第24話 精霊の子



 どこからか聞こえる笛音にミアが目を開けると、薄暗い空間にミカエルの姿。彼はその手にオカリナを持っている。この音色は彼のものだったのかと納得したのもつかの間、よく知るそのメロディーに目を見開いた。


「ミカエル、どうして……」


小さな呟きは彼の耳には届いていなかったようで、今もゆっくりと音を奏でている。











小さな頃から知っているこの唄。



人前で歌うなと言われ、今までずっと我慢してきた。






でも、ここでなら――







そっと瞳を閉じて大きく深呼吸する。

はじめのうちは、声にすることなく口を動かすだけであったが、ミアは段々とその唄を声に出していく。



『――――』







『      』





唄声に手を止めたミカエルだったが、周りの異常に気が付くとその目を大きく見開いた。



やがて笛音が聞こえないことに気付き、ミアはそっと目を開ける。

だがそこは先程の暗がりとは一変し、青白い光に包まれていた。







光の元は、サファイヤ鉱石だった。


それはミアの唄声に反応するように、光を放っている。

唄が止まると、石たちは何事もなかったように元の姿に戻っていく。段々と光を失っていくそれを見つめながら、ミカエルの中ではある考えが浮かんでいた。


 

『SSEを使った照明器具の事故はこれが初めてではありますが、以前より、その成分の危険性が噂されており――』


いつの日か、とある店の前で見たニュース映像。SSEを使った照明が突如破裂するという事件。そしてその場所に、ミアもいたのだ。彼女はその後も、同じような事件に遭った。映像で見た彼女の姿――声を荒げた瞬間に破裂した照明……これらが今、全て繋がったような気がして、ミカエルは再びミアを見つめた。



「声に……反応してるのか」


だが何故――


ミカエルはふと、ずっと昔に父から聞いた、ある“おとぎ話”を思い出していた。














 時同じくして、教会の入り口で立ち尽くしている男がいた。

セバスである。

彼は腕から血を流してはいたが、その顔が苦し気に歪むことはなく、むしろ歓喜の色をうかがわせていた。彼は長らく続いた拷問から逃れ、自力で逃げてきたのだ。



この、故郷に――



 奥の方から聞こえてくる同郷の唄にその足を進める。

すると薄暗い中、青白い光を発している場所を見つけた。それは洞窟のようで、だがどこか人工的な造りをしていた。


そっと近づくと、その光を発しているものに気がつく。


「こ、これは……」




自らが長年研究に携わっていた鉱石。


それがいま、見たこともない顔を見せている。


まるで唄に答えるように輝くそれをしばらく眺めていたが、歌声の主を確認するべく中を覗くと、そこにはよく知る人物がいた。

中ではミカエルが、セバスと同じように驚いた顔でミアを見つめている。時折鉱石を見つめ、そしてまたミアを見ている。



――一体、何が起こってるんだ……?


そうしてしばらく立ち尽くしていたセバスだったが、ふと、幼き日の記憶が蘇ってくる。





 まだ幼い子どもの頃。

父はよく、この地に伝わる伝説を聞かせてくれた。セバスはそれを、ただ楽しく聞いていた。



だが、これがただの“おとぎ話”ではなかったということに、この時気付いたのであった。










ウィンディアに伝わる伝説。


それは、1000年に一度現れると言う“精霊の子”――。


王家に生まれた者は何かしらの力を持っており、時にそれは魔女と言われ、時に予言者と言われていた。だが1000年に一度、精霊の子と呼ばれる異種な人間が生まれるという。





それが彼女、――ミアなのだ。





『万物には魂が宿る』


古の人々が口にしていたその言葉。

その意味が、今やっと理解できたような気がしていた。


石たちは、生きているのだ――


そして彼女の声に、唄に共鳴している――。


普通の人間には出来ぬそれが、彼女には出来てしまう。







何故なら彼女が、


選ばれし精霊の子だから――



ミアが歌を止めたのと同時に、セバスは洞窟へと足を踏み入れた。

気配に気付いたミカエルに首にナイフを突きつけられたが、そんなことには驚かなかった。先程見たあの光景を思い出し、ゆっくりと口を開く。


「ミア、君は――」






初めて会ったあの時。

丘で聞いた同郷の唄。

それは歌ではなく、笛音ではあったけれど。ウィンディアの人間しか知らぬその唄を、この少女が唄っていたのだ。


声にはせずとも、彼女は唄っていた。



――そのこころで。




セバスの言葉に振り返ったミアだったが、どこか様子がおかしい。

色の無い瞳が、こちらを見つめている。青に輝くその瞳は、いまはどんよりと曇っており、何も映らない。いや、映せない、と言った方がいいだろうか。


「ミア? どうした?」

ミカエルが心配そうに覗き込むが、こちらを見ようとはしない。


ミアはただ「外へ」と一言言うと、そこで意識を手放した。
























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