第2話 推測ースイソクー


 救急箱を手に、薄暗い廊下を進む。


この家はまるで迷路のようになっていて、ミアもここに来たばかりの頃はよく迷子になっていた。アギレスは設計士に頼み、わざと複雑な造りにさせたのだった。



――何かあった時の為に。



――その“何か”が、いま始まろうとしているのではないか――



アギレスのその予感は、的中した。


部屋に戻ると、ふくらはぎを押さえ痛みに顔を歪めているミアの姿。

急いで傍に行き、手当てをしていく。

弾を取り出し一旦それを横に置くと、消毒液をガーゼに染み込ませ傷口に当てる。


「いったあ!」

涙を滲ませ痛みに耐える妹に優しい言葉のひとつもかけられず、アギレスはただ黙々と手当てを続けている。

包帯を巻き終えて、そこでやっと口を開いた。


「相手は何人だった?」


きょとんとしたミアの顔を真剣に見つめ、アギレスはもう一度口を開く。


「相手は国家警備隊と言ったな? 聞かれたのはそのネックレスのことだけか?」


ミアはゆっくりと頷いた。

「うん。これをどこで手に入れたのか、って」

「本当にそれだけか?」

「そうだけど、どうして?」


何故そこまで執拗に聞いてくるのかわからなかったが、その顔があまりにも真剣なため、ミアは頷いて答えた。


「すごく驚いた顔してた。何故、何故って……」

「…………」

「これ、持ってたらいけないものなの?」


不安げに見つめてくる妹の頭を撫で、アギレスは考えていた。

相手の狙いが何であれ、このままにしておくことは危険だと。



「しばらくそれは俺が預かる」


小さな手に握られたその紫の石を取り上げると、ミアは抗議の声を上げる。

「ダメ! これは、これはっ……!」





自分が昔から持っている唯一のもの。

家族が残してくれた、唯一のものだから。






――“思い出せなくても、この石が憶えてくれている”――




アギレスの手をぎゅっと握りながら、それは自分が隠しておくからと何度も何度も懇願した。そんなミアの態度に遂にこの兄も折れ、しばらく着けないことを約束し、その小さな手に石を返した。










 満足気に部屋を出て行ったミアを見つめながら、アギレスは煙草を口に銜え火を点ける。




 

――10年前、自分がまだ軍兵だった頃。


燃え盛る炎の大地。そこで必死に手を伸ばす、一人の少女を見つけた。幼い彼女はその目に涙を浮かべ、縋るように自分に助けを求めてきたのだ。



自分に与えられた使命とは、



――“この村の危険因子を排除すること”――

それに、この幼子も含まれていた。

だがアギレスは、目の前で泣きじゃくる少女を見殺しにすることなどできなかった。

この子を救ったことに後悔をしたことは、一度もない。たとえそれで自分が狙われることになろうとも、ミアを守り抜く。

そう固く誓い、今まで生きてきた。


それは変わらない。





だが、その“やり方”を変える時が来たのかもしれない――。



重苦しい気持ちと共に、アギレスはゆっくりと紫煙を吐き出した。





















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