第2話 推測ースイソクー
救急箱を手に、薄暗い廊下を進む。
この家はまるで迷路のようになっていて、ミアもここに来たばかりの頃はよく迷子になっていた。アギレスは設計士に頼み、わざと複雑な造りにさせたのだった。
――何かあった時の為に。
――その“何か”が、いま始まろうとしているのではないか――
アギレスのその予感は、的中した。
部屋に戻ると、ふくらはぎを押さえ痛みに顔を歪めているミアの姿。
急いで傍に行き、手当てをしていく。
弾を取り出し一旦それを横に置くと、消毒液をガーゼに染み込ませ傷口に当てる。
「いったあ!」
涙を滲ませ痛みに耐える妹に優しい言葉のひとつもかけられず、アギレスはただ黙々と手当てを続けている。
包帯を巻き終えて、そこでやっと口を開いた。
「相手は何人だった?」
きょとんとしたミアの顔を真剣に見つめ、アギレスはもう一度口を開く。
「相手は国家警備隊と言ったな? 聞かれたのはそのネックレスのことだけか?」
ミアはゆっくりと頷いた。
「うん。これをどこで手に入れたのか、って」
「本当にそれだけか?」
「そうだけど、どうして?」
何故そこまで執拗に聞いてくるのかわからなかったが、その顔があまりにも真剣なため、ミアは頷いて答えた。
「すごく驚いた顔してた。何故、何故って……」
「…………」
「これ、持ってたらいけないものなの?」
不安げに見つめてくる妹の頭を撫で、アギレスは考えていた。
相手の狙いが何であれ、このままにしておくことは危険だと。
「しばらくそれは俺が預かる」
小さな手に握られたその紫の石を取り上げると、ミアは抗議の声を上げる。
「ダメ! これは、これはっ……!」
自分が昔から持っている唯一のもの。
家族が残してくれた、唯一のものだから。
――“思い出せなくても、この石が憶えてくれている”――
アギレスの手をぎゅっと握りながら、それは自分が隠しておくからと何度も何度も懇願した。そんなミアの態度に遂にこの兄も折れ、しばらく着けないことを約束し、その小さな手に石を返した。
◆
満足気に部屋を出て行ったミアを見つめながら、アギレスは煙草を口に銜え火を点ける。
――10年前、自分がまだ軍兵だった頃。
燃え盛る炎の大地。そこで必死に手を伸ばす、一人の少女を見つけた。幼い彼女はその目に涙を浮かべ、縋るように自分に助けを求めてきたのだ。
自分に与えられた使命とは、
――“この村の危険因子を排除すること”――
それに、この幼子も含まれていた。
だがアギレスは、目の前で泣きじゃくる少女を見殺しにすることなどできなかった。
この子を救ったことに後悔をしたことは、一度もない。たとえそれで自分が狙われることになろうとも、ミアを守り抜く。
そう固く誓い、今まで生きてきた。
それは変わらない。
だが、その“やり方”を変える時が来たのかもしれない――。
重苦しい気持ちと共に、アギレスはゆっくりと紫煙を吐き出した。
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