第6話 課外授業


 良く晴れたある土曜日。

景聖学園、考古学科の生徒たちが課外授業として、SSE科学館を訪れていた。

この10年のS鉱石の歴史と、SSE産業に尽力したカイル・クラークについてガイドが熱弁している。

それに飽き飽きした表情で佇んでいるミア。

隣のアビーは、目を輝かせて施設内を見回している。ガイドの話に興味がないのは同じらしい。


「私、ここに来るの夢だったの」

アビーはキラキラとした瞳でそう言った。よかったね、とミアが笑顔で返すと彼女は覚悟を決めたように一人の研究員に近づいて行った。


「アビー?」


作業している研究員の肩を叩き、アビーは身振り手振りで何かを伝えている。相手の男性は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷き、再び作業に戻った。

用が済んだのか、こちらに駆け足で戻って来る彼女の顔は赤く紅潮している。


「後でお仕事を見せてくれるんです!」

荒い息で言うアビーに、ミアは不思議そうに返した。


「今から見せてもらえば?」

「ダメダメそんなの! 授業だってもう終わってしまいますし」


施設の立体時計は、もうすぐ12時を回ろうとしていた。

ここに来てから、かれこれ30分は経とうとしている。だがあのガイドはまだ、カイル・クラークについて熱弁していた。


施設を見て回る時間はなさそうだ。


「お腹空いちゃったな」

「何か買ってきましょうか?」

「そうしようそうしよう!」


二人はニヤリと笑い合うと、ガイドの目を盗んでその場からそっと抜け出した。













◇◆


「いやあ~それにしても。あんなに長話しするのって、ゴンザレス将軍以来だよね」


二人はいま、施設のすぐ後ろにある小高い丘にいる。

サンドイッチをかじりながらミアが言うと、アビーは笑顔で返した。

「懐かしいですね、ゴンザ」


その手には、マスタードで覆い隠されたホットドッグ。

彼女は見た目によらず、大の辛いモノ好きだ。


さて、ゴンザレス将軍とは、一昨年前に課外授業で訪れた軍事館でのガイド役を務めた人物だ。SSEにより宇宙船が開発され、それに伴い他惑星からの移民が増えた。彼女もその一人というわけだ。


「女性って聞いたときは驚いたけど」

「フフフ、」

強そうな人(というよりは動物に近い容姿をしていたが)だということで、二人は彼女に尊敬の意を込めて、ゴンザレス将軍と名づけた。

そして彼女もまた、長話しの達人であった。


懐かしく思っていると、12時を知らせる鐘の音が辺りに響き渡る。


「そろそろ行きますわね」

「へ?」


口からレタスをぶら下げながらミアはアビーを見やる。

彼女はこの短時間であの激辛ホットドッグを食べ終えたようで、清々しい表情で立ち上がった。


「もう約束の時間?」

「いえ、早めに行って施設内を観察しようかと」

「へえ~」


言うや否や、アビーは光の速さで丘を下って行った。いつもならばこういう場合、ついてきてほしいと声をかけてくるのだが、ミアが科学館に興味がないことはお見通しだったようだ。人見知りする彼女だが、好きなことに関しては文字通り人が変わる。好奇心旺盛な子どものように、知らない人間にもほいほいついて行ってしまう。そこがまた、彼女の魅力でもあるのだが。


「まあ、政府の人たちなら大丈夫かな」


一瞬あの軍人を思い出し、ポケットに手を入れる。

可愛らしい形をしたオカリナを取り出すと、ミアはそれを口に当てた。



 兄との約束どおり、外に出る時はあのネックレスは付けないようにしていた。だがいつも身に着けているものが急になくなると寂しいもので、何か変わるものがないかと探したところ、このオカリナにたどりついたのだ。これは、アギレスからの初めての贈り物だった。

アギレスの元に来てからしばらくした頃、彼はやりきれない表情でこのオカリナをミアにくれたのだ。何故微妙な表情をしていたのか、それはきっと……










数少ない記憶の中から、そのうちの一つを取り出す。





教会のような場所で、幼いミアは歌っていた。とても楽しそうに。だが彼女はいつも一人だった。歌うときは必ず、どんなときでもそこへ行っていた。誰にも聞かれないように、聞かせないように――





『お前は、人前で歌ってはいけない――』



誰かにそう言われた気がして。

でもそれが誰だったのか、思い出せない。


それ以来、ミアは歌うことをしなくなった。それが、どんな歌でも。



口にできない変わりに、ミアはこのオカリナで曲を奏でた。







『――――』



遠い記憶を遡り、思い出しながら奏でる。


歌ってはいけないとは、この歌なのか。違う歌ならいいのか……

もどかしい、そして悲しい気持ちになりながら、ミアは静かに奏でた。



『――――』




物悲しいメロディーが丘に響き渡り、風が辺りを包みこむ。

それはそっと寄り添うように、優しく――。



心地良いその風に身を委ねて、夢中で曲を奏でた。もう何年も吹いていないにも関わらず、体は憶えていたらしい。最後まで吹くことができた。

ほっと息を吐くと、後ろから拍手が聞こえてくる。振り返ると、そこには白衣を着た男が立っていた。先程アビーが声をかけていた、あの研究員だ。


「素晴らしいね。それはなんという曲なの?」


少しずつ近付いてくる彼を警戒しながら、ミアは答えた。

「ずっと昔、聞いたことがあるだけ。どんな歌かは知らない」


警戒を解かないミアを見、男は安心させるように言う。

「大丈夫。僕は君の味方だ」


白衣をめくってその身に武器を持っていないことを見せると、その場で止まった。これ以上は近付いてこないようだ。


「それにしても、」

丘から街を見下ろしながら、男は複雑な表情で続ける。


「今日は驚きの連続だ」

「何がですか?」


その問いに男は苦笑いを浮かべた。藤色の長い髪をひとつに束ねていたヘアゴムをはずし、風に吹かれるままにする。

それが誰かに似ている気がして、ミアはしばらく男を見つめていた。


結局ミアの問いに答えるでもなく、何を話すでもなくしばらくそうしていたかと思うと、約束を思い出したのか、先程のアビーと同じように光の速さで丘を下って行ってしまった。去り際に、「また会えるといいな」という言葉を残して。


































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