはすぐ反応したアギレスだったが、腕を組んで考えるような素振りをする。その顔は真剣そのもので、何か深い訳があるに違いないと察したアランはそれ以上追求するのをやめた。

だが、その予想に反し、返ってきた言葉は実に拍子抜けするものだった。



「落ちちゃったら大変だろ」

「…………」



――薄々勘付いてはいたが、この男はシスコンなのだ。

それも極度の。



アランは呆れた表情で隣の男を見る。

対するアギレスは、いかにもと言った顔で頷いている。




本気で落ちることを心配しているらしい。


飛行車にも様々なものがあるが、そのほとんどにルーフレス機能が搭載されていて、こうしてオープンカーにすることもできる。……だからと言って落ちる心配をすることはないのだが。


「よっぽどじゃない限り落ちないだろ、普通」

「まあお前も、宙ぶらりんの状態で何ともなかったみたいだしな」

「あれは……」


先程の実習を思い出してアランは口ごもった。

未だレースに負けたことが悔しいのか、少し不機嫌そうにしながらも言葉を返す。


「コースを外れたわけじゃないだろ。ちゃんとゴールできたし」

「まあな、だが万が一ってことがあるだろ」

「万が一?」

「たとえば、お前一人なら訳ないが……他に人を乗せてたとしたらどうだ?」


それを聞き、アランはスピードを少し緩めた。





他に人を乗せていたら――。


例えばもしそれが、ミアだったとしたら――。


自分はあんな無茶をするだろうか?






いや、きっとしないだろう。

アランは納得したように頷くと、アギレスを見て言った。


「まあ、確かに。何かあってからじゃ、遅いんだよな」

「…………」


何故かアギレスは疑うような目でこちらを見ている。


「な、何だよ」


少しずつ顔を近付けてくるこの男に冷や汗をかいていると、アギレスは確信したように言う。


「お前、今ミアのこと考えてたな」

「ああっ?!」


少し、ほんの少しだが車体が横に傾いた。

それを見て、アギレスは畳みかけるように言った。


「やはりお前はそういう目であの子を! 変態が!」

「何がだよ!」

「何ってなにだろ! このクソガキが! あいつはまだ渡さんぞ!」

「アンタちょっとおかしいぞ!」

「うるさい! この泥棒猫!」


妹のことになると暴走するこの男を、アランは内心面倒くさく思っていた。だが、言い合いながらではあったが、彼らと過ごす時間は居心地のよいものだった。


「俺はお前を認めない」

「はいはい」


そんな二人のやりとりを、エリカは目をつむったまま楽し気に聞いていた。





これから大きな事件が起こるとも知らずに――















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